シザンサス

□20,エニエス・ロビー
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「……ん…」


…いったい、どれだけ時間が経ったのか。

ティオはようやく目を覚ました。

「……」

頭がぼんやりしている。

どうやら椅子に座らされ寝かされていたと気付き、背もたれから身を起こした。


"ジャラ…"


「?」


首元で鳴った金属音。

見下ろせば、海楼石製の分厚い首輪がはめられ、そこから長い鎖が伸びていた。

鎖を視線で辿れば、その先には1人の男。

「よぉ。やっと目が覚めたか? 元・伝承者」

人を小馬鹿にするような口調。

治療のため、大量に顔面に埋め込まれた金属の矯正具。

「……すぱん、だむ」

現CP9の長官。

元CP9長官スパンダインの息子で、親のコネで融通を利かせまくる、政府の中でも少々厄介な役人。

「スパンダム、だとぉ?」


"パァン"


「……っ」


ティオはいきなり頬を叩かれた。

「スパンダム"様"だろクソガキが!」

じんじんと痛む頬、唇の端から流れる血。

ティオは手の甲で口元を拭った。

その手を見下ろし、手錠はされていないことに気づく。

「口の聞き方に気をつけろよ? お前はこれから、このCP9で馬車馬の如く働くんだ。俺が世界の頂点に立つためになぁ! ぬぁっはっはっはっはっはっ!」

「……」

ティオはじっとスパンダムを見上げ、記憶を遡った。


…ウォーターセブンで、消息を絶ったロビンを迎えに行き、CP9のブルーノと鉢合わせしたあと、気絶させられたところまでは覚えている。

今いる場所は、目の前にスパンダムがいることから、エニエス・ロビーの長官室と推測できる。

おそらく、ブルーノに気絶させられたあと、何者かにここまで運ばれたのだろう。

「!」

突然、ティオの覇気が感知した。

「ろびん…」

ロビンが複数の人間に囲まれ、長官室に向かって歩いてくる。

スパンダムはニヤリと笑った。

「ほう? 噂通りだな。本当に離れた場所の人間の位置が分かるのか」



"ガチャ、ギイィィ…"



長官室の重たい扉が開いた。

ルッチ、カク、カリファ、ブルーノの4人がまず現れる。

その後ろにロビンと、何故かフランキーがいて、黒服の諜報員も何人かついていた。

「え……ティオ!?」

ロビンはティオを見つけるなり目を見開く。

そしてCP9メンバーとスパンダムに叫んだ。

「どういうことなの!? どうしてここにティオがっ、麦わら一味の1人がいるのよ!」

「無礼者!」


"ガッ"

カリファがロビンに軽い蹴りを入れ、膝をつかせる。

「身分を弁えなさい、海賊風情が」

「……っ」

ロビンは悔しそうにカリファを睨んだ。

…アイスバーグ宅で、CP9と麦わら一味が争った際、ロビンはティオの話が出る前にその場を去った。

そのため、ティオが連れ去られていたことを知らなかったのだ。

今まで眠っていたティオには、何の話だかよく分からない。


…そこへ。


「よよいっ、ぁルッチ、カクぅ、カリファ、ブルーノ、よくぞ無事でぇ〜え!」

「5年ぶりってとこか、ぎゃはははっ」

「みんな逞しくなったァ、チャパパ〜」

待機していたCP9のメンバー、クマドリ、ジャブラ、フクロウがやってきた。

ルッチたちの帰還を聞いて、やって来たのだろう。

スパンダムが手を広げて高らかに言う。

「よくやってくれたお前ら! この日が来るのをいったい何年待ちわびたことか! 古代兵器プルトンの設計図に、古代文字を解読できる女。そしてラッキーなことに、元・伝承者まで手に入っちまった! …さらに? 設計図の秘密を握る男があのカティ・フラムときたもんだ。今日は最っ高の気分だぜ! ぬぁっはっはっはっはっはっはっ!」

フランキーは怒りに任せ、スパンダムに向かって走り出した。

「…トムさんを始め歴代の船大工たちがっ、命がけで設計図を守ってきたのは! テメェみてぇな馬鹿がいるからじゃねぇか!」

"ガブッ"


鎖で手の自由が利かないフランキーは、スパンダムの頭に齧りついた。

「のぁぁぁっ! 離せっ、ぉっ、おいっ、助けろお前ら! うわぁぁぁっ!」

「……」

「……」

スパンダムが叫ぶも、CP9は反応しない。

それくらい自分で何とかしろ、と全員の目が言っていた。

「おいってば! クマドリ!」

一番近くにいたメンバーを呼ぶ。

「よよいっ」

呼ばれたクマドリは、仕方なしに、錫杖(しゃくじょう)でフランキーを床に叩きつけた。


"ガキンッ"


同時に、スパンダムも床に叩きつけられてしまう。

「テメっ、もっと上手くやれよ! ……まぁいいか。…ぅおりゃぁ!」

"ゲシッ"

「ぐぉっ」

スパンダムは腹いせにフランキーを蹴る。

「フン、8年前のあの時から気性は変わってねぇようだな、カティ・フラム。もっと早くにお前が生きていると気付き、設計図を持っていると分かっていりゃ、こうも苦労することはなかったんだが…。…お前なら、過去の罪でしょっ引くことも容易いから、なっ!」

"ドカッ"

