アゲラタム

□第二巻
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『それでは、次に参りましょう。第二種目、もふもふ動物大集合! ワンワン・パニック!』

「もふもふって、完全にお前の趣味じゃねぇか、鬼灯」

「いえいえそんなことは。地獄には動物も多くいますからね。彼らによる種目も一興と思いまして」

唸る犬たちを救護テントから見て、白澤が暇そうに言う。

「いつもなら、動物たちは応援だけなんだけどねぇ」

桃太郎は引き気味な眼差しをしていた。

「あの可愛らしかった犬たちはどこへ……」

一方、薺は救護テントに来た獄卒たちに、応急処置をしている。

「……ん。鼓膜にはとくに異常はありませんよ! しばらくすればもどります!」

「……そうですか。ありがとうございました」

獄卒を数人診察していた薺が、白澤と桃太郎のところへ戻ってきた。

「お疲れ〜薺ちゃん」

白澤は薺を抱き上げて、自分の膝の上に座らせる。

「鼓膜が破れた鬼はいなかった?」

「はい、みなさま一時的なものでした!」

「そっか」

先ほどのバズーカにやられて、一部耳が聞こえにくくなった獄卒が出た。

とはいえ、誰も大事には至っていない。

もしかすると、そこまで計算された音量だったのかもしれない。


『まずは純粋な闘犬です。血沸き肉躍る素晴らしい戦いを期待します』

鬼灯のアナウンスに合わせ、犬の群れの中から、一匹がピョンと飛び出てくる。

『赤コーナー、向こう疵の狂犬、夜叉一!』

「ガルルル……ッ」

夜叉一の颯爽とした登場に、シロはあんぐりと口を開けた。

「ぅぇえっ!? 先輩そんな名前だったの!? カッコいい!」

隣で柿助がふかし芋を食べながら言う。

「超シブい二つ名だねぇ」

「俺なんてシロ……色の情報しかないのに」

「キャ〜ッ! あなた〜! 愛してる〜ぅ! カッコいい〜!」

……何だか聞き覚えのある高い声。

その声の主を見て、シロを含め犬たちは青ざめた。

「元お局様が来てるぅぅっ!?」

「アタシと、お腹の子犬のためにも、頑張ってぇ!」

「ぐぼぉっ!? 早っ」

「さすが動物……結婚=繁殖だな……」

『微笑ましいですね。奥様のクッキーさんが来ているようです』

「クッキー!? 愛玩犬にありがちな可愛い名前!」

性格のキツさからは想像もつかない……

『さて、そんな狂犬に対するは白コーナー、遠路遥々EU地獄から出稼ぎに来た、タルタロスの熱き犬(ホットドッグ)、ケルベロス!』

夜叉一の目の前に、全長10mに届きそうな巨大な三つ頭の犬が現れる。

「「グルルル……ッ」」

両者はしばらく睨み合い、威嚇しあった。

そして……


「棄権します。俺には妻も、産まれてくる子もいるんで……」


夜叉一が白旗を上げた……

「先輩、(いさぎよ)い!」

「そんな優しさも大好きよ〜!」

「鬼灯、人選(犬選)失敗じゃねーか?」

「そうですね、思いのほか狂犬が賢明な判断をしてしまいました」

鬼灯は舌打ちしながらスピーカーを取る。

『では予定を変更して、ケルベロスさん、何か面白い小話でもどうぞ』

「ガウッ!?」

ケルベロスは慌てふためきながら、見つめてくる観客たちを見回した。

閻魔が慌てて鬼灯の肩を揺さぶる。

「ちょっ鬼灯君!無茶振りしないであげて! スベるの必至じゃない!」

そうですか? と鬼灯はため息をついた。

『続きまして、猿たちによる組体操です』

「「「ウキキ〜!」」」

「なんか日光っぽい……」

『鳥たちの魅惑的な応援歌』

「「「ラ〜ラ〜ララララ〜」」」

「なんか舞浜っぽい……」

『お次は、エクソシスト徒競走。なお、BGMは運動会とカステラでおなじみ、オッフェンバック作曲の「天国と地獄」でお送りしています』

ブリッジしたまま競争する獄卒たちに、カステラ1番 電話は2番〜…とBGMが降りかかった。

椿が大爆笑しながらそれを見つめる。

「あはははっ、いひひっ、大人が揃って真剣に何やってんだよ!」

((椿様、それ言わないで……))

