アゲラタム

□第二巻
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「さぁ、着きました。ここが地獄門。天国と地獄と現世、全てに通じ、全ての境となっている場所です」

「何アレ……柱に目玉がくっついてるっ……」

「シロ公、さっさと来いよ」

「え〜……アレ、襲ってこない?」

「襲ってくるわけねぇだろ。ただ監視してるだけなんだから」

門前で立ち止まるシロ。

まどろっこしくなった椿は、シロを抱き上げて門へ入った。

「うわぁ……何か見てくるっ」

「シロさんの恐怖のツボはよく分かりませんね」

「目玉が苦手ってわけじゃねぇだろ? 亡者呵責してりゃ、目玉の一つや二つ落ちるだろうし」

「何かこの暗くてドロドロ〜って感じが嫌なの!」

「んじゃぁ目ぇつぶってろ」

椿はシロの頭をポフポフ叩く。

シロは言われた通り目を瞑った。


それからしばらくすると……

「スンスン……あ、桃太郎だ!」

シロは突然叫び、椿の腕から飛び出して走り出す。

消えていく白い背中を、椿と鬼灯は半目で見送った。

「さっきまで怖がってたのはどーした」

「犬ですからね。基本的に一つのことしか考えられないんでしょう」

すると……

「椿さま! 鬼灯さま!」

明るい声が響き、入れ替わるように、小さな人影が走ってきた。

「お、薺か?」

パフっと椿に抱きつく人影。

「まさかここでお会いできるとは!」

「そうだな」

椿は、三角巾越しに薺の頭を撫でた。

薺は満面の笑みを浮かべる。

鬼灯が、僅かに首をかしげて訊いた。

「桃太郎さんもいらしているのでは? 先ほどシロさんが走っていきました」

「はい、シロさんとは先ほどそこですれ違いました。桃太郎さんはもちろん、白澤さまも一緒なのです!」

それを聞いた瞬間、鬼灯の眉間にしわが寄る。

「あ、いたいた、薺ちゃ〜ん」

天国方面の暗闇から、手を振る白澤と、シロを抱えた桃太郎が歩いてきた。

「もう、いきなり走ってっちゃうからビックリし「ソイヤ!」


"ゴキャッ"


「ブフォッ!?」

白澤の顔面に、鬼灯の拳がめり込む。

「フー……。一本」

構えていた拳を降ろした鬼灯に、白澤が鼻血を垂らしながら迫った。

「何の挨拶もなくそれかコノヤロウ!」

「いえ、どうせ貴方と会ったら最後こうなるんですから、先に一発かましとこうと思いまして」

「80年代のヤンキーかお前は!」

二人を見ながら、桃太郎とシロ、椿と薺は思った。

((何でわざわざ絡むんだろう……))

互いに無視すればいいものを、わざわざ絡んで事態を大きくするのが常だ。

「胸糞悪いよ。さっさと用事済ませて、地獄名物の花街にでも行こう」

そう言う白澤に、桃太郎が首をかしげて訊く。

「そんな所があるんスか?」

「あるよ〜? そりゃーもうぱっつんぱっつんのおねーちゃんがいっぱいの、天国みたいな地獄が」

「へ、へぇ……」

すると、薺が何かを思い出すように視線を巡らせ、白澤の傍へ寄った。

「白澤さま、いつも行かれるお気にいりのお店、ほんじつは休業日です」

「え、うそっ!?」

「あ、あの、なんで薺さんがそんなこと知ってるんスか……」

「その白豚によく連れてかれてるからじゃないですかね」

「白澤、ツラ貸せ。潰す」

「ちょっ、待って待って椿ちゃん! 連れていっても配慮はちゃんとしてるから! 薺ちゃんが一緒だと、薺ちゃんを可愛がりに女の子たちが寄って来るんだよ!」

「よーするに餌じゃねぇか」

「違うって!」

必死に弁解する白澤を、鬼灯はため息混じりの冷めた目で見下ろした。

「貴方、女性なら手当たり次第ですか」

「むっ……人聞きが悪いな。ストライクゾーンが広大だと言ってよ……。まぁ、乳はあるに越したことはないけどね」

「昔は微乳の方が美人とされてましたよ?」

白澤は薺に後ろから抱きついた。

「どっちも好きだね。大っきな乳は包まれたい。小っさな乳は包んであげたい。ね〜?」

「あ、ははは……」

同意を求められるも、薺は抱きつかれたまま苦笑いしていた。

そのとき……


"ジャララ…"


