ブラキカム
□11,枷
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やがて、京楽と遊楽は八番隊舎まで帰って来た。
桜の木がある縁側へ戻ろうと、庭を歩く。
すると……
「おや?」
小さな女の子が目に留まった。
数十年前の、死神に成りたての遊楽を彷彿とさせる、その姿。
「えーっと、伊勢七緒ちゃん、だったね?」
京楽が名前を口にすると、少女はピクッと肩を揺らした。
「えっ、あっ、はい! 憶えて頂いていて光栄です!」
京楽はニンマリと笑顔を浮かべる。
「今、八番隊で一番若い子だからね、キミ。若い女の子の名前は全部憶えてるの、ボク。……あぁ、そっか。今日は一日だったね」
七緒は、抱えていた本をぎゅっと抱きしめ、俯いた。
「はい。ですので今月も、矢胴丸副隊長と読書をしたいと思いまして……」
「そっか。……でもご免ね。リサちゃん、今夜は居ないんだ」
「どうしてですか?」
「大事な仕事でね。……でも大丈夫。明け方には戻ってるよ、きっとね」
「そうですか……」
しゅんと、寂しそうな顔をする七緒。
それを見て、遊楽は満面の笑みを作った。
「そんじゃ、今日はあたしと読も? リサさんとはまた明日。ねっ?」
「よろしいのですかっ?」
「もちろん! おいでおいで〜」
遊楽は七緒と手を繋ぐ。
「それじゃ、京楽隊長。また明日」
明日、何かあったら、また来てもいいですかと訊きたそうな、紫の瞳。
京楽は小さく頷いた。
「うん、また明日ね」
手を振る京楽に、苦笑しながら手を振り返し、遊楽は七緒と一緒に、副隊長室前の縁側へと歩いていった。
―――明け方。
薄く朝霧が立ち込め、ほんのりと肌寒い青空の下。
「……ん〜………副、隊長…」
縁側に座った遊楽の膝で、七緒は眠りこけていた。
昨晩、持ってきた本を遊楽と一緒に読み終えると、明け方にはリサが戻るだろうという京楽の言葉を信じて、リサを待つと言い出したのだ。
遊楽は、自分はどうせ宿舎に戻っても寝付けないからと、七緒につき合って、リサを待つことにした。
あどけない七緒の寝顔に頬を緩めながらも、不安や恐怖の消えない頭で、静かな青空を見上げる。
(……無事、だよね)
隊長格があれだけ向かったのだから。
たとえ、今回の事件に黒幕が居るという憶測が現実になったとしても、隊長たちなら負けやしない。
そう、思い直した、矢先―――
「おいっ、緊急連絡だってよ! 全員広間に集まれ!」
「……何だ?」
「こんな朝早くに……」
何やら、八番隊舎内が騒然とし始めた。
「ん……」
七緒も目を覚ます。
縁側をバタバタ走っていく隊員たちを寝ぼけ眼で見つめ、首を傾げた。
「月雲七席? どうかしたのですか?」
目をこする七緒の手を、遊楽はそっと掴んで立ち上がる。
「……行こう。緊急連絡だって」
「?」
遊楽は背筋がひんやりとしているのを感じながら、隊舎の広間へと向かった。
広間までやって来ると、ざわついている八番隊員たちを見渡した。
すると、壁際に立っていた京楽と、視線が合う。
京楽はゆらりと歩み寄ってきた。
「ずっと居たの? 遊楽ちゃん」
「はい。七緒ちゃんと一緒に」
「そっか。……どうも嫌な予感がするね」
「……そうですね」
七緒は意味がよく分からないのか、京楽と遊楽を交互に見上げ、遊楽と繋いだ手に、きゅっと力を籠めた。
……しばらくすると、伝令役の隊員が、神妙な面持ちで入ってくる。
「……中央四十六室より、伝達事項です」
