ブラキカム

□11,枷
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その夜。

もうすぐ多くの死神たちの仕事が終わるであろう頃。


"カンカンカンカンッ!"


瀞霊廷中に、けたたましい警鐘の音が響き渡った。

『緊急警報! 緊急警報! 各隊隊長は、即時一番隊舎に集合願います! 九番隊に異常事態! 九番隊隊長・六車拳西、及び副隊長・久南白の霊圧反応、消失! したがって、緊急の隊首会を執り行います! 繰り返します! ―――

宿舎に帰ろうと歩いていた遊楽は、その場で立ち尽くした。

「……霊圧…消失……?」

まさか、例の事件の被害者に?

悪い憶測の1つが現実に……

(いや、まだ霊圧が消失しただけっ、魂魄が消滅したとは言われてないっ)

遊楽は居ても立っても居られず、夢中で走り出した。

向かう先は、一番隊舎、隊首会の会場。

その途中……

「遊楽? 何してるんや」

「! リサさん」

矢胴丸リサと鉢合わせた。

「あーえっと、その……」

どう答えたもんかと、視線を巡らせる。

隊長たちの安否と、勘の域を出ない憶測を確かめるために、隊首会の内容を聞きに行きたいだなんて……

本当のことは言えない。

リサは、拳西たちを心配しているのだろうと思った。

「ついてきぃ。霊圧、ちゃんと隠しやぁよ」

「え……」

「早よしぃ。始まってまうやろ」

「あ、はいっ」

遊楽は、駆け出すリサの後を追いかけた。




会場まで来ると、息を潜め、隊首会の内容を盗み聞く。

「火急である」

元柳斎が、杖で床を打った。

「前線の九番隊、待機陣営からの報告によれば、野営中の九番隊隊長・六車拳西、同隊副隊長・久南白、両名の霊圧が消失。原因は不明。……これは、想定し得る限りの最悪の事態の一つである。昨日まで流魂街で起きていた単なる事件の一つであったこの案件は、護廷十三隊の誇りに掛けても解決すべき重要案件となった。よってこれより、隊長格を五名選抜し、直ちに現地へと向かって貰う」

そこへ……


"ダダダッ"


浦原が走ってきた。

「遅いぞ、浦原喜助」

「はっ、はぁっ、はぁっ……ボクに……ボクに行かせて下さいっ」

隊長たちの目が、浦原に向けられた。

元柳斎は目を細め、一喝する。

「ならん」

「!?」

浦原は夢中で叫んだ。

「ボクの副官が現地に向かってるんス! しかも他隊の隊員まで巻き込んでしまった……もしも二人に何かあったら……っ、だからボクが「喜助」

「!」

夜一の一喝に、浦原は自分の元上司ゆえか、反射で口を閉じた。

「情けないぞ、取り乱すな。その二人なら大丈夫だと、おぬしは判断したのじゃろう? ならば、おぬしが取り乱すのは、其奴(そやつ)らへの侮辱じゃというのが分からんのか!」

「……っ」

浦原が静まると、元柳斎は目を閉じた。

「続けるぞ。三番隊隊長・鳳橋楼十郎、五番隊隊長・平子真子、七番隊隊長・相川羅武。以上三名は、これより現地へ向かってもらう。二番隊隊長・四楓院夜一は、別名あるまで待機。六番隊隊長・朽木銀嶺、八番隊隊長・京楽春水、十三番隊隊長・浮竹十四郎の三名は、瀞霊廷を守護。四番隊隊長・卯ノ花烈は、負傷者搬入に備え、救護詰所にて待機せよ」

卯ノ花は眉をぴくっと動かした。

「お待ち下さい総隊長。負傷者の処置を考えるのであれば、私は現地へ向かうべきではないでしょうか」

「状況が不明である以上、治癒部門の責任者を動かす訳にはいかん。現地には別の者を向かわせる。……入れ」


"ギイイイィィィィ…"