鬼灯の背後で鎖が引かれる音がした。

椿さん、薺さんを

「ん? ……あぁ、なるほど」

鬼灯の方を振り返って状況を察した椿は、白澤の腕の中から薺を引っ張り出した。

「ちょ〜っとこっち来い、薺」

「椿さま?」

薺が無事に救出されたのを見届けると、鬼灯は鎖を引いて白澤の方へ仕向けた。

「ほらよ、巨乳好きの淫獣。包まれろ」

「んもぉ〜〜!」

「ひっ!?」

現れた巨体を見るなり、白澤は逃げ惑う。

「見事な巨乳の上、四つもありますよ?」

「多けりゃいいってもんじゃない!」

「んもぉ〜ぅ!」

「彼女、立派な女性だけど! 反芻するだろうが!」

「何を生意気な。偶蹄類同士仲良くなさい」

神獣(ボク)を分類すんなぁぁ!」

「はははっ、確かに牛だもんなぁ、お前」

「でも、白澤さまは反芻いたしませんよ?」

「そこ問題じゃないからね薺ちゃん!?」

「包容力・巨乳で豊満・母のようにおっとりなど、男性が女性に求める一般的な理想像をまとめると、牛になると思うんですよ」

「曲解だぁ!」


"ガシッ"


「のわぁあっ」



白澤はついに捕まった。

それを、桃太郎が引き気味に見つめる。

「……なんか、変な牛だな」

怪力で締め上げられながら、白澤が青い顔で答えた。

「……変も何も、彼女が牛頭だからね……っ」

「えっ、コレが牛頭!?」

「コレだなんて失礼ねぇ、んもぉ〜ぅ」

「牛が喋ったぁ!」

「いや、シロ、お前だって犬だけど喋ってるだろ?」

牛頭は、酸欠で真っ青な白澤に頬擦りする。

「前からこの(ヒト)、カワイイと思ってたの〜」

「てめ……っの闇鬼神……こーなると分かってたなっ?」

「はい。獣同士を射るキューピッドになって差し上げようかと」

「どっちかっつーとハンティングだろ!」


"ドサッ"


白澤はようやく解放された。

「いてててっ……右肩が脱臼してるや……」

牛頭の怪力に締め上げられ、白澤の右腕は力なくプラ〜ンと垂れ下がっている。

「薺ちゃ〜ん、ちょっと治すの手伝ってくる?」

「あ、はい!」

トテトテ駆け寄った薺は、白澤の右腕を持ち上げた。

「では、いきますよっ」

「うん……」


"ゴキッ"


「い"……ってぇぇ……」

二人とも整体技術に長けているだけあって、関節は綺麗にハマった。

「ふう……ありがとね」

「いえいえ」

白澤に頭を撫でられ、薺は嬉しそうに目を細める。

そこに、牛頭が自身の肉体美を見せつけるような動きで、にじり寄った。

「んねぇ白澤様、どう? アタシ、牛乳なら出るわよ? 頑張れば練乳もイケる気がする」

「いや、どうって言われても……」

鬼灯も勧奨に加わる。

「きっと良妻ですよ。マタドールが100人向かって来ても守ってもらえるでしょう」

「そんな機会、たぶん無い」

「……」

「……」

ほんの三秒ほど、鬼灯と白澤は睨み合った。

そして……


「「本当、コイツとだけは1ミリも分かり合え(ません)(ないよ)」」


見事にシンクロしたのち、互いの頬をつねり合う。

二人を見つめ、牛頭は小さなため息を漏らした。

「ホント、男っていつまでもお子様よね」

椿が笑う。

「ははっ、そうかもな」

「そういえば椿様、お久しぶりねぇ」

「おう。今度から閻魔庁勤めになったんだ。これからちょくちょく会うと思うから、よろしくな」

「あらそうなのぉ? 嬉しいわっ。いつでもいらしてね? 女子だけで語り合いましょう?」

「あ、あぁ……そのうちに、な……」

ガールズトークなるものが得意ではない椿。

ここへ来るときは、話に巻き込まれないよう気をつけようと決めた。

……と、そこへ。

「牛頭〜!」


"パカラッパカラッ"