隊員は青い顔で、持っている一枚の紙の内容を読み上げた。
「つい先程、十二番隊舎にて、五番隊隊長・平子真子、同隊隊員・朝比奈千晶、七番隊隊長・相川羅武、八番隊副隊長・矢胴丸リサ、九番隊隊長・六車拳西、同隊副隊長・久南白、十二番隊副隊長・猿柿ひよ里、鬼道衆副鬼道長・有昭田鉢玄、計九名が、虚に浸食された姿で発見されました」
広間に居た者達は、一人残らず目を見開く。
「調査の結果、昨晩、西方郛外区、第六区の森林にて、十二番隊隊長・浦原喜助と、鬼道衆大鬼道長・握菱鉄裁が、前述の九名に対して"虚化"なる実験を試行、また、九番隊第三席・笠城平蔵、同隊第四席・衛島忍、同隊第六席・藤堂為左衛門の三名を殺害していたと判明しました。よって、十二番隊隊長・浦原喜助には、禁忌事象研究及び行使、儕輩欺瞞重致傷の罪により、霊力全剥奪の上、現世に永久追放。大鬼道長・握菱鉄裁には、禁術行使の罪により、第三地下監獄"衆合"に投獄の判決が、それぞれ下りました」
伝令役の隊員の声が、震えていく。
「また、邪悪なる実験の犠牲となった、五番隊隊長以下九名は、"虚"として厳正に処理されるとのことです。……以上です」
……広間は、シーンと静まり返っていた。
誰も、どんな言葉を口に出したらいいのか分からず、その場に立ち尽くす。
京楽は笠を目深にかぶった。
遊楽は、他の隊員たちと同様に、しばらく立ち尽くしていた。
やがて日も昇ってきた頃、遊楽は、今回の一件で唯一生き残った東仙に話を聞くため、九番隊舎へ戻った。
「……」
何となく、通りかかった隊首室の前で、止まる。
……もしかしたらそこに、いつも通り真面目に仕事をこなす拳西隊長と、机に座って足をぶらつかせる白副隊長がいるかもしれない。
そう思った。
"ガララ…"
そっと、開いた扉。
朝日が差し込む、部屋の中。
そこには、1つだけ人影が在った。
「要君……」
てっきり、執務室にでも居ると思っていたのに。
「月雲……」
東仙は閉じた目で、遊楽を見た。
そして、申し訳なさそうに俯く。
「……すまない。俺だけ帰って来てしまった」
遊楽は懸命に笑顔を浮かべた。
「何言ってんの。無事で何よりだよ」
「隊長たちと野営をしている途中、俺は隊長に言われて、経過報告で瀞霊廷に戻るところだったんだ。……だが、背後で巨大な霊圧が膨れ上がり、慌てて戻ってみたら、先輩たち三人の遺体を残して、隊長と副隊長は居なくなっていた」
「平子隊長たちには、会わなかったんだね」
「あぁ。……どうすれ違ったのかは分からないが」
「そっか……」
「……すまない」
「何で謝るのさ。要君には何の落ち度も無いじゃんか。……それより、これからの九番隊は、要君が引っ張ってくことになると思うから、しっかりね」
東仙が、既に卍解を習得していることは知っていた。
先輩たちへの義理立てからか、それをひた隠しにし、あまり昇進を望んでいないことも。
「ならば、月雲、副隊長の役職を、お前に任せたい」
「……」
「お前が補佐になってくれるなら、安心だ」
遊楽は笑顔を作って、首を横に振った。
「ダメだよ、あたしなんかじゃ」
「年齢なら、関係ないと思うぞ?」
「ううん、そこじゃないんだよ……」
「なら、何だ?」
「とにかく! あたしは副隊長だろうが何だろうがサボリまくるよ〜? 隊長になりたてのときに、サボり魔副隊長が居たんじゃ仕事にならないっしょ! だから、もっとちゃんと真面目な人を選びな! ねっ? そんじゃね!」
「あ、月雲っ」
遊楽はぴょんぴょんと軽快な足取りで、隊首室を出ていった。