ブラキカム
□11,枷
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数十年前。
修兵がまだ、霊術院の六回生だった頃。
「まずは、簡単に自己紹介しとくぞ。俺は六回生の檜佐木だ。後ろの小さいのが蟹沢、デカいのが青鹿。この三人で、今日のお前らの先導に当たる」
修兵は、同級生と共に一回生を連れ、現世に魂葬演習に出た。
役割は、一回生の統率と、魂葬の採点・指導だった。
「よし、まぁまぁだ。ただ、少し力み過ぎたな。柄を額に当てるとき、もう少し肩の力を抜いてないと……」
「いでででででっ!」
「見ろ。消え際に魂魄が痛がる」
「うおっ、こんなことが……」
「ほら、二体目だ。今度は気をつけろよ」
修兵は捕えていた魂魄を一回生に引き渡し、魂葬体験をさせた。
辺りを見渡し、帳簿を確認する。
(これで60体目、最後か……。30人に、1人2回ずつやらせろとの指示だったからな)
「……よし。全員集合! 以上で、本日の実習を終了とす「檜佐木く…ア"ッ」
「!」
突然、同級生・蟹沢の、尋常ではない声が聞こえた。
振り返れば、何か巨大な爪に引っ掛けられ、血塗れになった蟹沢が……
「「う、うわあああっ!」」
一回生たちが騒ぎ始めた。
「せっ、先輩が……」
「何なんだよアレぇ!」
……まさか、こんな場所に現れるなんて。
「巨大虚、だと……?」
虚は爪を振り、既に絶命している蟹沢を飛ばした。
青鹿が斬魄刀を抜く。
「貴様っ、よくも蟹沢をォ!」
「止せ! 青鹿!」
"ズアッ!"
虚の爪は、青鹿の腕をかすめた。
「くそっ」
修兵は斬魄刀を抜き、後ろの一回生たちに叫ぶ。
「逃げろ一年坊共! 出来るだけ遠くへ!」
「「「うわああああああっ!!」」」
一回生たちが逃げ出したのを確認し、修兵は虚に向き直った。
(くそっ、何故だっ、ここまでデカい虚に気づかないわけがねぇ! 必ず霊圧を感じることが出来たはずだ!)
修兵は首元の通信機のスイッチを入れる。
「尸魂界へ救援要請! こちら六回生筆頭、檜佐木修兵! 現世定点1026番っ、北西2128地点にてっ、巨大虚の襲撃を―――
そのとき、視界の端に白が映った。
(もう一体……?)
"ザシュッ!"
気付いたときには、右目をやられていた。
目の前に迫る2体の虚を前に、修兵は舌打ちをする。
(コイツら、霊圧を消せるのか! 道理で気づかねぇわけだ、くそっ)
自分に向かって振り下ろされる、虚の爪。
修兵は斬魄刀を構えた。
"ヒュオッ―――ガキンッ!"
「!? なっ、お前ら!」
修兵の斬魄刀が、攻撃を受ける前に、三人の一回生が飛び出してきた。
後に全員副隊長となる、阿散井恋次、吉良イヅル、雛森桃だ。
「申し訳ありません! 命令違反です!」
「助けに来てんだから、見逃してくれよな、先輩!」
「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ! 焦熱と争乱っ、海隔て逆巻きっ、南へと歩を進めよ! 破道の三十一、赤火砲!」
"ヒュッ、ボゴォッ!"
