デュランタ
□7,自戒
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あれから。
泣いて、泣いて、泣いて。
最期は派手に死に花咲かせてやると意気込んでいた心は、綺麗に流れ去った。
代わりに、臆病さだけが残って、今の紫月に成った。
「……」
知ってしまったのだ。
大事なものを失う恐ろしさを。
残される者の、辛さを。
スリルの中に楽しさを見出したところで、いいことなど、何もなかった。
「…ねぇ」
「あ?」
ずっと黙っていた紫月に声を掛けられ、一角はチラリと横目に紫月を見下ろした。
髪に隠れて、表情は見えない。
「… 一角は、戦うことを、楽しんでるんだよね」
何だその質問は。
一角はため息混じりに答えた。
「あぁ、そうだな」
紫月は、フっと小さなため息をついた。
…何故だろう。
何故コイツに関わってしまったのだろう。
ずっと、あの薬倉庫に籠って、薬だけ作り続けて、誰にも関心を持たなければ、もう、失う哀しみなんて味わうことはないと思っていたのに。
関わってしまったばかりに、コイツの安否に翻弄されなければならなくなってしまった。
しかも、コイツは残される方の気持ちなんて全く考えていない。
「…けど、そうするにゃァ足りねぇモンがあるって気づいた」
一角の言葉に、紫月はピクっと肩を揺らす。
「自分の思う通りに、戦いを楽しんで、そんで勝つためには、必要なモンがあんだよ」
紫月はゆっくりと顔を上げ、一角を見た。
一角は、強い光の灯った眼差しで、どこか遠くを見ている。
「強さだ。強くなきゃ、手前の筋一本通せねぇ。だから、俺は強くなるって決めたんだよ」
「……」
紫月の瞳が、次第に見開かれていった。
(……あれ。…なんか、簡単、だったかも)
強くなる。
そのたった一言で、頭の中に散らかっていた感情が、全て片付いた。
(……私は、あのとき、帷の隣に、立たなきゃいけなかったんだ)
泣いて、逃げて、閉じ籠るんじゃなくて。
隣に立って、一緒に戦って、帷を守ればよかったのだ。
失いたくないなら、守ればいい。
今の自分の力で守れないなら、強くなればいい。
こんな単純なことに、何故今まで、気づかなかったのだろう。
「お待たせ、一角君、紫月ちゃん」
縁側の曲がり角を曲がって、千晶がやってきた。
九番隊からの書類は、無事、隊長の手に渡ったらしい。
「あぁ、朝比奈さん、おかえりなさいっス」
「あれ? 遊楽と檜佐木君は?」
「帰りましたよ?」
「そうなんだ。…あ、そうそう、次から、場所を修練場に変えてもいいかな? 本気でやるには、ここじゃ狭いからね」
「あ、はい。俺は全然構わないっス」
「一角君はとにかく、まず傷を完治させること」
「……うす」
「紫月ちゃんはどうする? 続きやりたかったら、場所移すけど」
紫月はスっと立ち上がった。
そして、強い光の灯った空色の瞳で、千晶をじっと見つめる。
「…あの、急用を思い出したので、私はこれで、失礼致します」
「え、あぁ、はい」
「…それで、その……。また、手合わせを、お願いしても、宜しいですか?」
「え? あぁ、うん、もちろん」
「…ありがとうございます。…それでは」
「お疲れ様」
「…失礼します」
紫月は、斬魄刀を腰に差すと、医療用の鞄を拾いつつ、足早にその場を去った。
その背を見つめながら、千晶は首を傾げて、一角に訊く。
「どうしたの? 紫月ちゃん」
「さぁ。月雲の奴になんか言われたんじゃないスか? さっきまで、なんか話してましたし」
「遊楽と?」
「ま、そう気にすることもねぇっスよ」
素っ気ない言葉だが、何だかその声は嬉しそうだ。
チラリと、千晶が一角の表情を見れば、新たな道を踏み出した友人を、祝福しているかのような顔をしている。
千晶はフっと笑みを浮かべた。
「さて、実践はできないけど、さっきの手合わせの分析だけでもしておこっか」
「っス!」
五番隊舎を出た紫月は、確かな意思を胸に、帰路についていた。
(…簡単だ。…強くなれば、いい)
持ってしまった繋がりは、今さら消すことは出来ないけれど、失いたくないのなら、守れるようになればいい。
(…戦える、四番隊……かっこいい、かも)
戦場に赴くアイツの背中を、ただ見送るだけじゃない。
今度は、一緒に戦場に出て、戦えるように。
あの日と同じ、乾いた青空。
けれど、あの日と違って、とても、色鮮やかな気がした。
→ 完現篇:8,戦闘型四番隊員