デュランタ
□7,自戒
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翌日、紫月は帷と共に、水を買うための取り引きに出掛けた。
自分たちを知っていて、追いかけてくる大人たちがいないか、十分に注意しながら、盗んだ物品と物々交換で、水を手に入れる。
今回は上手くいったな、と、嬉しさ半分、つまらなさ半分で、水瓶をいくつも抱え、帰路についた。
いつも通り、ひと気のない廃屋の合間を抜けて、あばら家に戻ってくる。
「お〜い、帰ったぞ〜」
「ただいま〜!」
言って、申し訳程度にかかった、ボロボロの暖簾をくぐると…
「……は? ……な、んだよ、コレ…」
「あ…明菜? …陸、佐太郎……和希……」
ガシャン、ガシャンと、貴重な水瓶が、地面に落ちて割れた。
土に滲む水の上に、紫月は崩れるように両膝をつく。
帷と紫月の目に写っていたのは、4つの亡骸。
顔の形が変わるまで、何度も殴られて殺されていた。
帷は怒りに肩を震わせ、拳を握り締める。
「…誰だっ、こんなことしやがった奴は!」
すると…
「何だ何だ? 俺たちを呼んだか〜?」
大人の男が4人、ボロ切れの暖簾をくぐって入ってきた。
手には、血まみれの木の棒を持っている。
子供たちを殺した凶器に違いない。
帷は咄嗟に、紫月を庇うように、男たちの前に立ちはだかった。
紫月は、4つの亡骸を見つめたまま、呆けて涙を流している。
「おいっ、紫月! しっかりしろ!」
男たちを警戒しつつ、声を掛ける帷だが、紫月は全く反応しない。
こんな状況、紫月がいつもの状態だったとしても、逃げ切るのは難しい。
その上さらに放心されていては、ますます逃げられない。
「テメェら、ガキのくせによくも毎回俺らの商売道具を盗んでくれやがったな?」
「この世界にァ、テメェらみてぇなガキ共を生かす余裕はねぇんだよ」
「大人しく口減らしされてくれや」
帷は、覚悟を決めるように、グッと拳を握った。
そして、両手を挙げると、わざとらしく笑みを浮かべて言う。
「あーはいはい、降参〜!」
男たちは、ピクっと眉を動かした。
「俺たちもさすがに馬鹿じゃないからさ? 無駄な抵抗して、痛い思いして死んでくのは御免だよ。…大人しく殺されるからさ、その前に、先に逝った仲間たちに、ちょっとだけ手ぇ合わさせてくんない?」
「あ? 何だよ、聞き分けがいいじゃねぇか」
「妙な野郎だな」
「少しだけだぞ? 俺たちもテメェらに構ってられるほど暇じゃねぇからな」
「へーい、どーも」
帷はくるりと後ろを向き、放心している紫月の隣にしゃがんだ。
そして、肩を抱いて慰めるふりをして、耳元で囁く。
「…いいか、隙みて逃げるんだぞ」
ピクっと、紫月はわずかに反応した。
次の瞬間、帷は、寝床の下に隠してあった、拾い物の斬魄刀を取り出す。
「ぅぉおおっ!!」
"ザシュッ"
「ぐっ!?」
男の一人の心臓を、見事に刺し貫いた。
「コイツっ、刀なんか持ってやがった!」
「くそっ、これだからガキは!」
残る三人のうち、一人が、懐から小刀を取り出す。
護身用か、売り物か。
どちらにせよ、分が悪いな、と思いながら、帷は刀を握り締めた。
「ぅぉおああっ!!」
"バキャッ!"