雛森の放った鬼道が、見事命中した。
「よしっ、やったぞ!」
ホッとする三人だが、修兵は眉をひそめる。
「……いや、ダメだ」
巨大虚が、その程度でやられるわけがないのだ。
それに……
「うそ、だろ……」
「増えてる……」
巨大虚は、いつの間にか10体以上集まっていた。
「こんなの、どうしろってんだ……」
「嫌だっ、こんなところで死にたくないっ、うわああああああっ!!」
"シュッ―――"
いったい何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
ただ、真っ直ぐに伸びた、とんでもなく長い刃が、一体の虚の喉元を貫通していた。
虚は消し飛ぶ。
「ひゃ〜、こら大層な数やなァ」
「待たせて すまない。救援に来たよ」
聞こえた、二つの声。
四人は振り返り、肩の力を抜いた。
「五番隊……藍染隊長! 市丸副隊長!」
これほど頼もしい救援はない。
「よく頑張ったね。怖かったろう。もう大丈夫だ」
藍染は穏やかな笑みを浮かべ、雛森の頭に手を乗せた。
「後は我々に任せ、休んでいなさい」
藍染とギンは、虚たちの方へ歩いていった。
と、そこに……
「あっれ、藍染隊長にギン、何で来てんの」
聞いたことのない女の声が響いた。
振り返れば、黒髪に紫の瞳の、まだ少女とも言える若い女性死神がいた。
きょとんと瞬きを繰り返している。
「え、あの……」
「んぁ、そうだ。救援に来たよん? 六回生の檜佐木君って誰かな?」
へらっとした笑顔で見下ろしてくるその人。
その後ろに、十数人の死神たちが現れた。
おそらく、当番の救援部隊だ。
修兵はハっとして答える。
「あ、自分が檜佐木です!」
「ほ〜、キミか。およよ、ざっくりいっちゃったねぇ」
女は修兵の傍に膝をつき、修兵の前髪をフワリと持ち上げ、傷を見た。
そして、回道で治療を開始する。
「状況、教えてくれる?」
「あ、はい! ……魂葬の演習中、突然現れた巨大虚1体に、自分と同じく六回生の蟹沢がやられ、飛び出した六回生・青鹿が負傷、自分は一回生たちに、出来る限り遠くへ逃げるよう指示を出しました」
「お〜そっかそっか。霊術院生にしちゃあ上出来上出来〜」
女は、後ろに控えた死神たちの方へ振り返った。
「各自、方々に逃げた一回生を回収。治療が必要な怪我人はあたしのとこに運んで来て。散開」
「「「はっ!」」」
死神たちは方々へ散っていった。
女は、三人の一回生を見渡す。
「キミたちは、怪我はない?」
「あ、はいっ」
「大丈夫です……」
「そっか。何より何より」
と、そこへ……
"ビュオッ"
虚が迫ってきた。
ギョッとする四人。
しかし女は慌てることなく、空いた手を一振りする。
「雷縄」
"ヒュッ、ズバンッ!"
縛道の四・這縄と思しき縄が、ムチのように宙を舞い、虚の巨体を断ち切った。
虚は瞬く間に消えていく。
女はため息をつき、背後に声を張った。
「ギーン、討ち漏らすな」
ギンはお道化た顔で、頬を掻く。
「え〜? キミなら何とかしてくれるし、別にえぇかなて」
「サボんな」
「ハイハイ」
女はもう一度ため息をついた。
雛森が、訊く。
「あの、今の鬼道は……」
「うん?」
「這縄のように見えましたけど、這縄に攻撃力はないはずじゃ……。それに、"雷縄"なんて名前の鬼道、聞いたことないですし……」
「ありゃま、一回生なのに鬼道全部覚えてんの? 優秀だねぇ」
「え、いえっ、そんな……」
「今のはね、這縄と白雷を組み合わせたんだよ。這縄に、白雷の貫通力を付加して、斬れる縄を作ったってわけ」
「組み合わせる?」
「二重詠唱の応用だよ。番号の小さい弱い鬼道でも、組み合わせれば強力な武器になる。少ない霊力でも戦えるから重宝するんだ〜。鬼道が得意なら、今度やってごらん?」
(鬼道を組み合わせる……そんな方法が……)
「は、はい!」
雛森は胸の前でグッと拳を握り、後ろを振り返った。
そこには、一撃で巨大虚を倒していく藍染の姿。
(いつか、あの人の後ろに……)
雛森の目に、覚悟の炎が宿った。
それをチラリと見た修兵は、何やら考えて、右目の治療を続けてくれている女を、真っ直ぐに見据える。
「あの」
「うん?」
「傷、残してくれませんか」
「へ?」
「今後のために、残しておきたいんです」
「……。まぁ、別にいいけど。そんじゃ、目は元通りに治して、傷だけ痕が残るようにするよ?」
「はい。お願いします」