アゲラタム
□第二巻
3ページ/16ページ
8、三匹が逝く!
ある日。
閻魔庁にて。
「え? 鬼灯様、今日はおやすみなの?」
閻魔を前に、シロが素っ頓狂な顔で尋ねた。
隣には柿助とルリオもいる。
「二日も徹夜続きだったから、さすがに休ませたよ。まだ寝てるんじゃないかな」
「んじゃ椿様は?」
「椿ちゃんは仕事出てるよ。あっちこっち回ってるんだけど、今どの辺にいるかな……」
「えー。せっかくお話ししようと思って来たのに……」
閻魔は顎に手を当てた。
「う〜ん……もう昼だし、鬼灯君は起こしても大丈夫だと思うけど……。ヘタに起こすと、一瞬にして君の顔の形が変わるかも」
「何されるの!?」
「あの子は寝坊なんてしないから、まず人に起こされるってことが無くて……っていうかそれが嫌いみたいで、以前、出張で同じ部屋に泊まったときにさぁ……」
遡ること数年前。
出張の折、経費削減のために、閻魔と鬼灯は同じ部屋に泊まった。
翌朝、鬼灯より早く目を覚ました閻魔は、いい天気だなと窓の外を見た。
そのとき……
「あ、カブトムシ!」
近場の木に、大量に集まったカブトムシを見つけた。
「鬼灯君、起きなよ! そこの木、すごい数のカブトムシ!」
「……」
「ねぇ鬼灯君ってば!」
「……」
「あっ、ほらほらクワガタもいる!」
「……」
「あれ、ひょっとしてミヤマじゃない?」
「……」
「絶対そうだ! ミヤマだよ! 鬼灯君! ほら起きt"ゲシッ!"
「おフッ!?」
鬼灯は寝ながらにして、的確なローキックを繰り出してきた。
そして……
「チッ……早起きすぎるジジィ…」
と呟きながら、再び布団にもぐった。
「あのあと、しばらく立てなかったよ……」
「そんなに!?」
三匹は揃って青ざめた。
「それにあの子、けっこう爆睡型だから、なかなか起きないかも……」
ルリオはシロを見た。
「お前、ちょっと行って起こしてこいよ」
「えーっ、なんで俺?」
「お前、鬼灯様のこと大好きだろ? なんかこう、アメリカンホームドラマのおバカな犬みたいに、顔でも舐めてこいよ」
「そんなアットホームな展開、鬼灯様に期待できるかな……。それに俺、アメリカのバカ犬みたいにトイレの水とか飲まねぇもん! 一緒にしないで!」
「でも、蛇口から垂れる水はよく舐めてるだろ?」
「なんか気になるんだもんアレは!」
柿助が青ざめた顔で、二匹を止めようとする。
「なぁ、やめとこうぜ? "触らぬ鬼神にタタリなし"って言うだろ?」
「"鬼神"じゃなくて"神"だろ」
「ちょっとした出来心が身を滅ぼすこともあるんだから……」
「出来心でカニに青い柿をぶつけた600年前のお前の精神状態って何?」
「う〜〜……栗と蜂はいいとして、何なの臼って、どんな交友関係!?」
「ま、まぁとりあえず、行ってみたら? もしかしたら鬼灯君も起きてるかもしれないし」
「あ、じゃあ閻魔様も!」
「わしは行かない! 孫のためにも、まだ逝けない!」
というわけで、三匹は鬼灯の部屋へと向かった。
扉には分かりやすい鬼灯のマーク。
そして立ち入り禁止の札……
「なんか、まだ部屋の前なのに、既に威圧感があるな……」
ゲームのボス部屋を前にした気分だと、三匹は思った。
"キィ……"
ちょっと扉を開けて中に入ってみる。
真正面のベッドで、鬼灯が規則正しく寝息を立てていた。
「爆睡型ってホントなんだね。ちょっとの音じゃ起きないみたい」
「何となくああいうタイプって、敏感にすぐ起きそうだけどな……」
「……にしても凄いな、この本の数」
「いろんな薬の匂いがする」
三匹はコソコソと、部屋の中を物色し始めた。
「わぁ、生薬だ」
「あっ、クリスタルなヒトシ君!」
「あれ、それ鬼灯様のデスクにもあったような……え、もしかして2個!? すげぇ!」
「何だろこの金魚、変なの〜」
「そりゃ蘭鋳って金魚だよ」
「アハハ、これもランチュー?」
「この辺は貰い物っぽいな……」
「あ、コレ、地獄製菓の限定品じゃない?」
