シザンサス

□39,約束
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"キィィ……パタン"


扉が閉まると、クザンはため息混じりに椅子の背にもたれる。

麦わら一味(おまえら)、とんでもねぇ猟犬に目ェつけられたな」

「てぃおたち、だけじゃ、ない。ひょうてき」

「そりゃそうだろうが、お前らとはアラバスタの一件があるからな。新世界でも しつこく追われるぞ」

「のぞむ、ところ」

「ククッ、一丁前に」

きっとドヤ顔をしているのであろうティオの表情を、後頭部を見つめて想像しながら、その小さな頭に手を乗せた。






食事が済むと、ティオは早々に出発することに決めた。

クザンが匿ってくれているとはいえ、敵陣のド真ん中にそう長くは居られない。

「……」

海軍本部の上層階にある、あまり使われることのないバルコニーで。

ティオは、レイリーのビブルカードを手の平に乗せ、動きを見ると、風に飛ばされないうちにウエストポーチの中へ仕舞い込んだ。

斜め後ろからそれを見ていたクザンには、ティオの金髪が邪魔をして、ビブルカードがどの方角へ動いていたかは見えなかった。

「船長のモンか? そのカードは」

ティオは首を横に振る。

「てぃおたち、たすけて、くれてる、ひと、の」

「ふーん。……んで、女ヶ島のエターナルポースは、それに関係あんのか?」

「……ひみつ」

今、ティオの手には、女ヶ島へのエターナルポースが握られている。

海軍本部に大量にストックされている指針(ポース)のうちの、1つだ。

「……あ。ずっと、わすれてた、こと、あった」

「?」

(おもむろ)に振り返ったティオは、つぶらな瞳でクザンを見上げた。

「あらばすた、と、じゃや、えたーなるぽーす、もってった、きり、かえして、ない。ごめんなさい」

「あー……。……ククッ、海賊のくせに律義だな。まァいいんじゃねぇの? 新世界と違って、前半の海じゃエターナルポース作んのは手間じゃねぇからな。アラバスタもジャヤも、代わりの指針(ポース)はいくらでも量産できる」

「いつか、かえす。……たぶん」

「気にすんな。その女ヶ島の指針(ポース)も、返さなくていいぞ。……そんなモンのために危険侵すより、大事なモンのために命張れ」

「(コクン)」

ティオは、エターナルポースが差す方角へと向き直った。

……セント・ポプラへ帰る前に寄りたい場所、それは、他でもない、レイリーのところだ。

ここに来た当初は、潜入時機を待つだけで数日かかると思っていたため、記憶だけ読んですぐに帰る予定だった。

しかし、どんな運命の悪戯(いたずら)か、クザンの帰着に合わせて潜入できたことで、CP9と約束した日まで少し日数がある。

それに、頂上戦争の記憶を読んだことで、頭の中に在った800年分の記憶が引き出され、レイリーに確認したいことが出来た。

「……」

……ビブルカードを見たところ、指していた方角はシャボンディ諸島だった。

しかし、あのレイリーが、戦争が終わって間もないこの時期に、ルフィを連れてあの諸島へ戻るはずがない。

たとえレイリーの庇護があったとしても、未だに大将クラスが目を光らせているシャボンディ諸島では、ルフィという存在は隠すには大きすぎる。

それよりも、ティオは読んだ戦争の記憶の中で、奇妙な光景を目にしていた。

王下七武海、海賊女帝のボア・ハンコックが、異様なほどルフィに接触し、ルフィもハンコックに敵意を向けていなかった映像だ。

……これは、自分が仲間としてルフィを見てきたから、敵意を向けていないと気づいたのだが、(はた)から見れば、ルフィとハンコックは、ただ戦争の中で対峙しただけに見えただろう。

戦争の記憶によれば、トラファルガー・ローによってルフィがマリンフォード外に逃がされた後、ハンコックは軍艦を一隻 掌握して、後を追いかけている。

……世界政府の命令に頑なに従ってこなかった彼女が、政府の命令でルフィを追いかけたとは考えにくい。

もし、彼女が自分の意思でルフィを追ったとするならば……

「……」

止まない潮風が、ゆらゆらとティオの金髪をなびかせる。

……きっと、ここから海を眺める機会は、もう二度と訪れないだろう。

願わくば、2年後の大いなる闘いを経ても、この海はいつものように、穏やかでありますように……

「ティオ」

クザンに呼ばれて、ティオは振り返った。

見下ろしてくる眼差しからは、一つには絞れない、様々な感情が伝わってくる。

「本当にいいんだな? お前の人生の矛先は、そっち側で」

ティオは真っ直ぐに、クザンの正面に立った。

コクンと深く頷く、その顔の真ん中には、深海のような深さと、大空のような輝きを秘めた青い瞳が収まっている。

「てぃお、むぎわらいちみ、いったこと、こうかい、しない。なにが、あっても」

「……そうか」

クザンは最後にもう一度、ティオの頭に手を乗せ、感触を噛み締めるように丁寧に撫でた。

「楽しめよ、人生を。最期まで」

「ん。やくそく、する」

ティオは心地よさそうに目を細め、大好きな(てのひら)の感触を、記憶に刻み込んだ。

クザンの手が離れていくと、ひと跳びでバルコニーの手すりに飛び乗る。

「ここまで、ありがと。……ばいばい」

「おう」

風に揺れる金髪が、日の光でキラキラと輝いた。

その長い髪に見え隠れする口元は、微かに口角が上がっている。

……それが何故か、クザンには切なく思えた。

ティオは後ろに倒れるようにして、バルコニーから落ちていく。

そして、空中でボンと音をさせて鳥に変わると、力強く羽搏いた。


"バササッ"


風を切り、大空へ吸い込まれていく濃紺の翼。

その先には、果てしない自由が拡がっている。

同じ数だけ、痛みや苦しみも待ち受けている。

それでも、臆することなく立ち向かうその姿は、見送る者に勇気をくれた。

小さな肢体が見えなくなるまで見送りながら、クザンは、久々に熱い想いを抱く。

(……受けてみるか、海軍元帥の推薦)

2年後に、本当にアレが起こるのなら。

そのとき、自分がしたいことが出来る場所に居たい。

己が掲げる、『ダラけきった正義』の信念の下に。

 
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