シザンサス

□25,バウンティ・ハンター
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完全に軍艦が見えなくなると、サニー号はパドルを止め、帆を降ろし、風を受けてゆったりと進み始めた。

もう危険は無いと分かると、麦わら一味は揃って、フェニックス海賊団の船へ乗り込む。

「お〜い、チョッパー! ティオ〜!」

ルフィが大声で叫んだ。

もちろん、動物の聴覚を持つチョッパーとティオは、その声を聞き逃さない。

「あれ、ルフィの声だ」

「ちょっと、おこってる、みたい。てぃお、たち、さらわれた、おもった、かも」

「あ、そっか、何も言わずに来ちまったもんな」

「(コクン)」

2人はとりあえず、ルフィに事情を説明しに戻ることにした。

木箱の隙間を抜けて、暗い廊下を甲板へと進む。

「ルフィ!」

「んぉ? チョッパー! ティオ! 無事だったか〜、よかったよかった! 早く帰ろうぜ?」

「あ、それなんだけど…」

「ぅん?」

チョッパーはティオと目を見合わせてから、強い眼差しで言った。

「…ルフィ、俺、もう少しこの船に居たい。重傷の患者がいるんだ。一応、処置は済んだけど、まだ目を離せない。頼む! 目を覚ますまで、診させてほしいんだ!」

ルフィは2回ほどまばたきを繰り返す。

そして、ニカっと満面の笑みを浮かべた。

「そっか、分かった。んじゃあ待ってる」

チョッパーは表情を輝かせる。

「ありがとう! ルフィ!」

そして、パズールの元へ駆け戻って行った。

そのあとをルフィが歩いて追いかける。

…ルフィが一緒なら、と、ティオは仲間たちの方へ歩き始めた。

一瞬強く吹いた吹雪に、ぶるっと身を震わせる。

「……へぷしゅっ」

小さくくしゃみをすると、ナミとロビンが呆れ顔で笑った。

「そんな格好してると、またいつもみたいに風邪ひくわよ?」

「ふふっ、戻りましょうか」

「(コクン)」

ティオは仲間たちと一緒に、サニー号へ戻った。

着替えに女部屋へ行こうとすると、サンジが声を掛けてくる。

「ティオちゃん、お腹空いてるだろ? 着替えたらキッチンにおいで」

"きゅぅ、くるるる…"

ティオは鳴ったお腹をさすった。

「(コクン)」



女部屋に入ると、どこで調達したのか、冬用の暖かい服を渡された。

それを着込んで、ナミとロビンと一緒にダイニングの方へ向かう。

"ガチャ…"

