シザンサス

□39,約束
2ページ/9ページ



軍艦が着港すると、見張りの一兵卒が数人、クザンの出迎えに走ってくる。

そして、全員ピシッと敬礼をしてみせた。

「遠征、お疲れ様でした! 大将青キジ殿!」

「おー。お疲れさん」

クザンはユルい返事を返し、ある地点を目指して真っ直ぐに歩き始める。

……その懐には、鼠の姿になったティオが潜んでいた。

「お帰りなさいませ!」

「お疲れ様です!」

本部の警備にあたっている海兵たちが、まるで上官が近づいたら反応するセンサーのごとく、クザンに敬礼をしてくる。

そのたびに、クザンは適当な返事をしていたが、視線は目的地から一瞬たりとも外れなかった。

……その目的地とは、今回の戦争の中心、処刑台の跡地である。

「ここでいいんだな?」

根元近くでポッキリ折れた、巨大な処刑台の傍で、クザンは立ち止まった。

鼠の姿でクザンの服のポケットに潜んでいたティオは、ぴょこっと抜け出し、肩の上まで登ってくる。

「ひと、もどって、い?」

「あ? あー……まぁいいが、そう長くは隠してやれねぇぞ」

「(コクン) …1ぷん、で、いい」

「へいへい」

クザンは、"正義"が背に刻まれたコートの端を持ち上げた。

長身のクザンに合わせて仕立てられた大きなそれは、ティオ程度ならすっぽりと包み込める暗幕となる。

コートと、残った処刑台の支柱、その間に出来た小さな空間に、ティオは人の姿に戻りながら飛び降りた。

「……」

頬を撫でる風は、たった数か月前までほぼ毎日感じていた、懐かしい匂いを含んでいる。

ティオはその場で、履いていたサンダルの留め具を外した。

細かな砂利が散らばる石畳の上に、素足を降ろすと、尖った砂利の痛みと、石畳の冷たさが、同時に沁みてくる。

「……」

いよいよだ。

"戦争"と呼ばれる大きな戦いを、自分自身で読み取って記憶するのは、アラバスタに続いて2回目。

今回はアラバスタの頃より、自分自身の感情が随分と豊かになっている。

その分、読み取る記憶や感情に左右されやすく、場合によっては発狂する可能性もあるだろう。

……とはいえ、傍にはクザンがいる。

壊れて叫び出す前に、無理やりにでも記憶の根源から引き剥がしてくれるはずだ。

「……」

ティオは、目を閉じ、足元の石畳へと意識を集中した。

ざわざわと、波が寄せては引くように、この広場全体の記憶と感情が流れ込んでくる。


『―――来たぞ―――の大艦隊だ!!』

『白ひげはどこだ!?』


『モビーディック号が来たァァ!!』

『全体、進めー!!』

『うわああああ!! 助けてぇぇぇ!!』


『こんなの……っ……聞いてないっ、聞いてないぞぉぉ!!』

『痛い……痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぁぁああ!!』

『裏切りやがったなあの野郎!』

『俺達ァ売られたんだ畜生!』

『白ひげの首を取れぇぇ!!』

『何を逃げようとしている! もはや我らに退路などない! 戦って死ぬか、今ここで死ぬか、選べ!』

『急げ! エースを助けろ!』


『嫌だ……もう嫌だ! 母さぁぁぁん!! 助けてぇぇぇ!!』


……何度も、記憶の中で見たことのある光景。

戦争の記憶とは、総じてこういうものだ。

今までと同じ。

心を閉ざして見つめればいい。

客観的に、客観的に……

「……っ」

ガクガクと、脚が震える。

今すぐここから離れたい。

たくさんの知っている顔。

海兵も、海賊も。

その誰もが、傷つきながらも逃れられない。

身体の痛み、心の痛み、その全てが大波となって、ティオの小さな体に襲い掛かる。

「……そこまでだ、ティオ。もう読むな」

クザンの手が、ティオの肩に乗った。

しかしティオは、瞳に涙を浮かべ、唇をかみしめながら、クザンの手を振り払う。

「……てぃお、は、しらなきゃ、いけない……っ……むぎわらいちみ、として……いちど、でんしょうしゃ、なったもの、として」

この頭に記憶された世界の歴史は、今は隠されているけれど、いずれ、今を生きる人々に(かえ)されるだろう。

いや、還されなくてはならない。

その時が、もうそこまで迫っている。

それまで、覚えておかなくてはならない。

ティオは再び、石畳の記憶の中へ潜り込んだ……


『おい今の! 麦わらのルフィだ! あの包囲壁を抜けやがった!』

『ぐああああっ!! 腕がっ、俺の腕がぁぁ!!』

『全隊立て直せ! 海賊を1匹たりとも通すな! 命を捨てて守れぇ!!』


『衰えてねぇなァセンゴク……見事にひっかき回してくれやがって』

『オヤジィィ!!』

『白ひげのオヤっさん!!』

『ぎゃああああっ!!』

『エース〜〜〜!!』


『ここを通りたくば……わしを殺してでも通れ! 麦わらのルフィ! それが、お前たちの選んだ道じゃァ!!』

『できねぇよじいちゃん! どいてくれぇ!!』

『ぎゃああああっ!!』

『うわああああっ!!』


『……お前は昔からそうさ、ルフィ……俺の言うこともロクに聞かねぇで、無茶ばっかりしやがって!』

『やったぞ麦わらァ! エースを奪い返した!』

『火拳と麦わらを処刑しろォォォ!!』

『2人の逃げ道を作れぇぇぇ!!』


『……今から伝えるのは、最期の船長命令だ。よォく聞け、白ひげ海賊団。お前らと俺は、ここで別れる! 全員! 必ず生きて! 無事 新世界へ帰還しろ!』

『うわあああっ!! マリンフォードが崩壊する!』


『フン……白ひげは所詮、先の時代の敗北者じゃけぇ』

『やめろ! エース! 逃げるんだよ!』

『貴様ら兄弟だけは、絶対に逃がさん。……よう見ちょれ、火拳』

『ルフィ!』

『うわあああっ! エースがやられたぁぁっ!!』

『赤犬を止めろォォ!!』


『……わしを押さえておけ、センゴクっ……でなけりゃあ、わしゃァ……サカズキを殺してしまう』



―――ティオは、涙を流していた。

雨のように、滝のように。

どこから溢れてくるのかは分からない。

きっとこれは、自分の感情ではない。

戦場で生まれ、染み付いた感情が、この体を通して昇華されているだけ。

……それでも。

心が痛い、もう見たくない。

……それでも、それでも。

一番見たくないけれど、でも、一番見ておかなければならない。

この先の世界を大きく変える、歴史の分岐点を―――


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