誰よりも、競技参加者が一番思っていることだ。

『続きまして、玉入れです』

獄卒たちが、カゴに寄ってたかって球を投げていく。

それを、暇な救護班はボーっとしながら見つめていた。

「……あの、玉入れの玉が泥団子なんすけど」

「そーだねぇ」

「……アレ、毎年なんですか?」

「いーや? 去年は普通の玉だったよ。今年が変なのさ」

白澤の膝の上で、薺はこっくりこっくり舟をこいでいる。

「ぅ……はっ、暖かくてつい!」

「ふふ、別に寝ててもいーよ? どうせ怪我人なんてそうそう来ないし」

白澤はわざと寝かそうとしているのか、薺を後ろから抱き込んだ。

「なぁ鬼灯、あの泥団子割れやすくねぇか? もっと固く作りゃ良かったじゃねぇか」

椿が指さすと、鬼灯は、あぁ、それはですね、とスピーカーを手に取った。

『ちなみに、泥団子はエジプト冥界のフンコロガシ(スカラベさん)に作って頂きました』

それを聞いた獄卒たちが叫ぶ。


「「「ぎゃあああっ!」」」


「お、俺っ、顔面に受けちまった!」

「俺は口にっ……おえっ」

閻魔が青ざめて言う。

「……ちょっと鬼灯君、キツすぎない?」

「何を甘いことを。地獄では強くてナンボです。プラナリアよりタフなくらいでないと」

「確かに、アレは刻んでも死なないけど……」

「さて、そろそろ最終種目ですね」

「え〜? もう終わっちまうのか?」

「最終種目は一番こだわっていますから、最後まで楽しんで下さい」

鬼灯はスピーカー越しに、この大会で一番の声を張り上げた。

『最終種目、大玉転がし!』

今までの競技を生き残ってきた獄卒たちが、何やら暗い場所に集められる。

「なんか暗いな……」

「何だ? この大道具……」

「大玉はどこだ……?」

不気味な道具たちに囲まれ、獄卒たちが説明を待っていると……

「あ〜っ! そんなところで何やってんの唐瓜〜!」

茄子が、足場からずっと下へ螺旋状に続く道の先に、唐瓜を見つけた。

何やら、ゴボゴボと油が煮え立つ鍋の上で、簀巻きにされて吊るされている。

よく見れば、吊るされているのは全員、今までの競技で脱落した獄卒たちだ。

「ターザンごっこ〜?」

「違うわ! 見てないで助けろボケ!」

……と、そのとき。


"カコン…ッ、パタン、カタタタタタ……"


競技参加者たちの背後で何かが動き出した。

参加者たちが恐る恐る振り向くと……


"ゴトンッ"


