グラジオラス

□7,剣と覚悟
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それから。

揺羅に指示された回数の、限界ギリギリの素振りと、2〜3日の回復期間 兼 全集中常中の訓練を繰り返すこと、一か月。

カナエとしのぶの腕力は上昇し、身体全体の筋力バランスが整った。

全集中の呼吸も、まだまだ一刻も持続できないとはいえ、刀を振る動きと連動できるようになっている。

そして、揺羅に久々の休みが訪れたタイミングで、胡蝶姉妹はついに、水の呼吸の型を覚える段階に入った。

「修行始めて7〜8カ月ってところかな? 頑張ったねぇ。あとは型さえ使えるようになれば、最終選別に行って、鬼殺隊の仲間入りだよ?」

目の前に形が見えてきた目標に、姉妹は自然と口角を上げ、拳を握る。

そして、巴恵はすまし顔の裏側で、あまりに早い二人の成長に驚いていた。

このまま進めば、ただの町娘だった子供たちが、たった一年で鬼殺隊士になってしまう。

四年も修行しながら、結局は隊士になれなかった自分とは、大きく違う。

揺羅の教え方が優れていたこともあるが、何より、二人には才能も努力する気概もあったということだ。

「さてさて、まずはあたしが手本を見せるから、よ〜く見てるんだよ?」

そう言って、日輪刀を抜く揺羅。

酒の呼吸を編み出してから、およそ三年ぶりとなる、水の呼吸。

体内の歯車を切り替えるように、揺羅はいつもと違うやり方で、空気を吸い込んだ。

(―――水の呼吸、壱ノ型・水面斬り)

真横に振り抜いた刀は、正面に用意されていた巻藁(まきわら)を両断する。

(……威力落ちてるなァ……まぁ、これ以上強くすると刀欠けるだろうし、技として出せただけマシか……)

揺羅は感覚を思い出すように、クイクイっと手首を捻った。

その後ろで、見学していた二人は瞳を輝かせる。

「なに……今の……」

「水が見えた……」

揺羅は自分の刀を鞘に仕舞い、くるりと振り向いた。

「さ、次は二人の番だよ。刀抜いてご覧?」

言われて、姉妹は緊張気味に刀を鞘から引き抜く。

実は、刀身を鞘から抜くのは初めてなのだ。

包丁などとは比べ物にならない刃物を持っている感覚に、自然と身が強張る。

それを表情から察して、揺羅は薄く笑みを浮かべた。

「いずれ、その恐ろしい感覚は自分の腕に同化していく。そうなるまでは、ひたすら実践あるのみだ」

姉妹が互いの刀に斬られないよう、間隔を空けさせ、型を丁寧に教え始める。

「前にも言った通り、水の呼吸は、文字通り水の流れから着想を得た呼吸。でも、水に決まった形はない。それを、使い手の想像っていう枠にはめて打ち出すことで、型になる」

揺羅は人差し指を立てた。

「壱ノ型の銘は、水面斬り。二人とも、目を閉じて、波一つ立っていない静かな水面を思い浮かべてご覧?」

言われた通り、二人は目を閉じて想像する。

「自分の身体が水となって、その水面と同化していく。同化するには、呼吸を変えなくちゃいけないね」

その言葉に、二人はピクっと肩を揺らした。

想像される、水の感覚。

しかし、そこに自分の身体が溶け込んでいく想像が、出来ない。

適した呼吸を見つけようと、二人の呼吸が不規則になり始めた。

それを見て、揺羅はニヤリと口角を上げる。


"―――パンッ"