「ぅぐっ」

「はぁ……それに引き換え、お前の兄弟子アイスバーグは厄介だった。トムの死後、ウォーターセブンの造船所を腕一本で纏め上げ、大会社を組織したのち、恨みさえあるはずの世界政府に自ら近づき、やがて会社は世界政府御用達としての地位を確立した。そんな会社の社長と、ウォーターセブンの市長を兼任し、誰からも支持されるアイツは、このCP9でさえ手出し出来ねぇ厄介な存在になった」

「…馬鹿バーグの野郎、それで政府なんかと取引を…」

「頭のイイ男だったよアイツは。…だが、風は俺の方に吹いてきた。5年間CP9を潜入させていたが、なかなか成果が上がらず、そろそろ強行策に出ようとしていたその時だ。俺の元に、大将青キジから吉報が届いた」

「「!」」

ティオは僅かに目を見開き、ロビンは肩を揺らす。

「あのニコ・ロビンと、元・伝承者のティオが、麦わら一味の海賊船に乗ってウォーターセブンに向かっていると。その瞬間、俺の頭には完璧な作戦が源泉のように湧いて出た。俺は気を落ち着かせるためにコーヒーを一杯飲み、大将青キジにバスターコールの権限を一度だけ譲ってもらえないかと頼んだ。それが叶った後はもうトントン拍子よ。アイスバーグを麦わら海賊団の仕業に見せかけて襲撃し、設計図を奪い、バスターコールで脅してニコ・ロビンを従わせ、ティオの身柄も確保できた。…本当はお前を捕えるための策も用意してあったんだがな、ティオ」

「……」

「まさかお前が自らブルーノの元を訪ねるとは思わなかったぞ? おそらく行方を暗ましたニコ・ロビンを追っていったんだろうが、馬鹿なことをしたな! はっはっはっはっ!」

「……」

ティオは目を伏せた。

…悔しいが、スパンダムの言う通りだ。

自分の考えの甘さが、この事態を招いた。

ウォーターセブンでロビンが狙われることは確実だったのに、何も手を打たなかった。

何かあっても、麦わら一味なら何とかなると楽観的になっていた。

何とかなるためには、まず自分が最善を尽くさなければならなかったのに…

「くくくっ、古代兵器復活の鍵が2つに最強の辞書が1つ。もう国だろうが世界だろうが何でも手に入っちまうなぁ、あはははっ!」

スパンダムは既に世界を手にしたかのような顔で、高らかに笑い続けた。

…そこに、怒りに震えるロビンの低い声が響く。

「…待ちなさい。あなたたちに、ティオを捕えることは出来ないはずよ」

「…あぁん?」

じろりと、スパンダムの目がロビンを見下ろす。

そして…


"バキッ"


「……っ」


ロビンはスパンダムに殴られた。

「ろびんっ」

ティオは慌てて駆け寄ろうとするが…


"ガシャンッ"


「ひぐ…っ」

海楼石の首輪から伸びる鎖が、杭で壁に打ち付けられていて、自由に身動きが取れなかった。

もちろん海楼石のせいで変身能力も使えず、力もほとんど抜けている。

「何か言ったかァ? ニコ・ロビン」

「っ…私があなたたちに協力する条件は、私を除く麦わら一味の7人を、無事に逃がすことだったはず…っ」

殴られて口の中が切れたのか、血を吐き出すロビン。

「…ろびん、そんな、やくそく、を…っ」

やっと、ロビンが消息を絶った本当の理由が分かった。

…同時に、ティオは眉根を下げて俯いた。

そんな約束、スパンダムが守るわけがない。

スパンダムはロビンを、ゴミでも見るように見下ろす。

「フン、何を必死にいきり立ってやがる。…おいルッチ、俺たちが出した条件を正確に言ってみろ」

「"ニコ・ロビンを除く麦わらの一味7名が、無事ウォーターセブンを出港すること"」

「……まさかっ」

「あぁそうそう、言い忘れてたが、さっき通信が入ってな。お前らを助けるために、今しがた麦わら一味がここへ乗り込んで来たそうだ」

「「!」」

ロビンもティオも肩を揺らした。

ティオはすぐさま覇気を広げ、エニエス・ロビー全体の状況を探る。


…確かに、麦わら一味6人分の気配が感知された。


スパンダムがティオを指さす。

「コイツはウォーターセブンを"無事に出港"して、このエニエス・ロビーに辿り着いた。麦わらたちにしても同じだ。自分たちの"自由な意思で出港"し、このエニエス・ロビーに来てる」

ロビンが叫ぶ。

「卑怯者! そんなこじつけで協定を破ろうと言うの!?」

「ぁあ?」


"ゲシッ"



「う…っ」


"ドカッ、ガッ、ドゴッ"


「大罪人の分際で夢見てんじゃねぇよ! 大体テメェみてぇなクズとの約束を、俺たちが守る義理がどこにある!」



「やめてっ」


ティオは初めて、叫んだ。

胸の奥が痛む。

これ以上ロビンの傷つく姿を見たくない。

「るっせぇな、テメェも同罪だ! 裏切りモンが!」


"バシッ"



「……っ」

叩かれた頬が痛む。

ティオは唇を噛み締め、キッとスパンダムを睨みつけた。

…海楼石の首輪さえなければ、コイツ程度の攻撃、かわして十倍返しに出来るのに。

「ティオ…っ」

ロビンの悔しそうな顔が、目の端に映る。

…きっと同じことを、海楼石の手錠さえなければと考えている、と、ティオは思った。

 
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