拙く刀を振り回しながら、突っ込む。
とりあえず、あばら家の壁ごと押し倒し、外に追い出すことには成功した。
あとは、紫月が何とか自分の脚で逃げてくれることを願いながら、決死の覚悟で刀を振り回す。
"ガッ、キンッ、ガキンッ"
繰り返される音で、紫月は次第に正気に戻っていった。
「……あ……帷…っ」
戦っている。
自分を逃がすために、たった一人で。
紫月はもつれる足で、外に出た。
ひと気のない往来に、転がった骸が一つと、帷の目の前に立ちはだかっている、二人の男。
「野郎っ、とんでもねぇガキだな…」
「二人も殺っちまうなんざ…っ」
帷は肩で息をしながら、鬼の形相で男を睨みつけていた。
……駄目だ、2対1なんて、敵いっこない。
紫月は、我を忘れて叫んだ。
「駄目っ、帷!」
その声に、男たちの視線が釣られた。
その一瞬を見逃さず、帷は、小刀を持っていない方に刃を突き立てる。
「ぐぁっ…」
"ドサッ…"
三つ目の骸が、転がった。
帷は、最後の一人と向き合いながら、紫月に叫ぶ。
「早く行け! 紫月! 俺がコイツを止めてる間に!」
紫月は首を横に振る。
「やだ…っ……やだよ! 一緒に逃げようよ! いつもみたいに!」
「駄目だっ、コイツらはもう、この辺りの地形を知ってる。いつもみたいには逃げきれないっ」
「でも「いいから行け! 生きるんだよ!」
そう叫んで、帷は最後の男に斬りかかった。
力の差があるからか、男は小刀でも、帷の斬撃を受け流す。
紫月は浅い呼吸を繰り返しながら、震える足でその場に立ち尽くし、二人の攻防を見守った。
"ガキンッ、ガンッ、ガキィンッ!"
乾いた空気にこだまする、剣戟の音。
ほぼ互角に見えた斬り合いだったが、既に三人も斬っている帷の方が、体力の限界だった。
フォンッ、と刀がカラ振って、隙が出来る。
(しまっ―――)
"ザクッ"
小刀が、帷の胸に刺さった。
「帷!!」
紫月は無我夢中で駆け寄る。
「フン、ガキが粋がってんじゃねぇよ」
「う、るせぇ…っ」
帷は咄嗟の判断で、刀を紫月目掛けて投げた。
"ヒュッ、ギィンッ!"
傍に突き刺さった刀に、紫月は驚いて足を止める。
「殺れ! 紫月!」
「!」
男は、帷の目論見に気づき、舌打ちをした。
「チッ、最後まで足掻きやがって!」
紫月が刀を持つ前に仕留めるため、男は帷に刺した小刀を引き抜こうとする。
が、抜けなかった。
「なっ!?」
帷が、両手で小刀を押さえていたのだ。
「早くしろ! 紫月ーっ!」
「……ぁぁっ、うああああああっ!!」
紫月は刀を握り締め、突進した。
「くそがぁぁぁぁっ!!」
"ザシュッ!"
刀は、見事に、心臓を貫いた。
ドサッと、巨体がその場に倒れる。
同時に、帷も倒れた。
「帷!」
紫月は慌てて、帷を支える。
「ど、どうしようっ、刀、抜いた方がいいんだよねっ? あ、でもっ、血ぃ出すぎたら死んじゃうって前に…」
どうしたものかと、手を彷徨わせる紫月。
帷は、その手を掴んだ。
「はぁっ……いい…このままでっ」
「帷!」
「は、ははっ、やったぜ、俺は最期まで、戦った」
「何言って、帷は絶対に死なない! 死なせないから!」
「はぁっ、はぁっ、馬鹿、言うなよ、神サマじゃねぇんだから…」
「だって……だって!」
「ありがと、な……俺をっ、今日まで生かしてくれて」
「は……何、言ってるの」
「俺ァ、お前と会ったあの日、ホントは死に場所を探してた。けど、偶然お前に会って、生きる意味を見つけられたんだ」
「何、それ…」
「お前を、守って、笑って、死ねる。なんて最高な、最期だろう、な―――」
「……帷? …帷!?」
満面の笑みで、空を見上げた帷の瞳は、既に、光を失っていた。