「食玩がちょこちょこある……」
「けっこう収集癖があるタイプなんだな」
と、そのとき……
"もそ…"
「「「 ! 」」」
鬼灯が動いた。
三匹は、起こしてしまったのかと冷や汗をかいたが、どうやら寝返りを打っただけらしい。
「なんだ寝返りか……」
「あ、見て見て!」
シロがベッドによじ登り、鬼灯の頬をモフモフと触る。
「ほっぺに跡ついてる」
「そうか、うつ伏せになれないもんな」
「え、なんで?」
「いや、だって構造的に……」
「「はっ、角が刺さる!」」
「そういうこと」
「じゃぁ覗き穴からスパイとかできないね」
「どんな着眼点だよ……」
「あ、でも、もう一つ穴開ければ頭が固定されて、むしろラクじゃない?」
「……うん、もう一つ開けてる時点でターゲットにバレバレだろ」
「………すー…すー…」
「「「……」」」
三匹は鬼灯の寝顔を見下ろした。
「ほっぺ触っても起きないなんて、相当お疲れなんだね」
「やっぱり起こすのよそう」
「そうだな」
シロが器用に鬼灯に布団を掛け直す。
「鬼灯様、ゆっくり寝ててね」
「あぁ、全ての社会人がぐっすり眠れる世が来ないかな……」
と、そこに……
「何やってんだお前ら」
「「「ひぁぁぁっ!」」」
いきなり声が聞こえて、三匹は揃って肩を揺らした。
戸口を振り返ると、椿がキョトンとした目でこちらを見ている。
「なぁんだ椿様か……」
「鬼灯様が起きたのかと思ってびっくりしましたよ……」
「おはよう! 椿様!」
シロがしっぽを振りつつ寄れば、椿はしゃがんでその頭を撫でた。
「何してんだ? 鬼灯の部屋なんかで」
「あのね、非番だからお話しようと思って。椿様はどこにいるか分からないから、鬼灯様を起こしに来たの」
「ふ〜ん。だったらさっさと起こせばいいだろ?」
椿は立ち上がり、ハンマー片手に鬼灯に歩み寄る。
「ぅえっ!? 蹴られちゃうよ!?」
「だぁいじょうぶ」
椿はニヤリと笑みを浮かべ、鬼灯の耳を掴んだ。
「おーい起きろ〜、ねぼすけ〜」
声を掛けながらグイグイ引っ張る。
すると案の定……
"ヒュッ"
回し蹴りでもするように、鬼灯の脚が出てきた。
「おっと」
"ガンッ"
椿はハンマーの柄でその脚を受け止める。
「……」
鬼灯は無言のまま、のっそり起き上がった。
いくら丈夫な鬼灯といえど、椿の鋼鉄ハンマーを蹴れば痛い。
「……何してるんですか、人の部屋で」
人ひとりくらい呪い殺せそうな声が響く。
しかし椿は動じない。
「何って、三匹がお前に用があるっつーから起こしただけだ」
「……それだけじゃないでしょう?」
「ははっ、バレたか? もちろんお前の不機嫌なツラ見るためn"ゴスッ"
「……なぁおい、乙女の顔面にグーパンはねぇんじゃねぇの? なぁ」
椿はこめかみに青筋を浮かべて、鬼灯の拳を受け止めている。
「誰が乙女ですか。自分の言動見直してから言って下さい」
鬼灯は諦めたように拳を下げた。
「……徹夜明けの爆睡を無理に起こされると、結構キツイんですよ……勘弁してください」
「ははっ、そりゃ悪かったな」
椿は鬼灯の頭をポンポン叩いてから、乱れた髪を梳くように撫でる。
「……?」
撫で方が妙に優しくて、鬼灯はチラリと椿の顔を見上げた。
いつものようにユルい笑顔の中で、眉根が少しだけ下がっている。
「仕事で徹夜か?」
……あぁ、そういうことか。
「いいえ。薬の研究の続きを始めたら、止まらなくなりまして」
そう言ってやると、下がっていた眉根が上がった。
「そっか」
安堵したような、笑顔。
やれやれ、と短いため息をついて、鬼灯は目を閉じた。
「今何時ですか?」
「ちょうど昼休みだ。徹夜明けならそろそろ起きる頃だったろ? お前もともと睡眠時間短いし」
「……まぁ、そうですけど」
「ついでだ、メシ食いに行かね?」
「いいですよ」
「ねぇねぇ、俺たちも一緒に行っていい?」
「あぁ、いいぞ」
「やった! 鬼灯様と椿様とご飯だ!」
