アゲラタム

□第二巻
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地獄はほぼ常に曇っている。

とはいえ、毎日同じ曇りなわけではない。

日によって違いがあり、晴れることはなくとも、スッキリと軽い曇り空の日があるのだ。


10、精神的運動会


「では、よろしくお願いします」

書類を確かめながら、鬼灯は目の前の牛頭と馬頭にそう言った。

「「心得たわ!」」

牛頭と馬頭は、鏡合わせのように向こうへ走っていく。

鬼灯の隣では、椿が周囲をキョロキョロ見回していた。

「すっげぇな、百年前からこんなんやり始めてたとは」

「椿さんは初めてでしたね」

「あぁ。阿鼻からここまで上がってくるのも面倒で、いつも寝てたからなぁ。ははははっ」

「鬼神ですから参加は出来ませんけど、観戦だけでも楽しめるといいですね」

「おう!」

「あとは、あの木の準備と飾りを……」

呟いて歩き出す鬼灯の後を、椿も楽し気についていった。





その頃。

獄卒が集められた場所では……

「人として軸がブレてる!」

茄子が思いっきり、ベテラン獄卒を背後から指さしていた。

おそらくカツラがズレているのを見てそう叫んだのだろうが……

「やめろ茄子! ……つーかお前、よく緊張しないなぁ……」

唐瓜はどよんとした顔で背中を丸め、今にも吐きそうな顔をしている。

「え〜? だって今日運動会だよ?」

「馬鹿、遊びじゃないんだぞ。……新卒として気を遣ったり、今後のことを色々と考えたりすると……」

「あ、お香姐さんだ!」

「!」

「あら、おはよう」

「おはようございまーす!」

「おはようございますっ!」

お香は衆合地獄の鬼女たちと共に、応援席の方へ歩いていった。

その後ろ姿を見つめ、さっきまでのブルームードはどこへやら、唐瓜がうっとりとした顔で零す。

「いいよなぁ、お香姐さん……」

「そーだね、乳デカいし〜」

「よしっ! 頑張ろうぜ!」

「おう!」





同じ頃、獄卒たちに囲まれて、救護班も到着していた。

「うわ〜、すごい数の鬼ですねぇ……」

桃太郎が物珍しそうに辺りを見回す。

白澤が女の子を目で追いながら答えた。

「まぁ、地獄の運動会だからね〜。あ、薺ちゃん、兎ちゃんたちみんな来てる? 迷ってる子いない?」

「はい! 大丈夫ですよ〜!」

薺と一緒に、周囲の兎たちもみんな白澤の方へ向いた。

桃太郎が首をかしげる。

「みなさんは毎年参加してるんですか?」

「はい、まいとし救護担当なのです」

「薬使えば閻魔庁がその分支払ってくれるから、協力してやってんだ〜。あ、お香ちゃ〜ん!」

白澤がどこかへ行ってしまった……

「……いつもながら、なんて自由な店長だ……」

「あ、ははは……」

「よぉ、桃太郎」

「ん? おぉ、ルリオ!」

バサッと羽音がして、桃太郎の肩にルリオがとまった。

シロと柿助もやってくる。

「やっほ〜桃太郎!」

「桃太郎も大会出るの?」

ルリオがため息をついて答えた。

「白澤さんと薺さんの手伝いに決まってるだろう……」

「お前たちは何か出るのか?」

「ルリオは先輩たちと歌ってぇ、柿助は組体操でぇ、んで俺はねぇ! ……何だっけ?」

「おいおい大丈夫か……?」


"パンッ、パンパンッ"


運動会特有の花火が鳴り響いた。

薺が救護テントを指さして言う。

「そろそろ時間です。いきましょう!」

「あ、はい! それじゃまたな、お前ら」

「うん! 怪我したときはヨロシクね!」

「おう、いつでも来い!」

「ふふ、まずは怪我しないでくださいね?」

桃太郎と薺は不喜処トリオに手を振って、兎たちを連れテントに向かった。

救護テントは本部テントの隣にある。

ということは……

「椿さま!」

「ん、お〜、薺〜」

薺はいつものように、椿を見かけると真っ先に飛びついていった。

「ことしは来てくださったのですね!」

「あぁ。けど、こんな面白そうなモンなら、もっと早く来りゃ良かったと思ってる」

「ふふっ、ことしから楽しんでいけばいいですよ!」

仲良くじゃれる椿と薺の隣で、鬼灯は司会進行用の書類に軽く目を通し、スピーカーを持った。

『それでは、只今より、今年度の獄卒大運動会を始めたいと思います。まず、閻魔大王より挨拶を』

『おっほん……諸君! 今年もこの獄卒大運動会がやって参りました! 新卒も先輩も、一丸となって楽しんでください! 思えばこの運動会も、何回目だったかなぁ〜、え〜っと……』

「ハイハイ、スピーチは短く端的に」

『ぇえ? あぁ、そうだねぇ。……おっほん、ではっ、獄卒大運動会始めぇぇぇっ!』


閻魔の挨拶に合わせ、何発か花火が打ち上げられた。


"パンッ、パンパンッ"


