デュランタ
□1,よく効く薬
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しばらくして。
「……?」
目の前の青空に、一角は目を見開いていた。
「…何で、生きてんだ? 俺……」
あれだけ盛大に斬られて、一片の後悔も無しと思って目を閉じたのに。
「目ぇ覚めたか」
「!」
聞き覚えのある声に視線を向けると、近場に一護が座っていた。
「よォ」
「なっ……テメェ一護! 何でまだここに!」
「いや〜初めて知ったぜ。解放された斬魄刀って、持ち主が気絶すると元に戻んのな」
そう言う一護の手には、鬼灯丸。
「おっ、俺の鬼灯丸!? 返せテメェ!」
「別に盗りゃしねぇよ。こん中の血止め薬を借りただけだ」
「……は?」
「まぁ、俺とアンタに使ったら、全部無くなっちまったけどな」
「!」
言われて自分の体を見下ろせば、傷にしっかりと薬が塗り込まれている。
「てっ、テメェ! 何てことしやがる!」
「何だよ、勝手に使ったからってそんなに怒ることねぇだろ? ケチくせーな」
「そういうこっちゃねえ! ……くそっ、おかしいと思ったんだ。あの出血で死んでねぇわけねぇからな。…助けられて永らえるたァ、とんだ恥さらしだぜ。体さえ動きゃ、テメェを叩っ殺してやるところだ!」
「ちぇっ、何だそりゃ。ンなこと言われんなら助けなきゃ良かったぜ」
「フン…」
「…それにしても、めちゃくちゃ効くなァこの薬。お前が作ってんのか?」
「…まさか。作ってんのは俺のダチだ。この瀞霊廷一番の薬師だぜ?」
「へぇ〜どうりで。そいつに、俺の分も礼言っといてくれよ」
「…ったく、どこまでも妙なヤローだなテメェは。…んで? 俺に何を訊きたい」
「あ?」
「そのために、俺を生かしたんだろ?」
「……」
一護は立ち上がり、斬魄刀を背負った。
「俺が知りてぇのは、ただ一つ。朽木ルキアの居場所だ」
「……は?」
「何だよ」
「朽木…? 例の極囚か? お前ら、あんなモンに何の用だ」
「助けに来た」
「ぁあ!?」
堂々と言う一護に、一角は眉をひそめた。
「た、助けにって、お前ら何人で来た!? せいぜい7,8人だろ!?」
「5人と1匹だ」
「何だ1匹って! …つか、本気でその人数で助ける気かよ!」
「そうだ」
「ぶっ、ぎゃははははははっ! できるわけねーだろンなの! バカじゃねぇの!」
"ブシュッ"
「ぐおっ!? やっ、ヤベっ、笑いすぎて傷口がぁぁ!」
「…お前の方がバカじゃねーの?」
一角は何とか傷口を押さえ込んだ。
「はっ、はぁ……。…まぁいい。こっから南にまっすぐ行くと、護廷十三隊各隊の詰所がある」
「何だ、教えてくれんのか?」
「うるせーな、黙って聞け。教えてやんねぇぞ。…その各隊詰所の西の端に、真っ白い塔が建ってる。そいつはそこに居るはずだ」
「ほ、ホントか?」
「なに疑ってんだよ! …テメェがそいつをどうしようと興味は無え。助けに行くってんなら、好きにすりゃいい。…オラ! モタモタしてっと、他の連中に見つかんぞ! 行くならとっとと行け!」
「お、おう。そんじゃ、恩に着るぜ、一角」
「着なくていい、気色悪い」
「そっか。んじゃな」
一護は一角に背を向け、走り出した。
「……」
しばらくその背を見送っていた一角、だが…
「ちょっと待て、一護」
ふと思い立って、呼び止めた。
「?」
一護は足を止め、キョトンと振り返る。
「お前らの中で、一番強ぇのは誰だ」
「んー………たぶん、俺だ」
「…そうか。だったら、ウチの隊長には気をつけるこった。ウチの隊長は、弱い奴には興味が無え。テメェの話が本当なら、狙われるのは間違いなくテメェだ」
「……強いのか」
「会えば分かるさ。……まぁ、あの人の強さを、テメェの頭が理解できるまで、テメェが生きてられたらの話だがな」
「……そいつの、名前は…」
「十一番隊隊長・更木剣八」
「……更木…剣八……。…覚えておく」
一護は今度こそ、走り出した。
その後ろ姿には、今まで以上の緊張が感じ取れた。
「……フッ」
…これならきっと、隊長は存分に楽しめる。
そう思い、一角の意識は、途切れた―――。
「何だこりゃ…」
「どんだけ凄げぇ戦いがあったんだよ…」
四番隊・第十四上級救護班は、十一番隊の管轄の端で、足を止めた。
副班長・蓮見紫月は、予想だにしていなかった光景を前に、無表情で立ち尽くす。
「……。……莫伽」
盛大に崩れ、煙を上げる建物。
その傍で、血に塗れ、意識なく横たわった、友人。
…正直、初めてだった。
ここまで深手を負った姿を見るのは。
「「「斑目三席!?」」」
班員たちが駆け寄ってくる。
紫月は素早く指示を出した。
「…浄気結界を。…第六段階まで施術の後、救護詰所へ搬送します」
「「「はっ!」」」
一角を囲む浄気結界が張られ、紫月と他2名の隊員により、集中治療が開始された。
(………ほんと、莫伽)
斬魄刀の柄の中身が、またカラッポになっている。
紫月は心底呆れた。
…同時に、補充しておいて良かったと、心から思った。
これだけの重傷、もし薬が足りなかったら、確実に死んでいただろう。
…そして、一角に薬を塗ってくれた"敵"に、心から感謝した。
敵と戦って、これだけの傷を負えば、一角なら迷わず死を選ぶ。
そんな一角の傷に、しっかり薬を塗り込んでくれたのは、他でもなく、その"敵"だろう。
…心根の優しい敵で、本当に良かった。
今回は、かなりツイている。
(…起きたら、覚悟しなさい)
今度こそ、二度と無茶できないように、その身に染み込ませてやる。
紫月は密かに、堅い決心をした。
→ 2,手間のかかる患者