シザンサス

□35,セント・ポプラ
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麦わら海賊団。

それは、もはや知らない者などいない、大注目のルーキー海賊団。


―――アーロン一味の撃破に始まり。

ローグタウンの処刑台騒動。

元王下七武海、サー・クロコダイルの撃破。

エニエス・ロビーの襲撃。

王下七武海、ゲッコー・モリアの撃破。

そして、天竜人への暴行―――。


世界政府や海軍に届いている情報だけでも、数々の信じがたい悪行を重ねてきた、海賊界の超新星。

……しかし。

彼らは昨日、天竜人に暴行を加えたことで、海軍大将・黄猿とパシフィスタによる猛攻に遭い、完全崩壊を喫した。

その大ニュースは、今朝の朝刊の一面を派手に飾り、世界を騒がせている。

そして、各新聞社の朝刊は、人々の住む下界だけでなく、天界にももれなく届けられていた。



聖地マリージョア・パンゲア城。

城の南に造られた、まばゆい日差しが降り注ぐ庭先で。

高級な白いスーツに身を包んだ、白金髪の彼は、大きなパラソルの影の中、リクライニングチェアに寝そべっていた。

輝くエメラルドの瞳で、各新聞社の朝刊を順番に読んでいく。

一字一句、逃すことなく丁寧に読んでいるのに、読む速度は、まるで眺めているだけのように速い。

最後の新聞の一面を開くと、彼はニヤリと口角を上げた。

「……ククッ、どこも似たような情報か。下々民(しもじみん)向けの新聞なんて、こんなもんだよね」

麦わら一味、海軍大将・黄猿により完全崩壊を喫する。

どの新聞も、ボルサリーノの手柄を(たた)えるばかりだ。

しかし、現・伝承者の彼、ヴォルトラード・ルイスは知っている。

麦わら一味が消えた場所に、王下七武海、バーソロミュー・くまが居たことを。

麦わら海賊団の、10枚の手配書が載った一面を眺めながら、ルイスは堪え切れずに笑い始めた。

「ククククッ……あのエニエス・ロビーから生きて出てきただけでも表彰ものなのに、天竜人を殴っても生き残れる強運を持っているとはねぇ……。それにしても、くまはどこまでいっても哀れな奴だよ、ククッ……守りたいものより、限りなくゼロに近い希望に賭けてしまうんだから……いや、盟友・ドラゴンの息子を守るためでもあったのかな……あ〜読みたいな〜、くまの記憶。まだ本人に会えた試しがないんだよね〜。絶対に避けられてるんだなぁコレが。……完全なパシフィスタになった後なら、(さわ)れるチャンスあるかな」