牛頭を呼ぶ声と蹄の音が聞こえてきた。

闇の向こうから、牛頭と同程度の巨体が姿を現す。

「ちゃぁんとお仕事なさってよぉ〜」

ハイ、と牛頭に長杖のようなものが手渡された。

「アラやだ、ゴメ〜ン」

「んまぁいいけどねぇ〜」

「よぉ、馬頭もいたんだな」

「あらっ、椿様じゃな〜い! ご無沙汰〜!」

久々の再会で声が高くなる馬頭。

シロはその足元へ寄って首をかしげた。

「ゴズメズ?」

「そうよぉ? アタシたち」

「地獄の門番、牛頭と馬頭」

そう言ってピタッと前足を合わせる二人。

「すごぉい息ピッタリ! ぐりとぐらみたい」

椿がフッと笑う。

「あの絵本か。牛頭と馬頭はアイツらよりすげぇぞ」

「うふふっ、何千年も二人で門番してますもの。シンクロナイズドスイミングの大会でも優勝しましたわ!」

「恋バナとかも二人でするのよ〜?」

「へぇ〜!」

素直に感心するシロに対し、桃太郎は相変わらず引き気味。

「草食のはずなのに、なんか肉食っぽい……」

椿がケロっとした顔で答えた。

「そりゃあ、本当に肉も食うからな」

「そうなんすか……って、ぇえっ!?」

桃太郎がビビっている間に、牛頭と馬頭は鬼灯と白澤に話しかけていた。

「見たとこ、お二人も親友?」

「違います」「違うよ」

「あら、殿方って素直じゃないのねぇ」

「ふふっ、ホントよねぇもう」

「……はぁ。だいぶ脱線してしまいました。さっさと蹄もらって帰りましょう」

「あ、そうだ。僕も角もらいに来たんだ」

「な〜んだそうなのぉ?」

牛頭の角と馬頭の蹄をそれぞれ受け取って、鬼灯たちは地獄門へ、白澤たちは天国門へ歩いていった。

「「また来てね〜!」」







「あ、おかえりなさい!」

「馬頭の蹄は手に入りましたか?」

地獄に戻ってきた鬼灯たちを、鍋の番をしていた柿助とルリオが迎えた。

「えぇ。鍋の番、ご苦労様でした」

鬼灯は鍋の前に立ち、馬頭の蹄をすり潰して入れる。

もうすぐ完成だと分かる椿は、瞳を輝かせて鍋を覗き込んだ。

「さて、あとは地獄の蜘蛛を一匹……」

黒光りする蜘蛛が入った瞬間……

「「「うっ、臭ぁぁ!?」」」

不喜処トリオは鼻を塞いで後ずさった。

椿が怪訝な顔をする。

「なぁに言ってんだ。この匂いが美味さの秘訣だぞ?」

「まぁ、鬼だけが好きな味ですけど」

鬼の好物は人や動物とは一線を画し、独特の臭みのある食べ物を好む者が多い。

「さぁ、出来ました、天罰鍋。罪を犯しても天網恢恢」

鬼灯は大きめの器に具材を盛り、椿に手渡した。

「何百年ぶりだろうな、お前の天罰鍋!」

椿は器を鼻に近づけ香りを楽しんでから、汁をすすった。

「か〜っ、ウマっ! 店売りより鬼灯の作った鍋の方が美味いんだよなぁ。匠の味っつーかなんつーか」

「それはどうも。おかわりもありますから、たくさん食べて下さい」

「おう!」

驚異的な速度で繰り返しおかわりする椿。

それを見つめる鬼灯の目は、何だかいつもより温かみがあった。

 
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