シザンサス

□39,約束
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ティオが頂上戦争の記憶を読み終えた後、クザンは再び、鼠の姿になったティオをポケットに入れ、自室へと向かった。

その途中、廊下で、顔見知りの准将に会う。

「申し訳ありません! 留守を守れず!」

いきなり泣きながら謝罪されて、クザンはキョトンとした顔で立ち止まった。

よく見れば、准将は怪我をしている。

大方、麦わらのルフィの再侵入を許した挙句、捕らえられなかったことを悔いているのだろう。

「あ〜〜〜……ドンマイ」

クザンは、准将の肩をポンと叩き、再び自室の方へと歩き出した。

ここで長居をして、ティオの気配を悟られては面倒だ。

そんなことを考えつつ、自室の前まで来ると、ガチャリと扉を開けた。

既に見慣れつつある、半壊した部屋の光景が目に飛び込む。

「お、足場が出来てるなぁ。部屋の修復までもうちっとか」

呑気にそんなことを言いながら、デスクに向かってみれば、大量の報告書や新聞が乱雑に置かれていた。

「あーあー、ちょっと留守にした間にコレだ……」

クザンはドカッと椅子に座り、パラパラと大量の報告書を弄ぶ。

「ティオ、戻っていいぞ」

周囲には、修復作業に勤しむ大工たちしかいない。

部屋に海兵でも尋ねてこない限り、ティオが人の姿に戻っても問題はないはずだ。

それを、ティオ自身も覇気で感じ取って、するりとクザンの懐から出てきた。


"ボンッ"


音と煙をさせて、人の姿に戻ると、クザンの膝の上に座る。

クザンはティオに見られることも気にせず、割と重要な報告書を平気で読み始めた。

「つーか、昔の癖でつい連れて来ちまったが、お前すぐ帰るつもりなんだろ? 実力者共も、いつ帰ってくるか分かんねぇぞ」

「(コクン)…すぐ、かえる。……ちょっと、べつの、しま、よりみち、してく、けど。……でも、かえるまえに、ごはん、ほしい」

きゅるるる、と小さくティオのお腹が鳴る。

「ククッ……お前からメシの催促 聞ける日が来るたァねぇ」

ここで海兵をしていた頃は、何よりも任務優先で、空腹に気づくことすら珍しかったというのに。

クザンは少しだけ嬉しく思いながら、机の端にあった内線用電伝虫で、食堂に食事の配達を頼んだ。

数分もすれば、海鮮チャーハンとサラダとスープが届けられる。

ティオは、配膳の間だけ机の下に潜んでやり過ごし、給仕係が出ていくと、クザンの膝に戻った。

手始めにスープを一口啜ってから、チャーハンをまくまくと口に詰め始める。

それを、報告書を読む傍らで見下ろしたクザンは、何度かまばたきを繰り返した。

「お前、結構食うようになったんだな。足りるか?」

「たべる、りょう、そんな、かわって、ない。たりる」

「ふーん。……まァ、好きなだけ食ってけや」

そう言って、報告書の束を机の端に放り、今度は数日分の新聞を手に取る。

「んー……どの記事見ても、麦わらのマリンフォード再上陸ばっかだな。麦わら(コイツ)、一体何しにここに来たんだ? 16点鐘ってのは何かのメッセージか?」

「なかま、だけ、わかる、めっせーじ」

「内容は?」

「おしえる、と、おもう?」

「ククッ、だよなァ」

そのとき、ティオの頬がピクっと動いた。

「ひとり、こっち、くる」

「ん? ……あぁ、そうだな。誰だ?」

「すもーかー、たいさ」

「へぇ……。……あぁ、あの件の催促に来たか……。アイツ、昇進したから今は准将だぞ」

「そう」

「お前どうする、隠れるか?」

ティオは首を横に振った。

「たぶん、だいじょぶ」

そう言って、サラダをパリッと頬張るティオに、本当に図太くなったなと、クザンは苦笑する。


"コンコン"


