シザンサス

□36,本当の顔
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翌朝。


"――――――シュルッ……シュッ"


布の擦れるような音で、ティオは目を覚ました。

「……」

窓からの日光の入り方が、いつもと違う。

まだ朝のようだ。

「……」

寝ぼけ眼をこすりながら、身を起こし、音が聴こえる方を見た。

「お、何じゃ、もう起きたのか」

ティオの半目の瞳に、ぼやぼやとカクの姿が映り込む。

部屋の隅のクローゼットが開いているから、仕事前の身支度をしているようだ。

「昨日は丸一日寝とったようじゃからのう。さすがに今日は昼まで寝れんかったか」

カクはティオに近づき、寝ぐせの付いた長い金髪を、軽く手で梳く。

まだ微睡みの中に居るティオは、撫でてくれる温かい手に、心地よさそうに目を閉じた。

「今日も大人しくしてるんじゃぞ? お前さんの仕事は、食うことと寝ることじゃ。早く傷を治せ」

最後に、ポンポンとティオの頭を叩くと、カクは仕事のために部屋を出ていく。


"キィィ……パタン"


閉まった扉を、ティオはしばらく見つめた。

そして、再びベッドに倒れ込む。


"ボフン…"


昨日の昼から眠り続けていたのに、まだ眠れる。

怪我のせいもあるけれど、体質に()るところが大きい……






結局、ティオはまた、昼まで寝てしまった。

起きてみると、ほぼ24時間寝通したせいで、空腹になりすぎて気持ち悪かった。

寝ている間に、ブルーノが用意してくれたであろう朝食を、少しずつ食べる。

お腹が満たされると、気分も良くなった。

「ふう……」

さて、今日の監視は誰だろう。

そう思って、覇気を広げると……

「……」

予想より早いチャンスの到来に、ティオの瞳の色が深みを増した。

1階のラウンジに感じられる"声"は、カリファ。

このセント・ポプラで目覚めてから、5日。

脱出の好機が訪れた。

勝負は、今はまだ寝ているブルーノが、仕事に出掛けてから、他のメンバーが帰ってくるまでのわずかな時間。

もし、ブルーノが出掛ける前に、他のメンバーが帰ってきてしまえば、また次の機会を待たなければならない。

こればかりは運勝負だが、うまいことカリファが1人になったら、隙を見計らい、窓から鳥の姿で飛び立つ。

「……」

ティオはベッドから降りると、軽くストレッチをした。

昨日の昼から丸一日寝ていたおかげで、身体はだいぶ楽になっている。

右脚の骨折はまだまだ治る気配がないが、鳥になってしまえばそれも関係ない。

ティオは一度深呼吸をすると、部屋を出た。


"ガチャ……パタン"


静まり返った廊下。

ティオは緊張を身体の奥に隠し、ひょこひょこと右脚を引きずって階段へ向かった。

昨日壊れてしまった手すりは、撤去されている。

手すりのなくなった壁に手を添え、ぴょんぴょんと左脚だけで、器用に階段を下りていった。

途中、ラウンジを見れば、カリファがいる。

ソファに座り、雑誌を読んでいた。

ティオが階段を降りる音に気付いたのか、カリファは此方へ振り返る。

「あら。やっと起きたのね」

階段の最後の一段を降りたティオは、そのまま、カリファの元へひょこひょこと近寄った。

「朝食は?」

「……たべた」

「そう。分かってると思うけど、大人しくしてなさいよ」

そう言って、カリファは雑誌に視線を戻す。

カリファから伝わってくる感情は、綺麗に二極化していた。

避けたい、でも、気になる。

ティオはとりあえず、何気なく外を見るフリをして、窓に近づいた。

目だけを動かして、窓の開け方や、鍵の有無を確認する。

窓は、上に引き上げれば開く、単純なものだった。

鍵も、つまみを回すだけだ。

「……」

脱出の完璧なイメージを持って、ティオは窓から離れた。

することもなく、カリファの近くに座る。

「……」

カリファは、暇そうにきょろきょろしているティオを横目に見て、ため息をついた。

「暇なら、トランプでもする?」

そう言って、服のポケットからトランプの箱を取り出す。

ティオは、そのトランプとカリファを、交互に見た。

……ちょっと照れている感情が伝わってくる。

カリファは、じっと見てくるティオに、慌ててメガネをスチャッと上げた。

「べ、別にっ、遊んであげようとかは思ってないわよ? ただアンタがそうやって暇そうにしてると、こっちも気が散って落ち着かないだけで……」

嘘が混じって聞こえる。

本当は、最初からトランプを用意していてくれたのだ。

「やる」

とりあえず、ブルーノが仕事に出るまで、することはない。

カリファに警戒されないためにも、一緒に遊んだ方がいいだろう。


……そうして、トランプを始めたはいいが。

「……アンタ、容赦ないわね」

ほぼ、ティオの一人勝ちだった。

神経衰弱は、ティオの記憶力を以ってすればただの答え合わせで、ババ抜きも、カリファの感情を読んでしまえばジョーカーなど引きようもない。

そして、意外に負けず嫌いのティオが、手を抜くワケもなかった。

「なさけ、で、かたせて、もらって、うれしいこと、ある?」

無表情から放たれたその言葉に、カリファは頬をひくつかせる。

「言ってくれるじゃない? このまま勝ち逃げできると思わないことね」


……その後も、トランプは続いた。

ポーカーや大富豪、ブラックジャックなど、あらゆるゲームを繰り返す。

「ふふっ、ブラックジャックはちょっと苦手なのかしら」

「むう……」

次にどんなカードが出るか、運が介在するブラックジャックには、ティオも打てる手がなかった。

対して、カリファはちょっとしたテクニックを知っているため、ブラックジャックを有利に進めていく。

ティオは頬を膨らませ、カリファが勝てる理由を懸命に考えた。

そこに……

「今日は大人しいようだな」

ブルーノが起きてきた。

そろそろ午後4時を回る。

カリファはブルーノに、余裕の笑みを向けた。

「ブルーノもやる? 案外、楽しいわよ」

元はCP9にとって上司に当たるポジションだった子供を、遊びとはいえ負かしているのだから、気分がいい。

ブルーノは呆れたような笑みを浮かべ、首を横に振った。

「悪いが、俺は夕食の準備がある」

「そう? 今日は私が作ってもいいけど」

「気にするな。好きでやっていることだ」

そう言って、ブルーノは、壁の杭に引っ掛けていたエプロンを手に、キッチンへ入っていった。

 
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