デュランタ

□1,よく効く薬
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小さな明かり取り用の窓から、僅かに光が差し込むだけの、薄暗い部屋。

その部屋には、所狭しと棚が並べられ、薬の壺や瓶がぎっしり詰め込まれていた。


"ゴリ…ゴリ……"


室内に一つだけ置かれている作業台では、死神が一人、薬草を擦り潰している。

薬草と埃の匂いが充満した室内は、薄暗さと静けさが相まって、不気味な空気を宿していた。





ところ変わって、四番隊舎の廊下。

「……はぁ。……何で俺が呼びに行かなきゃいけないんだ…」

一人の平隊員が、肩を落として歩いていた。

「あーあ。斑目三席の目に留まっちゃったのが、運の尽きだよなぁ…。1も2もなく、いきなり『呼んでこい』だなんて…」

目的地が見えてくると、隊員はさらに肩を落とした。

「俺、あの人苦手なんだよなぁ……」

呟きつつ、目的の部屋の前に立つ。

【第一薬倉庫】と、引き戸に札が打ちつけてあった。

「すー……はぁ………よしっ」

隊員は深呼吸で気合を入れてから、思い切って、扉をノックした。


"コンコンッ"


「あのっ、すみません! 蓮見十二席はいらっしゃいますか?」




―――たっぷり、15秒以上も待たされた後。




"ガララ…"


細く、ほんの5cm程度、引き戸が開いた。

その隙間から、薄闇を背に、空色の半目が、こちらをじっと見つめてくる。

「………何か」

隊員は思わず硬直した。

(こっ、怖ええぇぇっ!)

現世でよくあるホラー映画のような恐怖が感じられる。

「あ、えっと、十一番隊の斑目三席がいらっしゃっています!」

「……」

「…あ、あの?」

「……」


"ガラ、ピシャッ"


引き戸が閉じられた。

「……え?」

てっきり、出迎えに部屋を出るものと思っていたのに。

「えー……」

どうすればいいのだろう。

斑目三席には「呼んでこい」と言われた。

けれど本人は倉庫の中……

隊員はどうしたものかと、しばらくその場に立ち尽くしていた。







その頃。

第一薬倉庫の中では。

「……」

先ほど、隊員に怖がられていた死神が、薬の棚を見て回っていた。

彼女は、四番隊・第十二席・蓮見紫月。

薬品管理課の課長でもあり、四番隊内で最も薬学の造詣が深く、四番隊の薬を全て管理している隊員だ。


……部屋には明かり取り用の小窓しかなく、室内は暗い。

その上、棚と棚の間は狭く、棚に置き切れない薬が床にも積んであるため、素人では室内を普通に歩くことも出来ないだろう。

けれど、紫月は一度も足元を見下ろすことなく、薬の壺に貼ってある数字の羅列を一つ一つ確認しながら、目的の壺を探す。

やがて、目的の壺を見つけると、それを抱えて、斜め掛けの鞄を肩に掛けてから、部屋の戸口へ向かった。


"ガララ…"


「ひっ」


戸を開けると、先ほど呼びに来た隊員が、目の前で肩を揺らした。

「……」

紫月は黙って隊員の横を通り過ぎる。

そのまま、隊舎の南側の縁側へと向かった。



紫月の後ろ姿を、隊員はまばたきしながら見送る。

「一体、何してたんだ…?」

何故すぐに出てこなかったのだろう…

隊員は首を傾げ考えたが、よく分からない。

やがて諦めて、仕事に戻っていった。









ところ変わって、四番隊舎、南の縁側。

「ふぁ〜ぁ……遅っせーな…」

一角は縁側にどっかり腰を落ち着け、眠そうな顔で晴れ空を見上げていた。

そこへ…

「……… 一角」

物静かな声が聞こえる。

「んぁ、やっと来たか。遅せーぞ」

「…アンタの感覚で、測らないで」

紫月は一角の隣に膝をつき、薬の壺と鞄を降ろす。

「カラんなった」

一角は斬魄刀をずいっと突き出した。

「…先週補充したばかりだけど」

紫月は斬魄刀を受け取り、(つか)を開いた。

確かに中身はカラッポ。

紫月は薬の壺を開き、鞄から取り出した細い木べらで薬を取って、補充していく。

「……」

「……」

一角は暇そうに、横目で紫月の手元を見つめた。

「……」

「……」

やがて、薬が満タンになると、紫月は刀の(つか)をはめ直し、一角に突き出す。

「…ん」

「おう。サンキュー」

一角は斬魄刀を受け取ると、薬の分だけ僅かに重くなったことを確認し、軽く振り回し始めた。

それをじっと見つめる紫月。

「……」

上から下まで一通り見渡すと、ある一点に視点を戻した。

「…ねぇ」

「あ?」

呼ばれて一角が振り返ると、ヒュッと紫月が腕を伸ばす。


"―――トンッ"


人差し指が、一角の左脇腹を軽くつついた。

途端…

「ぃぎあ!」

一角は電気が走ったように、身を震わせる。

紫月は仏頂面で言った。

「…また、治療してないね」

「っ……問題ねぇよ! 血は止まってる!」

「…診せなさい」

「……」

「…診・せ・な・さ・い」

「……」

一角は観念して、死覇装の片側を脱いだ。

左脇腹にざっくりと大きな傷が入っている。

見る限り、刀傷のようだ。

血止め薬がしっかり塗り込んであり、確かに血は止まっていた。

「…喧嘩?」

紫月は手に回道の光を灯す。

「……」

「…け・ん・か?」

「……鍛錬」

「…竹刀だけにしたら?」

「実戦で使える奴が育たねぇだろ」

「…だからって、体で刀受け止める馬鹿、どこにいるの。……あ、ここにいた」

「うるせぇな! ……斬った手応え教えてやりたかったんだよ…」

「ばーか」

一角のこめかみに血管が浮く。

「ちょーし乗んなよテメ"ビスッ"

紫月は一角にデコピンを食らわせた。

一角の額の真ん中は赤くなり、煙を上げる。

「…文句、ある?」

空色の瞳が、曇天のように曇って見えた。

「……スマセンシタ」

紫月は回道の光を消し、鞄から包帯を取り出して、傷に巻いていく。

「一週間、安静ね」

「……」

「…返事」

「…………ぅす…」

小さすぎる返事に、紫月はため息をついた。

言うことを聞かないことは百も承知。

だから、安静期間を長めに言っておいた。

本来の安静期間である3日は、何とか守ってくれるだろう。

「…終了」

巻いた包帯の上から、パシっと叩いた。

「痛ってぇな」

「…わざと。…懲りたら、怪我するな」

「へいへい」

一角は死覇装を直し、斬魄刀を担いで立ち上がる。

「じゃあな。また来るぜ」

それはつまり、また怪我をするという宣言。

紫月はため息をついた。

「……はいはい」

一角はヒラヒラと手を振りながら、ゆらりゆらり歩き去っていった。

 
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