シザンサス

□39,約束
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眼下に、晴天を受け(きら)めく海を臨みながら。

まさか元CP9たちが、自分の話で盛り上がっているとは夢にも思わずに。

ティオは真っ直ぐに、マリンフォードを目指していた。

セント・ポプラから、レッドラインの麓にあるマリンフォードまでは、そう遠くない。

船なら数日かかる距離も、鳥の翼であれば、ものの数時間で目的地が見えてきた。

「……」

太陽が真南から少し西へ傾く、昼過ぎ。

ティオは、小さく見える荒れ果てた海軍本部を見つめ、注意深く覇気を広げた。

……ここから先は、文字通り敵の本拠地。

今は戦争直後で、荒れた世界の平和を維持すべく、実力者ほど外勤に回されているはずだ。

とはいえ、一定数の守備隊は残されているだろう。

ティオほどではなくとも、中将以上の見聞色の覇気使いには、一度感じたことのある気配を覚えている者もいる。

そういう輩に見つからないよう、こちらが先に要注意人物を探知し避けなければならない。

「……」

ぐんぐんと広がる覇気は、まだ遠いマリンフォードより先に、近場の海中や空中の生物を探知する。

その中に、海上でぎゅっと凝縮された、複数の人間の"声"が混じった。

「……」

ふと、その凝縮された人間の中に、よく知っている"声"を見つける。

「……」

ティオは、考えた。

元CP9のメンバーには、海軍や政府の人間との接触はしないと宣言したけれど、接触した方が計画が上手くいきそうな相手なら、話は別としてもいいはずだ。

右の翼を傾け、ティオは2時の方角へ進路を変える。

そして、聴こえる"声"を目指して進むと、一隻の軍艦が見えてきた。

船首に設置された主砲のド真ん前で、狭いスペースにリクライニングチェアを置き、呑気に寝転んでいる男の姿を見つける。

……誰よりも、何よりも、よく知っている人。

けれど、今は敵同士のため、ティオは警戒しながら軍艦の上で弧を描くように飛び、その人物に自分の気配をちらつかせた。

2周も回れば気配に気づいたのか、その男は掛けていたアイマスクを引き上げる。

そして、じっとこちらを見てきた。

……敵意はない。

飛んでくる感情は、疑問と驚愕だけだ。

捕縛されることはないと判断し、ティオはゆっくり降下していった。


"……バサッ、バサバサッ"


濃紺の羽が重力を弱め、小さな体を長身の男の膝へと着地させる。

「よォ、久し振りだな」

……ウォーターセブンで最後に会ったときと、何も変わっていない。

目の前の男、海軍本部大将、青キジことクザンは……

ティオは鳥の姿のまま、コクンと首を縦に振った。

クザンは微かに口角を上げ、指先でティオの頭をちょんちょんとつつく。

「麦わらの次はお前が来るか……。お前ら、一体どこで何してんだ? シャボンディでバーソロミュー・くまに飛ばされたかと思えば、麦わらがお前らじゃねぇ仲間引き連れて乗り込んでくるし」

「くま、に、とばされて、いちみ、ばらばら。まだ、しゅうごう、してない。いま、それぞれ、もくてき、したがって、うごいてる」

「ふーん、麦わらの行動は独断ってワケね……。とりあえず、顔見せちゃくれねぇか? ここは船内の奴らから見えねぇし、マリンフォードもまだ遠い。誰にも見つからねぇよ」

クザンがそう言うなら、と、ティオは人の姿に戻った。


"ボンッ"


発生した煙は、潮風に乗ってすぐに消えていく。

ティオは、クザンの膝に横向きで座り、じっと青い瞳で顔を見上げた。

その顔色と表情だけでも、クザンにはティオの状態がおおよそ分かる。

「元気そうだな。ボルサリーノがお前をフッ飛ばしたと、挑発気味に報告してきたんで、死んでてもおかしくねぇとは思ってたが」

「もう、なおった。きのう、かんち」

「へぇ。昨日までの1カ月は寝込んでたわけだ」

ティオはぷくっと頬を膨らめた。

「1かげつ、ちがう。ねてた、の、ここのか、だけ」

「9日も寝込んでりゃ重症だっつーの」

クザンは、ポンポンとティオの頭を撫でた。

頭の大きさが以前と全く変わっていないのが、手の平への馴染み具合でよく分かる。

「んでー、お前、何でここに来た? 昨日の新聞読んだから来たんだろうが、麦わらに会うためってワケじゃねぇだろ?」

ティオはマリンフォードの方へ振り返った。

「ちょうじょうせんそう、の、きおく、よもうと、おもって」

「戦争の記憶ねぇ……。わざわざ危険侵さなくても、当事者の船長に聞きゃいいんじゃねぇの?」

ティオは首を横に振る。

「きけない。そんな、つらいこと」

「ふーん。少しは気が遣えるようになったか」

「しつれい、な。……それに、るふぃの、しかい、はいるもの、だけじゃ、たりない。せんそう、そのもの、も、その、うらがわ、も、ぜんぶ、しるひつよう、ある。……るふぃ、かいぞくおう、するために」

