デュランタ

□7,自戒
3ページ/5ページ



五番隊舎の、隊首室前の縁側で、紫月は一角と二人きりで残された。

青い空を、鳥が二羽、横切っていく。

「……」

「……」

二人は、言葉を交わすことなく、黙って座っていた。

…やがて、一角が口を開く。

「…お前、最近変だよな」

「……。……そう?」

大好きな薬作りにも身が入っておらず、らしくない妙な言動も目立っていた。

一角は、自分が心配させるからかと思っていたが、どうにもそれだけではない気がする。

「何考えてんだ?」

「……」

紫月は、膝の上で両手をぎゅっと握り締めた。

…あぁ、何でこんなにも似てるんだろう。

隣から聞こえてくる声が、記憶の中で、"彼"の声と重なった。





―――遡ること、数十年。

死神になる前の幼い日の紫月は、北流魂街に居た。

「追え!」

「またあのガキ共だ!」

地区番号は下から数えた方が早いくらいの、あまり治安の良くない地区。

そこは、少ない物品を、日々奪い合いながら暮らす、弱肉強食の世界だった。

「こっちだ! 紫月!」

「うん!」

外見年齢12歳前後の紫月は、15歳前後に見える少年の後をついて、街を駆けていく。

後ろから追っていた大人たちは、やがて、二人の姿を見失った。

「くそっ、どこ行きやがった」

「この辺りは、アイツらにとっちゃ庭みたいなもんだからなァ」

「今度会ったらタダじゃおかねぇ!」

「毎回言ってるぜ? それ」

実は物陰に隠れていただけの二人を、大人たちは見つけられず、諦めて帰っていった。

気配が完全に去った頃合いで、二人は物陰から出て、アジトへと走り出す。

「ははっ、上手くいったな!」

「うん! (とばり)の作戦がすごいからだよ!」

「へへっ」

大人を騙し、物品を奪って、時には戦ったりもする。

それが、この街の日常。

そうして、死の危険が付き纏うスリルの中、日々を生き抜いているのだと感じる瞬間が、紫月にとって最高の瞬間だった。

「いや〜、今日も大漁、大漁〜!」

「ただいま〜、みんな〜!」

廃屋の続く古い居住区を駆け抜けた二人は、ボロボロのあばら家に帰ってきた。

「あ、(とばり)にぃちゃん!」

「紫月ねぇちゃん!」

「「おかえりなさ〜い!」」

5〜6歳の外見の、男の子3人と女の子1人が、迎えてくれる。

少年・(とばり)は、担いでいた麻袋を広げた。

「うわっ、すっげぇ!」

「綺麗だなぁ!」

見るからに金になりそうな、綺麗な品々が、顔を出す。

こういったものを、大人たちから盗み、売りさばいて、水を買う。

それが、彼らの日課だった。


紫月は、数年前、現世から魂葬されて、この流魂街へやってきた。

治安が悪く、新参者をコミュニティに入れる余裕もないこの場所では、子供といえども、大半の者が路頭に迷う。

紫月もその例に漏れず、彷徨った。

その中で出会ったのが、四辻(よつじ)(とばり)だ。

「死んだ目ぇして歩いてちゃ、死んでんのと同じだぜ? こんな世界だけどよ、死ぬ瞬間までは、ちゃんと生きていようぜ!」

差し出された手を取った、その日から、紫月は(とばり)と共に行動するようになった。

そのうちに、1人、2人と、紫月と同じような子供を拾い始め、今では、6人の集団になっている。

「ねぇねぇ、今日はどうだったの?」

「大人から逃げるの、簡単だった?」

「おう! あたぼうよ! 俺と紫月の攪乱作戦にかかりゃ、あんなトロくせぇ大人共、イチコロさ!」

「すっげぇ!」

(とばり)と紫月が大人を打ち負かすサマは、幼子(おさなご)たちにとって、まさしく希望の光だった。

こんな理不尽な世界でも、戦い続ければ笑っていられると証明してくれる、希望。


―――夜。

幼子4人が寝静まると、紫月は、あばら家の屋根に上った。

そこには、ひとり、屋根に寝そべって星を眺めている(とばり)の姿が。

「今日()ってきたやつは、一週間後の取り引きでいいんだよね?」

訊くと、(とばり)は一度振り返り、紫月か、と呟いて、視線を星へと戻した。

「あぁ。少し時間置かねぇと、足がつくからな。明日は、先週の分の取り引きに行く」

紫月は(とばり)の隣に座って、同じように星を見上げる。

「ふふふっ、明日は何が起こるかな〜!」

ワクワクを抑えきれず、足をばたつかせて言う紫月に、(とばり)はからかうような笑みを向けた。

「物騒だなァお前」

「だって何か起こった方が楽しいでしょ?」

「ま、そりゃ同感だな」

「前の取り引きのときは、盗み元の奴に見つかっちゃって、あやうく捕まりかけたよね」

「あぁ。今回はバレねぇように気をつけねぇとな」

「え〜? バレて追いかけっこするのも楽しいよ?」

「ははっ、頼もしい女だな。けど、それで捕まったらどうすんだァ? 殺されちまうぞ」

「そのときは、一人くらい道連れにして死んでやるもん。何もしないで死んでくくらいなら、精いっぱい戦って果てたい!」

そう言う紫月の瞳は、夜空の星と同じように輝いていた。

(とばり)はそれをチラリと見て、苦笑する。

「……お前は、俺より先には死なせねぇよ

「ん? 何か言った?」

「いーや、何も?」

(とばり)はグッと伸びをして、星に誓うように声を張った。

「俺も、花火みてぇに逝ってやらァ!」

…それは、(とばり)の口癖のようなものだった。

背を向けることなく真っ直ぐ生きて、運命と戦い続けて、最期の瞬間まで笑っているのだという、強い意思。

紫月は、そんな(とばり)の心意気が大好きだった。

自分に、生きる道を示してくれた生き方だから。



―――けれど。


世界は甘くなかったと、思い知る―――。



 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