独り言を呟きながら、クリスマス前に玩具リストを眺める子供のように、心から嬉しそうな顔をする。

そして、恍惚とした表情になって、麦わら海賊団の諜報員・ティオの手配書を撫でた。

「本当に僕の元まで来そうだね……いや、僕から会いに行っちゃおうかな〜」

と、そこに……

「これ、真面目に仕事をせんか」

厳しくもゆったりとした声が響いた。

パコッと、長い刀の鞘の先が、白金髪の頭を叩く。

「いてっ」

ルイスは頭をさすりながら、半目で後ろを振り返った。

そこには、五老星の一人である、眼鏡をかけた老人の姿が。

ルイスは大きな瞳を、ぱちくりと瞬かせる。

「おや、こんな城の端まで降りていらっしゃるとは珍しい」

ナス寿郎聖はため息をついた。

「窓の外にこれほどの黒い行列が出来ておれば、見苦しくて(かな)わん」

そう言って、ルイスの右手側に出来た、黒服の諜報員たちによる長蛇の列を、(あご)で指す。

特殊記録伝承者の元には、毎日、数百人単位の諜報員たちがやって来る。

彼らは世界中に散り、その眼と耳で情報を脳に刻むと、定期的に伝承者の元へ帰ってきて、記憶を読み取ってもらうのだ。

ただし、伝承者が別件に取り掛かっている間は、その別件が優先され、待たされることになる。

事前に、大きな歴史の転換点になると予測される出来事があれば、伝承者本人がその場所に送り込まれ、諜報活動をすることがあるからだ。

とはいえ、そればかりが"別件"というわけではない。

新聞を読むという私用でさえ、"別件"とみなされる。

それが、CP0に所属する伝承者の特権だ。

ルイスは、直射日光で汗だくの黒服たちを一瞥(いちべつ)し、再び新聞に視線を落とした。

「それにしても、止めなくていいんですか?」

ナス寿郎聖は、庭の先に広がった空を、真っ直ぐに見据える。

「何をだ?」

ルイスは近くのテーブルにあったハサミで、麦わら海賊団の諜報員・ティオの手配書を切り抜き始めた。

「何って、海軍と白ひげ海賊団の戦争ですよ」

「……」

ハサミは、ゆっくりと丁寧に写真を切り取っていく。

その無機質な音が、ナス寿郎聖の耳に木霊した。

ルイスは、黙ったままのナス寿郎聖に追い打ちをかける。

「どんな手段を使ってでも、火拳は釈放すべきだったと思いますよ? 白ひげとの戦争は、政府にとって百害はあれど、一利もありませんから」

ティオの手配書は、写真部分だけが綺麗に切り抜かれた。

ルイスは満足げな顔で、ポケットから手帳を取り出す。

1ページ目から6ページ目までは、幼い少女の写真が貼り付けられていた。

かわいく笑った写真も、両親と3人で写った写真もある。

ルイスは、6枚の写真をじっくり眺めてニヤニヤしながら、話を続けた。

「この800年の静穏が、20年前のゴール・D・ロジャーの登場を皮切りに、一気に崩れてきています。しかも、ここ数カ月は崩れ方が急激だ。四皇最大の白ひげ海賊団は、政府にとっても抑止力の(かなめ)。この最強の盾を失うことは、秘めたる歴史を持つ我々にとって、相当な痛手なんじゃないですかね? 後釜を狙ってる黒ひげ、マーシャル・D・ティーチ程度では、代わりになりませんよ? 寧ろ、脅威になるかもしれません」

6枚の写真を眺め終えたルイスは、手帳の7ページ目に、今しがた切り抜いた手配書の写真を貼ろうと、裏面に糊を塗り始めた。

すると、それまで無言を貫いていたナス寿郎聖が(きびす)を返す。

「子供が大人の話に首を突っ込むでない。ポートガス・D・エースの処刑当日は、お前もマリンフォードに赴き、"記憶"しろ」

そう言って、再び刀の鞘の先で、ルイスの頭をパコッと叩いた。

「あてっ……。……うわっ、ズレた! なんてタイミングで叩くんですか!」

頭を叩かれた拍子に、ティオの写真はとんでもなく斜めな方向で貼りついてしまった。

ナス寿郎聖は知らぬ存ぜぬで、パンゲア城の中に戻っていってしまう。

「あ〜あ……やり直しかぁ……」

ルイスは不気味な笑みを浮かべると、失敗してしまった7ページ目を、綺麗に切り離し始めた。

「ねぇ、昇光(しょうこう)社の朝刊、もう一部持ってきて」

少し声を張り上げると、庭からパンゲア城への出入口で、控えていたメイドが一礼し、求められた新聞を取りに行った。

「ん〜、五老星たちって年の割に子供っぽいとこあるよね〜。あの程度の煽りで仕返ししてくるなんてさ」

そんな独り言を呟きながら、切り離した失敗作の7ページ目を、くしゃりと握り潰す。

そして、再び6枚の写真を眺めながら、メイドが新聞を持って戻ってくるのを待った。

……その間、黒服たちは一歩も動かず、一言も発することなく、炎天下の中で立ち尽くす。

熱射と脱水に脅かされながら、伝承者のお楽しみ時間が終わるのを、ひたすら待ち続けていた。

 
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