シザンサス

□36,本当の顔
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翌朝。

朝食の時間に、カクがため息をつく。

「まったく、大人しくさせておけと言うたのに、お前まで何をしとるんじゃ、クマドリ」

「ぁ(きょう)が乗っちまって〜ェ、申し訳ァねェ」

「はぁ……。今日の休みは確か……ルッチだったのう? お前さんなら心配いらんな」

ルッチは、話を聞いているのかいないのか、コーヒー片手に新聞を読んでいた。

返事をしないルッチに、カクは苦笑し、一足先に仕事に出るため、身支度を整え始める。

ルッチなら、フクロウやクマドリのように、一緒に遊ぶことなどまずないだろう。

いつもの黒いニット帽を被ると、カクは安心して、仕事に出ていった。


……その日、ティオが目を覚ましたのは、またしても昼頃だった。

「……」

目を開けた瞬間、身体に感じた重さと痛みに青ざめる。

身体を少し動かすだけでも、ビキビキと全身に痛みが奔った。

一昨日、昨日と、怪我が治っていないのに無理に動いたせいで、寧ろ悪化したようだ。

「〜〜〜っ」

動きたくない。

でも、トイレに行きたい。

ティオは頬をぷくっと膨らませ、ぶるぶると身体を震わせながら、ベッドを降りる。

そして、壁にもたれつつ、部屋を出た。





その頃。

ラウンジでは、ルッチがソファでくつろぎ、本を読んでいた。

外を通りかかる人々の声が、小さく響くだけの、静かな空間。

その、穏やかな昼下がりの中、ページをめくろうとしたとき、感じた気配に眉が動いた。


"――――――ズ、ズ……ズズッ……"


2階から聴こえてくる、何かを引きずるような、小さな音。

その音は次第に、階段に近づいていた。

「……はぁ………はぁ……」

言うことをきかない身体を、引きずるようにして、ティオは何とか階段までやって来る。

壁に沿わせていた両手を、階段横の壁に据えられた、金属の手すりに乗せた。

全体重をその手すりに預け、階段を下りるために、少し、前かがみになる。

次の瞬間……


"バキッ"


「!」

老朽化していた手すりが、壊れてしまった。

元CP9メンバーは、普段、手すりなど掴まない。

老朽化していることなど誰も気づかず、今まで放置されていたのだ。

いつもなら、階段に両手をつき、くるっと一回転してしまえばいい。

しかし、今の身体でそんな俊敏な動きは出来ない。

迫る階段の段差を目の前に、ティオの両手は震えるばかりで、動いてくれなかった。

顔面から激突すると察して、ティオはぎゅっと目を瞑る。


"――――――ガシッ"


「……?」

前のめりに落ちようとしていた身体が、止まった。

恐る恐る目を開けば、逞しい腕が支えてくれている。

そっと頭を上げると、自分を見下ろす冷たい瞳と、視線が合った。

「……」

「……」

数秒、沈黙が降りる。

目の前に居るのが、CP9史上最強のルッチだという事実が、ティオを硬直させた。

しかし、敵意は感じられない。

「……あ、りがと」

とりあえず、お礼を呟いた。

すると、ルッチの表情は変わらなかったが、感情が揺れた。

予想外の感情の動きを聞き取り、ティオの青い瞳は、不思議そうにまばたきをする。

ルッチは、自分の中で揺れた感情をごまかすように、ぶっきらぼうに訊いた。

「どこへ行く気だった」

降ってきた低い声に、ティオも答える。

「……といれ」

すると、ルッチは片手で、ティオをひょいっと抱き上げた。

腕に座らせてもらうような形になったティオは、落ちそうになって、慌ててルッチの肩に掴まる。

ルッチは何も言わず、階段を下り、トイレの前まで行くと、ゆっくりティオを降ろした。

そして、さっさと(きびす)を返して、読みかけの本が置いてあるソファへと戻っていく。

「……」

ティオは唖然として、その背中をじっと見ていた。

……困惑、自制、わずかな嬉しさ。

そんな感情が聴こえてくる。

そのとき、トイレに行きたかったことを唐突に思い出したティオは、急いで扉の向こうへ飛び込んだ。


……間に合ったことへの安堵感で、深く息をつきながら、トイレを出てくる。

パタンと扉を閉め、ラウンジの方を見ると、ルッチが変わらず本を読んでいた。

「……」

今日は、1階に居るべきか、2階に戻るべきか……

ルッチも、今はCP9ではないのだから、襲ってくることはないと思いたい。

だが、殺しを正当化するために政府に居ると豪語した男を、フクロウやクマドリと同じように見ることは難しい。

どうしよう。

どうするのが正解なんだろう。

そうして立ち尽くしていると、ふと、ルッチの目の前にある、テーブルに視線が向いた。

(しんぶん……)

目が覚めた日に読んで以降、3日ほど読んでいない。

もしかしたら、ルフィや他の仲間の居場所について、新しい情報があるかもしれない。

ティオは、ごくりと息を呑んだ。

……ルッチの傍に行くのは、怖い。

だが、情報が欲しい。

 
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