シザンサス
□23,涙の別れと海軍の英雄
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メリーに乗っていた者たちは皆、貸し与えられた小舟に移った。
仲間たちが並んで見守る中、ルフィはひとり別の小舟に乗り、手にたいまつを持つ。
「…じゃぁ、いいか、みんな」
「「…あぁ」」
「「…うん」」
ちらほらと上がった返事を聞き、たいまつを持つ手に力を籠める。
「…メリー、海底は暗くて寂しいからな。俺たちが見届ける」
小舟をメリーに近づけ、真っ二つになった割れ目に、たいまつを近づけた。
瞬く間に火は移り、燃え広がっていく。
「…ウソップは、いなくてよかったかもな。…アイツがこんなの、耐えられるわけがねぇからっ」
ゾロは隣に立つそげキングに訊いた。
「どう思う」
「…そんなことはないさ。いずれ決別の時は来る。男の別れだ。……涙の一つもあってはならない。…仮にも、覚悟は出来ている」
船底から、船縁、甲板、マスト…
炎がメリーの全てを包み込んでいく。
ルフィの小舟が、ゆっくりと仲間たちの方へ戻ってきた。
一味は全員、片時も目を離すことなくメリー号を見守る。
「…長い間、俺たちを乗せてくれてありがとう、メリー号」
灰色の煙が立ち上る。
その煙の先には、いつの間にか雲が立ち込めていた。
さっきまで快晴だったというのに…
ナミが逸早く異変に気づき、空を見上げる。
「あれは…雪雲?」
しばらく見上げていると、小さな白が舞い落ちてきた。
それは真っ直ぐに、掌へと滑り込んでくる。
『うほ〜っ! これが俺たちの新しい船か!』
『キャラベル!』
『新しい仲間と船に、かんぱ〜い!』
…初めてメリー号に出会った日、麦わら海賊団はまだ4人だった。
思えば、あのとき初めて、ただの同士の集まりが本当の海賊団になったのかもしれない。
「……」
ナミの瞳に、涙が浮かんだ。
唇を噛み締めるも、それを留めることは出来ない。
「……っ」
…思い返してみれば、船長を始め、男たちはみんなガサツだった。
船をあちこちにぶつけて、その度にウソップがツギハギ修理をして…
ボロボロのまま、リバースマウンテンからグランドラインへ入った。
そこでクジラのラブーンに激突して、メリーの頭が取れてしまって…
…思い出せばキリがない。
「ひっ、うっ、ひぐっ」
チョッパーが声を殺して号泣している。
ナミも静かに涙を流し、そげキングにいたっては、震える全身を懸命に押さえこみながら滝のように涙を流していた。
"メキッ…バキッ"
メインマストが倒れる。
メリーがメリーの形でなくなっていくのが、心に刺さった。
―――ごめんね。
「「「「!?」」」」
突然、頭に響いてきた声。
麦わら一味にとっては、一度聞いたことのある声だった。
今回は一味だけでなく、フランキーやココロたち、ガレーラの大工たちも含め、その場の全員に声が届く。
―――もっとみんなを、
―――遠くまで運んであげたかった。
―――ごめんね。
―――ずっと一緒に、冒険したかった。
耐え切れず、ナミが膝をついた。
チョッパーも「メリーっ!」と叫ぶ。
ルフィは拳をグッと握った。
「ごめんっつーなら! 俺たちの方だぞ! メリー!」
止めどなく涙を溢れさせながら、思いつくままに訴える。
「…俺っ、舵ヘタだからっ、お前を氷山にぶつけたりよぉ! 帆を破ったこともあるしよぉ…っ、ゾロもサンジもアホだからっ、いろんなモンっ、壊すしよぉっ! …そのたびにウソップが直すんだけど、ヘタクソでよぉっ……ごめんっつーなら! ……んぐっ、ひぐっ」
―――だけど僕は、幸せだった。
―――今まで大切にしてくれて、
―――どうもありがとう。
メリーの顔を描いたペンキが、熱で溶け、まるで涙を流しているように垂れる。
…ゾロは服の端がぎゅっと握られるのを感じた。
横目に見下ろせば、掴んでいるのはティオの手。
青い瞳は濡れ、頬には幾筋も涙の通り道が出来ていた。
―――僕は、本当に幸せだった。
―――君たちがいたから。
―――さようなら。
―――本当に、
―――ありがとう。
…メリーからの言葉が、途絶えた。
何か、心のどこかで感じていた、今まで決して揺らぐことのなかった存在感が、フっと、消える。
「ぅ…ぐっ、ひぐっ、うぅっ」
涙で顔をぐしょぐしょにして、ルフィが空へ叫んだ。
「メリィィィッ!!」