アゲラタム
□第二巻
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「漢方を熟知してると、女子に大人気だよ」
「……え」
いきなり白澤の放った言葉に、桃太郎は唖然として、薬膳を掻き混ぜる手を止めた。
9、龍虎の二重奏
桃太郎に薬膳の作り方を教えていた薺は、困ったように笑った。
「またそのお話しですかぁ……」
「女子に大人気って、白澤様らしいというか、下卑た理由ですね……」
「いやいや、侮るなかれ。そもそも漢方は、『弱った体を元気にする』のが基本だから。西洋医学では治しにくい冷え性・生理痛にも効果的なんだ」
話しながら、白澤は陶器の筒を開け、中身を数本引っ張り出す。
「はい、桃タロー君。コレを切って煮て?」
「あ、はい。……見たことないな。この生薬は何なんですか?」
「冬虫夏草。蛾なんかの幼虫に寄生するキノコだよ。一種の変態」
薺が補足説明をした。
「漢方にはですね、上薬・中薬・下薬と3つあるのです。下薬にいくほど副作用がひどくなるので、ふつうは上薬をベースに調合するのですよ」
「なるほど……」
桃太郎は真面目にメモを取っていく。
ついでにと、白澤は東洋医学の治療法をいくつか紹介した。
「まぁ、薬の他にも鍼治療や温熱治療もするから、こんなのも使う」
そう言って、懐から鍼を出す。
「へぇ〜そんなことまで。薺さんも鍼治療とか出来るんですか?」
「はい、できますよ。白澤さまほどではありませんが……」
「いやいや、僕と比べたって遜色ないよ。もう800年近く勉強してるんだから」
「……どんな熟練整体師も敵いませんね」
「そ、そんなことはっ」
薺は真っ赤なほっぺたを押さえて、首をブンブン横に振った。
「桃タロー君もやる? 教えてあげるよ?」
「あ、いえ……まだ薬のことで手一杯です……」
「フフ、まぁ、ゆっくりやってこう。時間は腐るほどある」
「はい! ……おっと、薬膳が煮え立ってきたな。次は、えっと……」
「ふふっ、メモをみてください。牛頭さんの角なのですよ」
「あ、そっか。……ゴズって何ですか?」
「お会いしたことありませんか? 地獄の門番のひとりなのです。その方の角を、ときどき削らせていただいているのですよ」
「へ、へぇ〜」
桃太郎の脳裏に、現世の奈良にいるマスコットキャラクターが浮かぶ。
白澤が陶器の小瓶を手に取った。
そして首をかしげる。
「あれ、ストックが無いや。……そういえば、前回作ったときに無くなったんだっけ。取りに行っとけばよかったか……」
「のちのち必要になりますし、いま取りに伺ってはいかがでしょう」
「それもそうだね、行こうか」
薬膳の火を一旦止めて、三人は地獄門へと向かった。
その頃。
「簡法を熟知していると、上司に大人気ですよ」
「え……下卑たやり方ですね」
ルリオが引き気味に鬼灯を見る。
……今日は珍しく、鬼灯が休みの日。
椿も午前で仕事が終わるため、ちょっと遅めの昼食に、鬼灯が天罰鍋を作っていた。
鬼灯が大鍋で何かを煮込む傍ら、不喜処トリオがお手伝いをする。
そこへ……
「うぃ〜す」
ダルそうに椿がやってきた。
鍋をかき混ぜながら、鬼灯が軽く会釈する。
「お疲れ様です。早かったですね。まだ10時半ですよ?」
「腹減ってたから超速で終わらせてきた。……いい匂いだな。もう出来んのか?」
「もう少しです」
「えぇ〜……腹減って死ぬ」
椿はテキトーな場所に座って項垂れる。
そこへシロが走り寄ってきた。
「椿様〜!」
「おー、シロ公」
「ねぇねぇ、カンポウって何?」
「簡法? おい鬼灯、コイツらに何仕込んでんだよ」
「そろそろ仕事にも慣れてきた頃かと思い、少々アドバイスを」
「真っ黒いアドバイスしやがって」
「何言ってるんですか。簡法はズルでも悪事でもありませんよ?」
「普通はな。けどお前の簡法は普通じゃねぇんだよ」
「ねぇねぇそれで? カンポウって何なの?」
「んー、簡単に言やぁ、マニュアルだけじゃ分かんねぇコツだの整理法だのを見つける、ってことだ」
「そもそも仕事は『自分で近道を見つける』のが基本ですからね。簡法を熟知すれば、功科に繋がるのです」
「……う〜ん? 分かんない!」
「お前は分かんなくていいさ」
椿はシロを抱き上げ膝に乗せ、暇つぶしに撫で回す。
「わふ〜ん……」
まったりとろけ顔のシロ。
ルリオはその表情を見て、ため息をついた。
「お前も少しは学ぼうとしろよ……。それにしても椿様って、面倒くさそうにしてますけど、いろいろ知ってますよね」
「ん〜? そうか〜?」
「椿さんは物事をありのままに考えますからね。文字通りスポンジ脳です」
「それ、褒めてんのか? 貶してんのか?」
「さぁ、どうでしょう。……あ、コイツを切って煮て下さい」
サラリとそう言って、鬼灯が差し出したのは、その辺で捕まえてきた亡者。
「ヒイイィィィっ」
「ワン! 俺やる〜!」
シロが椿の膝から飛び降り、亡者を噛み砕きに走る。
「ぎゃぁぁぁっ、離してくれぇぇぇ!」
「鬼灯様ぁ、コイツの罪は〜?」
「盗聴と懸想です。我の強い要注意人物で、気精も強い。一種の変態です。変態にも上級・中級・下級とあるのですが、コイツは間違いなく下級ですね」
ルリオが引き気味に訊いた。
「そんなランク分けあるんすか…」
「えぇ。何故か女子にも人気なエロ男爵を上級、一般人を中級、誰からもドン引きされる奴を下級といいます」
「そ、そうですか……」
話している間も、亡者は噛み砕かれていく。
絶えず断末魔が響き渡っていた。
椿が半目で声をかける。
「おーいシロ公、噛み砕くのはいいが、脳ミソは垂らすなよ? その鍋、脳ミソ入ってねぇと美味くねぇから」
「は〜い!」
……やがて、断末魔は聞こえなくなった。
十分にほぐされた亡者が、鍋に投げ込まれる。
「あ、そうでした、馬頭の蹄」
「「「メズ?」」」
「馬頭っつーのは、地獄の門番の一人だ」
「その蹄をたまに削らせてもらって、鍋料理の隠し味に使っているのですが……ストックがありません。取りに行かないと」
「俺も行くーっ!」
「アタシも久々に会いに行くかな」
「……では、柿助さんとルリオさんは、ここで鍋を見ていていただけますか? 亡者がよく焦げ付くので」
「はい」
「分かりました」
鍋の番を二匹に任せ、二人と一匹は地獄門へ向かった。