話しているうちに、当人が部屋の戸をノックした。

「おー、入ってこいよ、スモーカー」

気だるげに声を掛けると、扉が開く。

「よく俺だと分か―――」

部屋に入った瞬間、スモーカーは固まった。

……何だかとても、懐かしい光景。

しかしそれは、もはやこの世に存在してはならない光景。

「なっ……んでそいつがここ「あーはいはい、言いてぇこたァ分かるが、大声は出さんでくれや」

スモーカーは頬をひくつかせ、掴みかかりそうな勢いでクザンのデスクに歩み寄った。

「アンタも報告聞いてんだろっ……このマリンフォードに麦わらが再上陸したことを!」

「あぁ」

「コイツがいるってこたァ、麦わら一味もここにいんのか!? もう捕えたのか!?」

「いねぇよ、コイツ以外は一人も」

「だったら! すぐにでもコイツから情報吐かせ「まーまー落ち着けや。麦わらは再上陸して暴れたわけでもねぇし、コイツもただ、頂上戦争を記憶しに来ただけだ」

言い合いを続ける2人の間で、ティオはリスのように頬を膨らめ、もっくもっくと食事を続けている。

その堂々たる様を見下ろしたスモーカーは、やがて、深いため息をついた。

「……チッ」

見るからに不服そうに、眉間にしわを寄せて、デスクから少し離れたソファへと向かう。

ボフっと勢いよく腰を下ろすと、傍のテーブルにあった灰皿を、近くへ引き寄せた。

「……ったく、モットーとはいえ"ダラけ"すぎだろアンタ。海軍大将ともあろうモンが、情に流されて海賊を見逃してちゃァ示しがつかねぇぜ?」

クザンは、先ほどティオから聞いた"2年後"について考えながら、積まれた書類をザッと眺めていく。

「まァ、情が湧かねぇと言ったらウソになるが……それだけでコイツを招き入れてるわけじゃねぇ。俺なりに考えあってのことだ」

そう言うと、ティオが振り返って見上げてきた。

もくもくと動いている口の周りは、相変わらずベタベタ。

「ククッ……変わんねぇな お前」

クザンは懐かしく思って苦笑しながら、食事と一緒に運び込まれていた布巾で、ティオの口の周りを拭いてやる。

「ん、ぶ……」

拭いてもらった後、ティオは再びクザンの顔を見上げた。

よく見ると、いつもボーっとしている瞳に、今は僅かながら やる気のような光が灯っている。

伝わってくる感情も、ほんの少しだけ前向きだ。

何を考えているんだろう、と思いつつ、ティオは くるりと前を向き、再び食事を再開した。

……そんな、つい最近まで日常だった2人のやり取りを見つめ、スモーカーは諦めのように視線を落とす。

不本意だが、アラバスタでは、麦わら一味のおかげでクロコダイルを捕えられたのだ。

(しゃく)(さわ)ることこの上ないが、麦わら一味は海賊を名乗りつつも、悪行らしい悪行を働かない。

海賊を目の前にして、捕らえなくてはと思う使命感はあれど、敵意が全く湧いてこない自分を、スモーカーは情けなく思った。

「……アンタが頑なにそいつを捕えねぇって言うなら、部下である俺は、その命令に従うしかねぇ」

言い訳のようにそう言って、灰皿に葉巻の灰をトントンと落とす。

「ところで、俺の異動の件、話は通してくれたか?」

クザンが、見ていた書類から視線を上げた。

「あー、まァ、センゴクさんに掛け合いはするが……本気かお前、『G5』に行きてぇってのは」

「本気じゃなけりゃ言わねぇよ」

「あそこは志望していくような所じゃねぇ。問題だらけの場所だ」

「分ァってる。……だが、標的は近い方がいい」

そう言って、スモーカーはチラリとティオを見る。

ティオは臆することなく、もっくもっくと口を動かしながら、青い瞳でじっと見つめ返した。

やがて、スモーカーはフンっと鼻を鳴らして顔を逸らし、立ち上がる。

「確かに伝えたぜ。……よろしく頼む」

そう言うと、ポケットに両手を突っ込んで、部屋を出ていった。

 
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