扉を開けると、だしの香りが鼻を擽った。

ルフィとチョッパー以外のクルーが全員集まり、席についている。

それぞれの前には、コーヒーやらお茶やらコーラやら、それぞれの好みの飲み物が出されていた。

「寒かっただろ? さぁ、召し上がれ」

テーブルに用意された、数品のサメ料理と、しょうがスープ。

ティオは席に座って、手を合わせた。

「いただき、ます」

「どうぞ」

手始めにしょうがスープを一口飲み込むと、じんわり体が温まる。

「……ほぅ…」

サンジは、ほっこりしたティオの表情に微笑みつつ、途中だった夕食の片付を再開した。

「そういや、ティオちゃんはあの海賊団のこと、知ってるのかい?」

「(コクン) …ふぇにっくす、かいぞくだん。せんちょう、ふしちょう、の、ぱずーる。けんしょうきん、1おく、べりー」

ウソップがへぇ〜と感心した。

「船長が1億ってことは、なかなかの海賊団だったんだな。……ん? けどよ、(かしら)はあのスタンセンって男じゃねぇのか?」

「ぱずーる、おおけが、で、ねこんで、た。ちょっぱー、いなかったら、しんでた」

「あぁ、それがチョッパーが看病したがってた奴か」

「(コクン)」

ゾロが眠そうな顔で訊く。

「海戦でやられでもしたのか?」

「たぶん、そう。…ふくせんちょう、の、びがろ、いなかった。…もしかしたら、たたかって、それで…」

最後まで言わないティオの心情を察して、ナミが訊いた。

「まぁ、船の状態から察しはつくけど、アイツらは結局、この船を奪いたかったの?」

ティオはサメの天ぷらを口に入れ、咀嚼しながら天井を見上げる。

やがてコクンと飲み込むと、首をかしげた。

「どう、だろ。くるー、たち、みんな、かんじょう、ばらばら、だった」

フランキーが付け加える。

「そういや、3人ぐれぇ血の気の多い奴らがいて、そいつらはこの船乗っ取ろうとしてたみてぇだが、あのスタンセンって野郎は違ったなァ」

「……」

「……」

各々フェニックス海賊団の狙いを予想する。

…しかし、考えるだけ無駄だ。

やることは決まっている。

サンジが皿を拭きながら言った。

「とにかく、そのパズールとかいう船長が目を覚まさねぇことには、チョッパーもルフィも帰って来ねぇんだろ? 待つしかねぇな」

「だな」

「そうね」

ティオはしょうがスープの最後のひと口を飲み干した。


……そのとき。


ぴく。


頬がわずかにひくついた。

「…なみちゃん」

「ん、なに?」

「いま、ふね、どこ、すすめてる?」

「とりあえず、風に任せて漂流中よ? ルフィたちが戻って来ないと進路決められないし。…あぁ、風ならしばらく変わらないから、変に流されることはないわよ?」

「……」

カラになった器を置き、黙り込むティオ。

ナミとウソップは何か嫌な予感がした。

「お、お〜いティオ〜…? どした〜…?」

「な、なんで黙ってるの…?」

青ざめている2人を、青い瞳が捉え、爆弾を投下した。


「まわり、うじゃうじゃ、いる、よ?」


「「いやああああっ!!」」


まだ見ぬ"何か"に、ナミとウソップはとりあえず叫んだ。

一味はぞろぞろと、サニー号の甲板へ出る。

もう夜が明けていた。

「ぁん? おいナミ、周り氷だらけだぞ」

「えっ、うそっ、氷山!? そんな海域があるなんてココロさんは一言も…」

「つ、つーかティオ、何がうじゃうじゃいるんだっ? 何もいねぇぞっ?」

ウソップはパチンコを構えたまま、ティオの背後に隠れ、周囲を伺った。

ティオがうじゃうじゃの居場所を応えようとすると、フランキーとロビンが口を挟む。

「ンなことより前見ろや」

「早く舵を切らないと、ぶつかるわよ?」

「「へ?」」

言われて見れば、巨大な氷塊が目の前に…

「ぎゃああああっ、ぶつかるーっ!」

「サンジ君! 主舵!」

「あいよっ!」

船首に走ったサンジが、舵輪を回す。

サニー号はスレスレで氷塊をよけた。

「はぁ…危なかった…。サンジ君、とにかく氷山をよけながら進んで?」

「はぁ〜いナミすゎん!」


…それから、右へ行ったり左へ行ったり。

氷山にぶつからないよう、サンジは舵を切り続けた。

その回数が増すごとに、ナミの中で不安が大きく膨れ上がっていく。

(何かしら…。氷山のせいで、勝手に進路を決められているような…)


"ゴゴッ……ドゴォッ!"


「「「!?」」」


背後の音に、全員が振り向いた。

どういうわけか、先ほど間を抜けてきた2つの氷山が、互いにぶつかっている。

「なっ、なに!?」

「ふ〜ぅ、危ねぇ。あとちょっと通るのが遅かったら挟まれて潰されてたな」

「ちょっ、サンジ君! 前!」

「え? …んなにっ!?」

サンジは慌てて舵を切った。

急に氷山が目の前に流れてきたのだ。

それを目の当たりにし、ナミの不安が確信に変わる。

「やっぱりおかしいわ。ここの氷山、まるで意思を持って動いてるみたい…」

ウソップが、そんな馬鹿なと笑う。

「おいおい、氷が意思なんか持ってるわけねぇだろ? 生き物じゃねぇんだから」

簡単じゃねぇか、とゾロが刀の鍔を弾いた。

「意思持ってようが持ってなかろうが、邪魔なら斬っちまえばいいんだろ?」

言って、目の前の氷山に向かって飛び出して行く。

"チャキ……スパンッ"

氷山に真っ直ぐ入った一太刀。

ゾロは刀を納め、鞘の先で氷山を叩いた。

"コツン―――


バキャァッ!!"