会場の重い扉が、ゆっくり開いた。

入ってきたのは、二人の男。

鬼道衆の長・握菱鉄裁と、その副官・有昭田鉢玄だ。

「握菱鉄裁か。表に出てくるのは久し振りだな……」

「大層な話になってきたねぇ、どうも」

「話は伝わっておるな? おぬしら二人には、現地へ向かってもらいたい」

「承知」

「わかりまシタ」

話を聞きながら、京楽は隣に立つ浦原を横目に見た。

浦原は真っ青な顔で(たたず)んでいる。

「おーい、山じい」

「……何じゃ」

「いや、あのさ、状況も分からない前線に、大鬼道長と副鬼道長の両方が行っちゃうのはマズいんじゃないっすかね」

「……ならば、何とする」

「代わりにウチの副官を行かせますよ」

浮竹がまばたきを繰り返した。

「今から呼ぶのか?」

「そだよ。お〜〜いリサちゃ〜ん!」

遊楽はびくっと肩を揺らした。

隣で、リサが小さく舌打ちをする。

「チッ、やっぱバレとったか」

そして、会場の格子戸から顔を出した。

「何や」

京楽は笑顔を浮かべる。

「ほらね?」

浮竹は苦笑した。

「い、いや、"ほら"と言われても……」

京楽はリサの方へ振り返る。

「隊首会、覗き見しちゃダメって言ってるでしょ?」

「しょうがないやろ、隠れとるモンは見たくなんのが人の(さが)や」

「話は?」

「聞いとった」

「頼める?」

「当たり前」

「そ。んじゃよろしく」

リサは親指を立てて見せた。

元柳斎がため息をつく。

「……全く、勝手なマネをしおって」

「だって、こんなでっかい案件、滅多にお目にかかれるもんじゃないでしょ? 部下に経験積ませてやりたい親心、分かってやってもらえませんかね?」

「……」

「大丈夫。ああ見えてウチのリサちゃん、結構強いから。……そんなわけで、譲ってもらっちゃってもいいかな? 大鬼道長さん」

鉄裁は表情を変えずに頷いた。

「構いませんぞ。……それでは私は、お言葉に甘えて休ませて頂くとしましょうかな」


……これで、話は決まった。


カッ、と元柳斎が杖をつく。

「では、鳳橋楼十郎、平子真子、愛川羅武、有昭田鉢玄、矢胴丸リサ、以上の五名を以って、魂魄消失事件の始末特務部隊とする」




リサは一度引っ込み、隣にしゃがんでいた遊楽の頭に手を乗せた。

「ほな、行ってくるわ」

「リサさん……」

「ンな顔しんときゃあ。大丈夫や」

「でもっ」

遊楽は思わず、リサの袖を掴んだ。

とんでもなく嫌な予感がする。

流魂街の住人が消える事件は、毎日数人ずつ起こっていた。

しかし、九番隊の先遣隊が向かったあとは、流魂街の住人は1人たりとも消えていない。

そして、隊長たちの霊圧消失……

これは伝染病などの類ではない。

明らかに何者かの意思が介在している。

今まで流魂街の住人に定まっていた標的が、死神の方に向いているのだ。

「あのっ」

「何や?」

「あ……。……っ」

……言いかけて、遊楽は言葉を飲みこんだ。

(言ってどうするっ、こんなただの勘をっ)

根拠なんて何もないじゃないか。

「……すみません。いってらっしゃい」

遊楽はリサの袖から手を離した。

リサはフっと微笑んで、もう一度遊楽の頭を撫でる。

そして、瞬歩でその場を去った。






一方、会場内では、浦原がその場に立ち尽くしていた。

"ポン"

「!」

京楽が、その肩に手を乗せる。

「大丈夫。ひよ里ちゃんも千晶ちゃんも強いから。千晶ちゃんはともかく、ひよ里ちゃんは君の副官でしょ? 君が信じてあげないでどうするの。……信じて待つのも、隊長の仕事だよ?」

「京楽サン……」

京楽は羽織を(ひるがえ)し、会場を出て行った。

その後ろ姿をぼうっと眺める浦原の傍に、真子が歩み寄る。

「千晶も一緒なんやろ?」

「え? あぁ、はい。……すみません、ボクの部下じゃないのに、勝手に……」

「アホか。アイツが自分で手伝う言うて、勝手にひよ里についてったんやろ? アイツの行動の責任持つンは、アイツの上司であるこの俺や」

「……」

どれだけ慰めの言葉を貰っても、一向に顔色が良くならない浦原。

真子は小さくため息をついて、窓から月を見上げた。

「……千晶が一緒に居るんなら、ひよ里のことは心配いらん。アイツはホンマに強い。せやから、お前は一旦隊舎戻って頭冷やせ。ほんで、二人が持ち帰ったサンプル、すぐ調べられるように、しっかり準備しとけ」

「……」

真子は浦原とすれ違うように、会場を出て行った。

その後ろ姿に、ローズと羅武は苦笑する。

「なぁにが"心配いらねぇ"んだか」

「自分が一番心配してるくせにねぇ」

努めて平静を装ってはいても、真子の拳は、震えるほど強く握られていた。




(千晶ねえさんとひよ里先輩も、現地に……)

遊楽は会場の裏手にうずくまっていた。


"カタ…カタタタタ……"


「また……」

斬魄刀が、再び震え始める。

遊楽はその震えを止めようと、ぐっと両手で掴んだ。

「……やめてよっ、臆病者だって分かってるんだだからっ」

遊楽はまだ知らなかった。

この震えが斬蔓(きりかずら)の予知能力であることを。

そこに……

「遊楽ちゃん」

「!」

穏やかな声が響いた。

ハっと遊楽が目を向ければ、月明かりを背にして、隊首羽織が揺れている。

「京楽隊長……」

「聞いてたんでしょ? 隊首会」

「……はい。……ごめんなさい」

「構わないさ。……おいで」

京楽は身を翻し、歩き出す。

遊楽は俯いたまま、その後をついていった。

 
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