ブラキカム
□11,枷
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九番隊舎を出た遊楽は、行く宛も特に決めずに、トボトボと歩いていた。
(……もう、居ないんだ、みんな)
毎日、仕事をサボった自分を追いかけてきた拳西隊長も。
時々一緒にサボったり、遊んだりした白副隊長も。
面白いことを沢山教えてくれたリサさん、いつも喧嘩腰だけど、結局優しかったひよ里先輩、平子隊長、千晶ねぇさん、羅武隊長、ローズ隊長……
……みんな、居なくなってしまった。
そして……
(喜助さんでも、敵わなかったんだ……)
今回の一件の黒幕に、あの天才の彼が、出し抜かれたという事実。
遊楽は、今回の一件の首謀者が浦原だという連絡を、初めから信じていなかった。
(まだ、終わってない。水面下で動いてるんだ、本当の黒幕が……)
一気に大切な人たちを失った悲しみと、全容の分からない巨大すぎる恐怖。
遊楽は、今までに経験したことのない、重い感情を持て余していた。
と、そこに……
「あんまり抱え込むと潰れちゃうよ?」
いつもと何も変わらない声が聞こえてきた。
「京楽隊長……」
九番隊舎の外壁に、背を預けて立つ京楽。
「七緒ちゃんは、大丈夫ですか?」
「たぶんね。物分かりはいいし、意外とドライなところあるから。何日かすれば、自分の中で折り合いをつけられるよ」
「……大人だなぁ」
「遊楽ちゃん」
「はい?」
「隠してることあるでしょ」
「あはは。何ですか、急に……」
「話してごらん。大事なことかもしれない」
「大事なわけないです。誰でも考えそうなことを、あたしも考えただけですから」
「そうとは限らないでしょう?」
「……」
「キミは思考が特殊だ。普通じゃ見つけられない答えを、見つけているかもしれない」
「……」
遊楽はしばらく、俯いていた。
……やがて、逃げることは出来ないと悟って、渋々話し始める。
「……喜助さんも敵わなかった、とんでもなく頭の切れる奴が、今もまだどこかで、次の計画を進めてるんですよね」
京楽は、二回ほどまばたきを繰り返した。
「遊楽ちゃんは、浦原隊長が首謀者じゃないと確信してるのかい?」
遊楽は目を見開いて顔を上げた。
「あれ、みんなそうじゃないんですか? 四十六室だって、本当は喜助さんが首謀者じゃないって分かってるのに、権力の保持のためには、誰かを犯人として挙げなきゃいけないから、喜助さんに罪を被せざるを得なかったんじゃないですか?」
「四十六室も含めて、多くの死神は、彼が首謀者だと本気で信じてるはずだよ?」
「え……」
……もっと早く、この子の考えていたことを聞くべくだったかと、京楽は思った。
「キミはどうして、首謀者は別に居ると思ったんだい?」
「どうしてって……もしも首謀者が喜助さんだったら、今頃、尸魂界は虚圏と同じになってますから」
「虚圏……?」
「虚化した死神だらけになってるってことです。喜助さんほどの頭脳があったら、こんなに分かりやすく事件が露見するなんて有り得ません。今回、こんなに分かりやすく露見したのは、首謀者と喜助さん、二人の天才が対立したからです」
この子の頭の中には、一体……
「それ、詳しく教えてくれるかな」
遊楽は首を傾げ、自分の考えを話した。
「例えば、喜助さんが瀞霊廷に存在しなかったとしましょう。そしたら、首謀者の狙いは上手くいって、瀞霊廷は虚化した死神だらけになっていました。……でも、喜助さんは逸早く気づいて、現地へ向かった。二人がそこで対峙したからこそ、首謀者の思惑は瓦解し、わずかに図り負けた喜助さんが、全ての罪を被る羽目になったんです」
「そのこと、いつから気付いてたの?」
「気付いてたんじゃありません。今朝、あの連絡を聞いたときに、そう思ったんです」
遊楽は再び、俯いた。
「……結局、最悪の憶測が現実になっちゃいました」
「憶測?」
「流魂街で魂魄消失事件が起こってすぐ、九番隊から先遣隊が出ましたよね。その先遣隊が、誰一人帰って来なくて、そこから流魂街の住人たちが消えた報告が一件も来なくなったとき、これは病気とかじゃない、誰かが引き起こしてることなんだって思いました」
「……それ、言ってくれれば良かったのに」
「え……」
(もっと、この子の才能に注意すべきだったかな……)
遊楽は困惑した表情で、唇を震わせる。
「でもっ、みんなそう思いながらも、口には出してなかったんですよねっ?」
「違うよ。誰もそこに気づかなかっただけ」
「そんな……」
「遊楽ちゃん。キミには、キミにしか見えていない世界があるんだよ」
「それじゃ、もしあたしが伝えていたら……」
「……事態は違っていたかもしれない」
遊楽は血の気が引いていくのを感じた。
その心境を察したのか、京楽は遊楽の頭に手を乗せる。
「過ぎちゃったことは、もうどうにも出来ないから。誰だって完璧じゃないんだ。次は同じ失態を繰り返さない。……それだけでいいんだよ」
「……」
遊楽はただ、黙って俯いていた。
―――その夜。
九番隊舎の執務室前の縁側で。
誰も居ない、深夜の月を見上げ、遊楽は猪口に酒を注いだ。
「……」
それをぐいっと仰ぐと、喉がカァっと熱くなる。
最近覚えた酒の味は、まだ心から美味しいとは思えない。
……それでも、嫌なことは酒で忘れろと、誰かが言っていたのは、本当だと分かった。
今は無性に、これが欲しくて堪らない。
「……っ」
もう、猪口に注ぐのが煩わしくて、遊楽は酒瓶を直接仰いだ。
一気に半分ほど飲み干し、長いため息をついて空を見上げる。
「……ごめんなさい」
ぽろりと零れ落ちた言葉。
それが涙腺の蓋だったのか、月の輪郭が歪んで見え、頬を温かいものが伝っていく。
「……ごめん、なさいっ」
臆病で、弱くて、ごめんなさい。
遊楽はもう一度、酒を仰いだ。
苦くて、しょっぱい、最悪な味。
「……あたしのせいなんですよ、皆さんが死んだのは。恨んでください。呪ってください……」
頭がぼうっとしてきた。
「……何で、こんな面倒くさくてイヤな感情持ってんだろ」
哀しいとか、恐いとか、恥ずかしいとか……
イヤなことばかりだ。
「……あ、そっか」
一つ、思いついた。
「全部、無かったことにしちゃえ」
ぼやける月を見上げて、もう一度酒を仰ぐ。
「……はは、あはははっ」
何だか笑えてきた。
「そーだよ、あたしは弱くて臆病者なんだから、また、目ぇ逸らせばいーじゃん」
馬鹿正直に向き合ったって、辛くなるだけ。
なら、この先ずっと目を逸らし続けよう。
「あははっ、あははははっ!」
わざとらしく笑い声を上げる遊楽。
……その頬を、再び涙が滑り落ちていった。