超巨大な鉄球が落ちてくる。

それは勾配に従い、螺旋状のルートを転がり始めた。

「ひっ」

「うわあああああっ!」

もちろん参加者たちは逃げる。

鬼灯が意気揚々とスピーカーを手に取った。

『さぁさぁ始まりました。時間がありませんよ? 鉄球より先にゴールに到着し、人質たちを助けて下さい』

鬼灯の手元には、大きな設計図。

閻魔はそれを横目に見て青ざめた。

「残酷なピ●ゴラ・スイッチ……」

参加者たちは、死に物狂いで螺旋状のルートを駆け下りていく。

しかし、鉄球が思いのほか速く、みんな弾き飛ばされてしまう。

椿がその様子に首をかしげた。

「鉄球弾き飛ばしちまえばいいのに。鬼灯、ルール的にそういうのアリなのか?」

「えぇ、もちろん。何でもアリです」

「……あのね椿ちゃん。そんなこと出来るの、キミと鬼灯君だけだから……」

「そうなのか?」

ふ〜ん、と、椿は頬杖をついて、鉄球と獄卒の追いかけっこを眺めた。

先頭を走っているのは、茄子。

……というか、生き残っているのが茄子だけ。

『さぁさぁ、早く助けないと、鉄球が油鍋を直撃したら大惨事になりますよ?』

「ひえええぇぇぇぇっ!」

やがてルートを走り抜けた茄子は、吊るされた唐瓜に飛びつく。

「助けて唐瓜!」

「こっちのがピンチだボケ茄子!」

そこで、最後の仕掛けが発動する。


"カチッ……ボォッ"


鉄球に火がついた。

このまま油鍋に直撃すれば、辺りは火の海。

簀巻きにされた獄卒たちなど、生きて帰れるか分からない。


「「「のおおおおっ!」」」


「おいおい鬼灯、さすがにヤバイんじゃねぇの?」

椿が頬杖をついたまま言うと、鬼灯はゆらりと立ち上がって金棒を手に取った。

「はぁ……やはりダメでしたか」

首をコキっとならし、ひと跳び……


"ヒュッ……ガコンッ"


鬼灯は片手で金棒を振り、燃えさかる巨大鉄球を、まるで野球のボールのように軽々と打ち返してしまった。

そうして空高く飛んだ鉄球の行先は……

「…ん? …ぉぃおいちょっと待て!」

本部テント。

椿は慌ててハンマーを握り、反射で振り抜いた。


"ガゴッ!"


とんでもない音がして、鉄球が地面にめり込む。

本部テントと閻魔大王が下敷きになった。

「ちょ、椿ちゃん……わしに、当たって、る……」

「ぁあ? そんくらい自分で何とかしろよ」

椿はもう一度ハンマーを振り、閻魔の上から鉄球をどかしてやる。


"ガコッ"


そして鬼灯に向かって叫んだ。

「テメェ鬼灯! 何しやがる!」

「別に問題なかったでしょう? …それより、人質を引き上げますから、手伝って下さい」

「せめてこっちに飛ばすって事前に断れ! いきなり来たらびっくりすんだろうが!」

……普通はびっくりでは済まない。






「皆さん、今から引き上げますから、しっかりロープに掴まってて下さい。……落ちたら、下は灼熱の油鍋ですよ?」

「「「はいぃっ!」」」

(鬼灯様……)

(わざわざ脅さなくても……)

油鍋の上で吊るされていた獄卒たちは、自分たちを縛り上げているロープにしっかり掴まった。

それを確認し、鬼灯は上の方へ声を張り上げる。

「いいですよ、椿さん。引き上げて下さい」

「あぁ」

椿は片手で、巨大なハンドルを回した。

獄卒たちを縛り上げているロープが、くるくると巻き取られていく。

「うお……椿様すげー……」

「あのハンドル、吊るされてる獄卒全員分の体重掛かってんだろ?」

「それを片手で動かすって……」

吊るされていた獄卒たちは、足場のある位置まで引き上げられた。

待機していた別の獄卒たちに、ロープを解いてもらう。

「はぁ〜〜〜……助かった……」

「マジで死ぬかと思った……」



数十分後、閉会式が行われた。

人質にされていた獄卒たちは足を火傷している者が多く、救護担当の兎たちが手分けして治療を始める。

桃太郎と薺も治療に加わった。

「ぃだだっ」

「ちょっとだけ我慢ですよ〜? はい、痛いの痛いのとんでけ〜!」

薺お得意のおまじないで、少なくともロリ好きの獄卒の心は癒された。

巨大鉄球の直撃により、ボロボロになった閻魔の横で、鬼灯がスピーカー片手に声を張る。

『だから、ヌルい奴は叩き直しますと言ったでしょう? 明日の本番では、一切助けませんからね』

その言葉に、会場全体が「え?」と首をかしげる。

「今日……リハ?」

鬼灯がパンパンと手を叩いた。

「はい、ではもう一度最初から!」





11,ニャパラッチ
 
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