シザンサス

□39,約束
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―――終結を迎えた、激動。

その水面下で、戦争を隠れ蓑に動いていた闇。

この戦争で失われたもの、未来へと継がれたもの。

その細部まで全てを読み取って、ティオは、覇気を閉じた。

感覚がすぐには現実に戻らなくて、脚が思うように動かずフラついたけれど、背後にいたクザンにぶつかって留まる。

「……」

涙はまだ、止まらない。

頬を撫でる穏やかな風も、目の前の青い空も、全てが虚しく見えてくる。

そんな視界を、クザンのコートが遮った。

「……馬鹿野郎、干からびる気か」

分厚いコートの布に包まれた、薄暗くて落ち着く空間。

けれど、ティオは腕で無理やり涙を拭い、コートを跳ねのけた。


"バサァ……ッ"


照り付ける太陽、見下ろす青空。

虚しいほど広い世界は、けれど、虚しいだけに留まらない。

必ず、同じ空の下に、仲間たちがいる。

「だいじょぶ、ひからび、ない」

自分はもう、空っぽな人形ではないから。

仲間たちに貰った、永遠に湧く心の泉が、どれだけの悲しみや苦しみの中でも、立ち上がる元気を生み出してくれる。

「……」

ティオは、裸足のまま、数歩進んだ。

残された処刑台の支柱によって、マリンフォード各地の海兵から死角になっている場所で、遥か彼方の地平線を見つめる。

その背中では、煌めく金色の長髪が、少し強くなってきた風に揺れていた。

小さいのに、何故か逞しいその背中を、クザンは黙って見つめる。

「……」

ティオの小さな頭の中に、押し込められた世界の歴史。

普段は眠っているその膨大な記録は、今、ティオが読み取った記憶に触発されて、じわじわと一部が滲み出ていた。


『消せ!』

『隠せ!』

『奴らを……』

『あの一族を……』

『アレを知る者を……』


『大丈夫、泣かないで』

『2人の王は、また、出会う』

『たとえ血が途絶えても』

『意志は脈々と継がれゆく』

『ジョイボーイの願いは再び』


『やっと、生まれるね』

『今度の王は、1人じゃない』

『遠くの海でも、生まれるからね』

『ぼく達の、尊い王さま、泣かないで』

『生まれてくるのに、いち百コと三十2コ』

『大きくなるのに、いち十5コ』

『今度はきっと、うまくいく』


『月は夜明けを知らぬ君』

『叶わばその一念は』

二十年(はたとせ)を編む月夜に九つの影を落とし』

『まばゆき夜明けを知る君と成る』


『さざ波は、やがて大波に』


『望まれようと』


『望まれなかろうと』


『うねりは、()まぬ』




『『世界は、ひっくり返る』』




白ひげ海賊団・船長、エドワード・ニューゲートが、最期に放った言葉。

それは()しくも、記憶の中の誰かの言葉と重なった。

そして、レイリーの姿が目の前に浮かぶ。


『我々もオハラも、少々急ぎ過ぎた』


……そうだろう。

20年前、()の地に到達した彼らは、ジョイボーイの悲願を叶える者ではなかったのだ。

だが、世界を動かす始まりの歯車ではあった。

彼らが動き出したことで、他の歯車も動き出し、今、ようやく……


「き、は、じゅくした」


零れ落ちたティオの言葉に、クザンは粗方(あらかた)予想がつくものの、眉をひそめて尋ねる。

「何の機が熟したってんだ?」

ティオは、ゆっくり振り返った。

クザンを真っ直ぐに見据える、濃い青の瞳の色は、宝石なんて生易(なまやさ)しい色ではない。

人間が知る由もない、深海の底のような色をしていた。


「すでに、おう、は、うまれていた」


「……」


「じょいぼーい、の、やくそく、はたされる」


「……」


「あと、2ねん」


「……」


「せかい、ひっくり、かえるよ」


吹きすさぶ風が、妙に恐ろしい。

クザンは、戦場で見た白ひげの最期を思い出していた。

"世界はひっくり返る"

世界最強の男が明言したその言葉を、目の前にいる、世界を()る者もまた、明言した。

……世界政府が恐れ続けた瞬間が、ついに訪れてしまうのか。

2年後に、この海に、この世界に……

 
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