「「「うおおおおっ!」」」


上がる歓声、ヤル気に満ちた鬼たち。

「さぁて。あとはゆっくり観戦しよ〜っと」

鬼灯と椿がいる本部テントに、挨拶を終えた閻魔が戻ってくる。

薺は救護テントに戻ったようだ。

いつの間にか白澤も戻ってきている。

「今年の大会実行委員長は鬼灯君だっけ?」

「はい。……まぁこの運動会も、今年で100回目ですから、ベテランのことも考えると、一工夫加えるのに苦労しましたよ」

「本当? どんなのだろ、楽しみだなぁ」

「毎年変えてんのか?」

「でないとマンネリ化するでしょう? 今年の指針としては、"スポーツは筋肉"という思想そのものから見直してみることにしました」

そんなわけで、と鬼灯はスピーカーを手に取る。

『第一種目、借り物競争』

かけっこの要領で全員一斉にスタートし、途中に散布されている紙に書いてあるものを、観客席の中から持ってくるという競技だ。

第一走者がスタートラインに並ぶ。

その中には唐瓜と茄子も……

「借り物……あ、そういや茄子お前、二千円返せよ」

「へ?」

「一カ月前に貸しただろ? 何か急にカニ食べたいとか言い出して」

「ん〜? ……あっ、そーだ!ゴメンゴメン」

「いちについて、ヨーイ……


"ズガァン!"


突如、空気を震わせ、とんでもない爆音が響き渡った。

鬼灯が意気揚々と司会を続ける。

『さぁ始まりました第一種目!』

隣で閻魔が唖然とする。

「どうでもいいけど、何あのスタート合図」

「くぁ〜っ、耳痛てぇ……」

「生温いライカンピストルはやめてバズーカにしました。迫力あるでしょう?」

「うん……いや、あのバズーカ撃った子が凄いよね……」

「テメェ鬼灯、ああいうのやるなら最初に言っとけよ……」

「椿さんて、そんなに聴力敏感でしたっけ」

「ンだよ、そのあたしの全てを鈍感と決めつけてるような目は」

爆音に耳と心臓をやられたのか、獄卒のうち何人かがスタートラインに膝をつく。

『おやおや、何名かは音に驚いて早々に脱落ですか。獄卒がそんなことでどうするんですか』

「えっ、厳しいなこの大会! 君に任せて大丈夫なの鬼灯君!」

「ここは地獄なんですよ? この機会にヌルい奴は叩き直します」

そうこう言っているうちに、生き残った獄卒たちが紙のある場所へたどり着いた。

一番乗りの唐瓜が適当に拾ってみる。

「え〜と、お題は……」


【好きな異性(ひと)


「公開処刑だぁぁっ!」


その他にも……

【苦手な先輩】

【私服がダサい上司】

などなど……

『今年の運動会は全体を通して精神的負担を伴います。さぁ、張り切ってどうぞ』

「はりきれませんっ!」

と叫んだ唐瓜の耳に……

「頑張って〜、新卒ちゃ〜ん」

甘〜い応援の声が響く。

「お、お香さん……っ」

「ほら早く〜、行っちゃうわよ〜?」

「い、いっちゃうっ……ゴクリッ」

閻魔は半目でその様子を見守った。

「分かりやすいね、あの子」

『言っちゃいなさいよ唐瓜さん。そして玉砕すればいい』

「ヒイィィッ! 鬼の中の鬼!」

『若いうちのこういう刺激が、脳の活性化に繋がるのです』

「脳は活性化されても! 心は崩壊寸前です!」

椿はつまらなそうに頬杖をついて、鬼灯に訊いた。

「なぁ、これのどこが精神的負担なんだ?」

「分からなくていいですよ、貴女は」

世間体も体裁も気にしない椿には、何の苦痛も感じられない競技だ。

「まぁ、獄卒の苦悶に満ちた顔はなかなか面白いけどな、ははっ」

「楽しんで頂けて何より」

(なんか隣に闇鬼神が二人いるんだけど……)

閻魔は胃が痛い気がした。

「ゴォ〜ル!」

『おっと、そうこうしている間に、茄子さんが一着でゴールしました。お題のクリアは出来たのでしょうか』

「ハ〜イ!」

茄子は、お題の書かれた紙と借りてきたものを、これ見よがしに持ち上げる。

お題は……

【誰かのヅラ】

茄子の手には、ちゃんとお題に沿ったカツラが握られていた。

『素晴らしい、合格です』

「やった〜! あははははっ!」

カツラをもぎ取られた鬼は、膝をついて消沈している。

「……くそっ、バレてないと思ってたのに……」

「何の躊躇もなくもぎ取っていったぞ、アイツっ」

結局、合格者は茄子を含めてわずか数人だった。

もちろん唐瓜は合格ならず。

「ハァ〜イ! リタイアした方々はこちらで〜す!」

「「「?」」」

脱落者たちが声に振り向くと、牛頭と馬頭が大きな袋を構えていた……

 
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