はしゃぐシロをよそに、鬼灯はのっそりと布団から出て、身支度を始めた。
洗面所で顔を洗って、歯を磨いて……
「あのさぁ椿様」
「ん〜?」
シロの声に、鬼灯の部屋を物色していた椿が振り向いた。
「人の身支度ってなんか見ちゃうよね」
「そうか〜?」
投げやりな返事をしながら、椿は部屋の物色に戻る。
「……うん、椿様に訊いた俺が間違いだったかも」
フォローするように柿助が言う。
「分かる。なんか見ちゃうよな。桃太郎のときも何でか毎朝見てたし」
「そういえば桃太郎の寝起きって凄かったよね」
「ヒーローとは思えない夜明けだった」
口を漱いだ鬼灯が振り返った。
「別にその情報はいらなかったです」
歯ブラシを置くと、今度はカミソリを手にする。
「鬼灯様って髭剃る意味あるの?」
「まぁ確かに男性の中では薄い方ですけど、身だしなみは細かいところまでちゃんとしないと。……椿さんにもそうしてほしいんですけどね……って、椿さんはどこですか?」
ルリオが部屋の方を羽で指した。
「さっきから鬼灯様の部屋を物色してます。……ていうかそのカミソリ床屋さん用じゃないっすか! 素人が持ってていいんすか!」
「あ、そうだ。シロさんもプードルみたいに剃ってあげましょうか」
「いやだぁぁぁぁっ!」
「なぁ鬼灯、机の上にあった金魚草パイ、食っていいか?」
「えぇ、別にいいですけど」
「そっか」
ぱくり、ごっくん。
「……せめて2〜3回くらい噛みなさい」
「ん、あー大丈夫大丈夫」
「見てるこっちが胸焼けするんですよ」
鬼灯は再び鏡に向き合い、髪を整える。
シロが思いついたように声を上げた。
「そういえば鬼灯様、今日は一日お休み?」
「えぇ」
「じゃあお昼食べたら遊ぼ!」
「オイオイ、鬼灯様の貴重なお休みに……」
「別にいいですよ。……さて、そろそろ行きましょうか」
鬼灯は三匹を連れて洗面所を出る。
すると、大量の食玩を抱えた椿がいた。
幾つかは既に食べた後らしい。
「……椿さん、私は金魚草パイについてはOKしましたが、他の食玩に触れていいとは言ってませんよ?」
「ケチくせぇこと言うなよ。どうせオマケ収集したいだけで、食いモンそのものに興味はねぇだろ? ちゃーんとオマケはそこの机に綺麗に並べてあっから、安心しろ」
まるで商品棚のように、オマケの玩具が一つ一つ等間隔に並べられていた。
収集家としては嬉しい。
「それはどうも。……しかし、一言くらい断ってから食べて下さい」
「ほーい」
「昼食、行きますよ」
「よっしゃ!」
「食玩は置いて行きなさい」
「えーっ」
「帰りに取りに来ればいいでしょう。そんなの持ったまま食べに行くつもりですか」
「道すがら食えばいいかと思って……」
「食べ切れる云々は心配してませんが、大量のゴミはどうするつもりですか。ゴミ箱は常駐されてませんよ?」
「んじゃあ今食う!」
"ペロリ、ゴックン"
そんな擬音語が当てはまるほど、一瞬にして食玩は消えた。
ため息をつく鬼灯の横で、三匹が青ざめる。
「椿様、マジでブラックホール……」
「それで昼食入るんですか……」
「あの程度で椿さんのお腹は膨れませんよ」
「「「えー……」」」
それから、鬼灯の部屋を後にし、二人と三匹は閻魔殿の長い廊下を進んだ。
「そういえば、お三方、よく私の部屋が分かりましたね」
「あぁ、閻魔様に教えて貰ったんです」
「入る許可も貰いました」
途端、鬼灯の周囲だけ空気が暗転する。
「そういえばシロさん、遊びたいんでしたよねぇ」
「ん? うん、そうだよ!」
「ボール投げなんていかがです?」
「やったぁ! 俺ボール大好き!」
早く投げてと言わんばかりに、鬼灯に飛びつくシロ。
その横で、これから起きることを予想した柿助とルリオは、青ざめた。
「では、シロさん」
「はい! いつでもバッチ来いです!」
「魂取って来い!」
"ヒュンッ、ギュルルルッ!"
「おフッ!?」
鬼灯が投げたボールは、一直線に閻魔の頬を目掛けて飛んでいったとさ。
→ 9,龍虎の二重奏