鈴の鳴るような声色なのに、妙に重たく感じる言葉。

「船長のために遥々(はるばる)マリンフォードまで、ねぇ……幸せモンだな、麦わらは……。今なら ちょうど実力者は出払ってる。上手い時期を見計らったな」

「かいぐん、たいしょう、ひとり、かえってきちゃった、けど」

「ククッ、そうだな。俺じゃなかったらどうする気だったんだ?」

「まつ、だけ。せんにゅう、できる、まで」

「なら、運が良かったな」

クザンは片腕でティオをひょいっと抱き上げ、前方が見えるように膝の上に座らせた。

その懐かしい座り心地を感じながら、ティオはクザンに背中を預ける。

……ここに来た理由を話しても、追い返さないどころか、膝に乗せてくれた。

きっと、このまま連れていってくれるのだろう。

まさか、ここに来てすぐに潜入できるとは思わなかった。

場合によっては数日やり過ごし、実力者が全員出払ってから潜入するつもりで、元CP9に1週間以内に帰ると告げてきたけれど、今日か明日の内に帰れそうだ。

この幸運も、もしかしたらルフィの……

「しろひげ、たおれて、いそがしく、なった?」

「あぁ。世界中しっちゃかめっちゃかだ。白ひげ海賊団はある意味、海軍の手が届かねぇ場所で平和を繋ぎ止める楔だったからな。……上層部はゴールド・ロジャーの子を葬ることで、政府や海軍の威厳を再度示し、海賊への牽制としたかったんだろうが、釣り合いの取れる代償だったかどうか……」

クザンはわざとらしく、大きなため息をついた。

「ここんとこ、世界の動きが予想を遥かに上回りすぎてる。……お前ら麦わら一味を含めてな……。俺にはもう、世界の行く末が見えねぇよ」

ティオはクザンの顔を見上げ、きょとんと瞬きを繰り返す。

「? てぃおから、すれば、ろじゃー、あらわれた、じてんで、800ねんの、せいおん、くずれた。いまに、はじまったことじゃ、ない」

「あー……そうとも取れるわけか……この頂上戦争すら、1つの歯車に過ぎねぇと……」

「(コクン)」

「あ、そういやお前、シャボンディ行って大丈夫だったのか?」

「いきなり、なに?」

「場合によっちゃ、お前の記憶に影響しかねねぇ場所だろ」

「べつに、なにも。……あんじ、の、きーわーど、も、おと、も、どっちも、きいてない、し」

「へぇ。……やっぱり暗示が解けなきゃ、記憶に関係ある場所に行ったとしても、何も起きねぇんだな」

「(コクン)」

そうして話すうちに、徐々にマリンフォードが近づいてきた。

ティオの覇気の範囲に、マリンフォードの敷地が入り始める。

クザンは見慣れたその景色を眺めつつ、両手を頭の後ろで枕にし、背もたれに身を預けた。

眼下では、ティオの長い金髪が潮風に揺れている。

数秒、それを見下ろしていたが、やがて、クザンはティオの髪を指で梳いた。

「お前、髪留めは?」

「あずけて、きた。いま、きょてん、してるとこ。てぃおが、かならず、かえる、あかしに」

「あんなボロっちいペンをか?」

ティオはムスッとした顔で振り返り、ボフッと軽くパンチを繰り出す。

「あれ、てぃおの、たからもの。ばか」

「ぶっ、くくくくっ……」

以前にも増して表情が豊かになり、あまつさえ"バカ"とまでのたまうようになったティオに、クザンは思わず笑ってしまった。

……そして、あんな羽ペンを"宝物"と称してくれていることに、心がくすぐったくなる。

ティオはクザンが笑うのが気に食わず、ポカポカと何度か拳を振るうが、本気ではないし、クザンにとっても痛くも痒くもない。

「さて、そろそろ何か動物に変わっとけ。さすがにここまで来りゃ、マリンフォードから双眼鏡覗いてる奴らには見える」

ティオはクザンを見上げ、コクンと頷いた。

ボン、と音を立て、鼠の姿に変わると、クザンの肩によじ登る。

そして、近づいてくる崩れた海軍本部を、じっと見つめた。

 
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