巨大な氷塊が、真っ二つに割れる。

「何だ、ただの氷じゃねぇか」

「ほ、ホントだ……中に何か入ってるとかはねぇな…」

サニー号は、ゾロが斬り開いてくれた道をゆっくり進んだ。

並んで歩くように、ゾロは氷山の上を行く。

「こおり、は、いし、もってない」

「ん、ティオ?」

「こおり、じゃ、ない。さっき、いった、うじゃうじゃ、こおり、うごかしてる」

ティオは欄干に寄り、海の中を覗き込んだ。

「なっ、何かいるのか!?」

ウソップも倣って覗き込む。

すると…


"シュババババッ"


「ぅおっ、何かいたぁぁ! 何だ今の大群!」

海面の少し下。

何か生き物らしき影が、群れを成して高速で通り過ぎて行くのが見えた。

「何なんだよ今のぉぉっ!!」

「わから、ない。にんげん、じゃ、ない、こと、たしか」

ナミが顎に手を当てた。

「…この氷といい昨日の海軍といい……何者かが、あたしたちを誘導してるみたい…」

「かいぐん?」

「ん、あぁ、ティオは向こうの船にいたのよね。昨日の夜、30隻を超える海軍の大艦隊に囲まれたのよ」

「そんなの、ありえ、ない」

「え?」

「しま、ひとつ、けす、ばすたーこーる、でさえ、ぐんかん、10せき。かいぞくせん、たった、1せきに、30せき、いじょうの、しゅつどう、おかしい」

「そういえばそうよね…。じゃあ、アレは全部偽物だったってこと!?」

「(コクン)」

「…ってことは、間違いないわ。誰かがあたしたちをどこかへ誘導してる」

周囲では、相変わらず氷山が動いていた。

船を傷つけないよう、サンジが慎重に舵を切っていく。

「……」

ティオはしばし考えた。

この海域で、誰が何を考え、麦わら一味をこんな場所へ誘導するのか…

(こおり…ゆうどう…かいぞく……)

やがて、ティオの半目が、わずかに見開かれる。

「…あっちーの、ふぁみりー……」

呟かれた言葉に、ロビンが反応した。

「アッチーノファミリー?」

「(コクン) …このあたり、で、ゆうめいな、しょうきん、かせぎ。6にん、かぞく、だったけど、さいきん、ちょうじょ、けっこん、して、1り、ふえた」

「つまり、今は7人家族なのね?」

「(コクン)」

と、そこで、ティオは唐突に後ろを向いた。

フェニックス海賊団の船の方だ。

「どうしたの?」

「せんちょう、ぱずーる、め、さめた。るふぃ、ちょっぱー、もどってくる」

「そう。これで進路が決められるわね」

全力で逃げるなり、誘導しようとしている奴らをぶっ飛ばすなり、船長がいなければ何も決まらない。

…と、思った矢先―――


"ドゴォッ!"


突然、サニー号の周囲で水柱が上がった。

"バシッ"

サニー号とフェニックス海賊団の船を繋いでいたロープに、水柱が直撃し、切れる。

水柱の影響で波が高くなり、両者は引き離された。

「くそっ、ルフィ! チョッパー!」

「アイツらは放っといても大丈夫だから! 今は舵に集中して! 主舵よ!」

「あ〜いっナミすゎん!」

目はハートにしながらも、サンジはナミの指示通り、的確に舵輪を回していく。

"ドゴォッ、ドゴォッ"

至る所で水柱が上がり、氷塊もサニー号を取り囲む。

「おっ、おい! 目の前行き止まりだぞ!」

「分かってるわよ! どうしようもないの!」

サニー号は氷塊に囲まれて、止まった。

 
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