デュランタ
□1,よく効く薬
1ページ/5ページ
小さな明かり取り用の窓から、僅かに光が差し込むだけの、薄暗い部屋。
その部屋には、所狭しと棚が並べられ、薬の壺や瓶がぎっしり詰め込まれていた。
"ゴリ…ゴリ……"
室内に一つだけ置かれている作業台では、死神が一人、薬草を擦り潰している。
薬草と埃の匂いが充満した室内は、薄暗さと静けさが相まって、不気味な空気を宿していた。
ところ変わって、四番隊舎の廊下。
「……はぁ。……何で俺が呼びに行かなきゃいけないんだ…」
一人の平隊員が、肩を落として歩いていた。
「あーあ。斑目三席の目に留まっちゃったのが、運の尽きだよなぁ…。1も2もなく、いきなり『呼んでこい』だなんて…」
目的地が見えてくると、隊員はさらに肩を落とした。
「俺、あの人苦手なんだよなぁ……」
呟きつつ、目的の部屋の前に立つ。
【第一薬倉庫】と、引き戸に札が打ちつけてあった。
「すー……はぁ………よしっ」
隊員は深呼吸で気合を入れてから、思い切って、扉をノックした。
"コンコンッ"
「あのっ、すみません! 蓮見十二席はいらっしゃいますか?」
―――たっぷり、15秒以上も待たされた後。
"ガララ…"
細く、ほんの5cm程度、引き戸が開いた。
その隙間から、薄闇を背に、空色の半目が、こちらをじっと見つめてくる。
「………何か」
隊員は思わず硬直した。
(こっ、怖ええぇぇっ!)
現世でよくあるホラー映画のような恐怖が感じられる。
「あ、えっと、十一番隊の斑目三席がいらっしゃっています!」
「……」
「…あ、あの?」
「……」
"ガラ、ピシャッ"
引き戸が閉じられた。
「……え?」
てっきり、出迎えに部屋を出るものと思っていたのに。
「えー……」
どうすればいいのだろう。
斑目三席には「呼んでこい」と言われた。
けれど本人は倉庫の中……
隊員はどうしたものかと、しばらくその場に立ち尽くしていた。
その頃。
第一薬倉庫の中では。
「……」
先ほど、隊員に怖がられていた死神が、薬の棚を見て回っていた。
彼女は、四番隊・第十二席・蓮見紫月。
薬品管理課の課長でもあり、四番隊内で最も薬学の造詣が深く、四番隊の薬を全て管理している隊員だ。
……部屋には明かり取り用の小窓しかなく、室内は暗い。
その上、棚と棚の間は狭く、棚に置き切れない薬が床にも積んであるため、素人では室内を普通に歩くことも出来ないだろう。
けれど、紫月は一度も足元を見下ろすことなく、薬の壺に貼ってある数字の羅列を一つ一つ確認しながら、目的の壺を探す。
やがて、目的の壺を見つけると、それを抱えて、斜め掛けの鞄を肩に掛けてから、部屋の戸口へ向かった。
"ガララ…"
「ひっ」
戸を開けると、先ほど呼びに来た隊員が、目の前で肩を揺らした。
「……」
紫月は黙って隊員の横を通り過ぎる。
そのまま、隊舎の南側の縁側へと向かった。
紫月の後ろ姿を、隊員はまばたきしながら見送る。
「一体、何してたんだ…?」
何故すぐに出てこなかったのだろう…
隊員は首を傾げ考えたが、よく分からない。
やがて諦めて、仕事に戻っていった。
ところ変わって、四番隊舎、南の縁側。
「ふぁ〜ぁ……遅っせーな…」
一角は縁側にどっかり腰を落ち着け、眠そうな顔で晴れ空を見上げていた。
そこへ…
「……… 一角」
物静かな声が聞こえる。
「んぁ、やっと来たか。遅せーぞ」
「…アンタの感覚で、測らないで」
紫月は一角の隣に膝をつき、薬の壺と鞄を降ろす。
「カラんなった」
一角は斬魄刀をずいっと突き出した。
「…先週補充したばかりだけど」
紫月は斬魄刀を受け取り、柄を開いた。
確かに中身はカラッポ。
紫月は薬の壺を開き、鞄から取り出した細い木べらで薬を取って、補充していく。
「……」
「……」
一角は暇そうに、横目で紫月の手元を見つめた。
「……」
「……」
やがて、薬が満タンになると、紫月は刀の柄をはめ直し、一角に突き出す。
「…ん」
「おう。サンキュー」
一角は斬魄刀を受け取ると、薬の分だけ僅かに重くなったことを確認し、軽く振り回し始めた。
それをじっと見つめる紫月。
「……」
上から下まで一通り見渡すと、ある一点に視点を戻した。
「…ねぇ」
「あ?」
呼ばれて一角が振り返ると、ヒュッと紫月が腕を伸ばす。
"―――トンッ"
人差し指が、一角の左脇腹を軽くつついた。
途端…
「ぃぎあ!」
一角は電気が走ったように、身を震わせる。
紫月は仏頂面で言った。
「…また、治療してないね」
「っ……問題ねぇよ! 血は止まってる!」
「…診せなさい」
「……」
「…診・せ・な・さ・い」
「……」
一角は観念して、死覇装の片側を脱いだ。
左脇腹にざっくりと大きな傷が入っている。
見る限り、刀傷のようだ。
血止め薬がしっかり塗り込んであり、確かに血は止まっていた。
「…喧嘩?」
紫月は手に回道の光を灯す。
「……」
「…け・ん・か?」
「……鍛錬」
「…竹刀だけにしたら?」
「実戦で使える奴が育たねぇだろ」
「…だからって、体で刀受け止める馬鹿、どこにいるの。……あ、ここにいた」
「うるせぇな! ……斬った手応え教えてやりたかったんだよ…」
「ばーか」
一角のこめかみに血管が浮く。
「ちょーし乗んなよテメ"ビスッ"
紫月は一角にデコピンを食らわせた。
一角の額の真ん中は赤くなり、煙を上げる。
「…文句、ある?」
空色の瞳が、曇天のように曇って見えた。
「……スマセンシタ」
紫月は回道の光を消し、鞄から包帯を取り出して、傷に巻いていく。
「一週間、安静ね」
「……」
「…返事」
「…………ぅす…」
小さすぎる返事に、紫月はため息をついた。
言うことを聞かないことは百も承知。
だから、安静期間を長めに言っておいた。
本来の安静期間である3日は、何とか守ってくれるだろう。
「…終了」
巻いた包帯の上から、パシっと叩いた。
「痛ってぇな」
「…わざと。…懲りたら、怪我するな」
「へいへい」
一角は死覇装を直し、斬魄刀を担いで立ち上がる。
「じゃあな。また来るぜ」
それはつまり、また怪我をするという宣言。
紫月はため息をついた。
「……はいはい」
一角はヒラヒラと手を振りながら、ゆらりゆらり歩き去っていった。