手拍子が鳴って、二人はビクっと身体を揺らし、目を開いた。

ニンマリと満面の笑みを浮かべた揺羅と、目が合う。

「途中で分からなくなったね? 自分が水と同化するのがどういうことなのか」

姉妹は互いに目を見合わせてから、頷いた。

「水に浮かぶ自分は想像できても、溶け込むところまでは……」

「そもそも、水が呼吸してる想像が出来ません……」

「うんうん、いい感じだ。その感覚が分かったところで、泳ぎに行こうか!」

「「……やっぱりそうなるんですか」」

水に同化する想像が出来ないと気づいた時点で、予想はしていた。

季節は晩秋、冬の寒さがすぐそこまで迫っているのだが…

「巴恵〜、準備出来てる?」

揺羅が声をかけると、少し離れたところで見ていた巴恵が、大きな風呂敷包みを見せた。

「頼まれたものは、全てここに。……ただ、次回からは、何か必要な場合は余裕を持って知らせて下さい」

「はいはい、急に頼んでごめんね?」

微塵も悪いと思っていない様子に、巴恵はため息をついた。






山に踏み入り、歩くこと半刻。

四人は、小さな滝に付随する川へとやってきた。

冷たい水が常に降り注いでいるからか、森の中に比べて、空気がひんやりしている。

……これからこの水に入るのか。

そう思うと、胡蝶姉妹は揃って紙のように白くなった。

「あ、あの、せめてもう少し暖かい日に……」

「それか、春まで待つという手も……」

控えめに二人が提案すると、それまで笑みが浮かんでいた揺羅の顔が、スッと表情を無くす。

「別にいいんじゃない? アンタたちがそれでいいなら。……その間に何人食われるか知らないけど」

「「!」」

目を見開いた二人の頭に、両親の最期の姿が浮かび上がった。

「……」

「……」

二人はどちらからともなく手を繋ぎ、合わせた視線に、再び強い光を灯して、揺羅の方へ向き直る。

「弱音を吐きました。申し訳ありません」

「今すぐ、やらせて下さい」

そう宣言すると、揺羅の表情に笑みが戻る。

「望むままに」

揺羅の斜め後ろから、巴恵が進み出てきて、持っていた風呂敷包みを開けた。

中には白い襦袢が二着と、着替えと思しき着物や羽織が入っている。

胡蝶姉妹は、茂みの向こうで襦袢に着替えると、再び川原へ出てきた。

薄着になったため、ただ立っているだけでも寒い。

この状態で、さらに冷たい水に入るのか……

姉妹は息を呑み、覚悟を決めるように歯を食いしばった。

途端、いつの間にか後ろに居た揺羅に、首根っこを掴まれる。

「それじゃ、いってらっしゃ〜い」

「「え!?」」

ポイッ、と、懐かしい浮遊感と共に、二人は川の真ん中へ飛んでいった。


"ヒュッ……ドボォンッ!"


始めは水に叩きつけられる痛みに襲われる。

しかし、一秒後には冷たさが(まさ)った。

「ひぃぃぃぃっ……」

「……つ、つめっ、冷たぁ!」

体中の細胞という細胞が、全力で現況を拒絶している。

川原から、揺羅が声を張った。

「ほらほら、水と同化しなきゃ〜」

暗に、水の中に沈めと言っている。

カナエは、半ば思考を放棄しながら青い顔で苦笑して、水に身を沈めた。

その隣で、しのぶは、理不尽な修行にも水の冷たさにも怒りを感じながら、半ばヤケになって水の中に沈む。

「水の呼吸が掴めたな〜って思ったら、一旦上がって、水面斬りを試してご覧ね〜」

揺羅の指示が、頭の隅だけで響いた。

それほどに、今は寒さが勝って、水の呼吸を考える余裕はない。

身体がガタガタと震え、五感が鈍くなっていく。

それを分かっていながら、揺羅は薄い笑みを浮かべて、懸命に水に慣れようとする二人を見ていた。

その横に、巴恵は集めてきた小枝と枯れ草を重ね、火打石を打つ。

「さすがに無茶が過ぎませんか、揺羅さん」

揺羅は姉妹から目を離すことなく、生返事を返した。

「ん〜?」

「わざわざ晩秋の川でなくとも、ぬるめの風呂で良かったのではありませんか?」

「それじゃ、技は身についても、心が強くならないよ」

「……」

「実はね、水に()れなくても、水の呼吸は覚えられるんだよ。あたしが手取り足取り、呼吸の仕方も刀の振り方も教えれば。……でもそれじゃ、最終選別で死ぬ」

小枝の上に重ねた枯れ草に、小さな火種が生まれた。

「鬼を前に身体が固まっても、家族や仲間を殺されても、手足をもがれても、致命傷を与えられても……。どんなことがあっても、命ある限り、恐怖をねじ伏せて戦い続けなくちゃならない。その精神力がなくちゃ、鬼を斬るどころか、生き残ることすら出来ないんだから」

火種は小枝を次々に燃やし、立派な焚き火へと変貌する。

「鬼殺隊士は守られる者じゃない。守る者だからね」

穏やかな声色の中心に、ピンと張られた固い音。

巴恵は、隊士と隠の間にある、越えられない壁を実感した。

鬼殺隊士は、最後の砦だ。

鬼を前にして、逃げることは許されず、たとえ万に一つも勝ち目がなくとも、立ち向かわなければならない。

隠にはまだ、逃げ道がある。

逃げて、隠れて、隊士の誰かが助けに来るのを待てばいい。

揺羅は、いずれ矢面に立たされる姉妹に、少しでも生き残れる道を残すため、心を鬼にしているのだ。

自ら苦難の道を選び、成長を続けることが出来るように。

 
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