アゲラタム

□第二巻
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8、三匹が逝く!


ある日。

閻魔庁にて。

「え? 鬼灯様、今日はおやすみなの?」

閻魔を前に、シロが素っ頓狂な顔で尋ねた。

隣には柿助とルリオもいる。

「二日も徹夜続きだったから、さすがに休ませたよ。まだ寝てるんじゃないかな」

「んじゃ椿様は?」

「椿ちゃんは仕事出てるよ。あっちこっち回ってるんだけど、今どの辺にいるかな……」

「えー。せっかくお話ししようと思って来たのに……」

閻魔は顎に手を当てた。

「う〜ん……もう昼だし、鬼灯君は起こしても大丈夫だと思うけど……。ヘタに起こすと、一瞬にして君の顔の形が変わるかも」

「何されるの!?」

「あの子は寝坊なんてしないから、まず人に起こされるってことが無くて……っていうかそれが嫌いみたいで、以前、出張で同じ部屋に泊まったときにさぁ……」



遡ること数年前。

出張の折、経費削減のために、閻魔と鬼灯は同じ部屋に泊まった。

翌朝、鬼灯より早く目を覚ました閻魔は、いい天気だなと窓の外を見た。

そのとき……

「あ、カブトムシ!」

近場の木に、大量に集まったカブトムシを見つけた。

「鬼灯君、起きなよ! そこの木、すごい数のカブトムシ!」

「……」

「ねぇ鬼灯君ってば!」

「……」

「あっ、ほらほらクワガタもいる!」

「……」

「あれ、ひょっとしてミヤマじゃない?」

「……」

「絶対そうだ! ミヤマだよ! 鬼灯君! ほら起きt"ゲシッ!"

「おフッ!?」

鬼灯は寝ながらにして、的確なローキックを繰り出してきた。

そして……

「チッ……早起きすぎるジジィ…」

と呟きながら、再び布団にもぐった。




「あのあと、しばらく立てなかったよ……」

「そんなに!?」

三匹は揃って青ざめた。

「それにあの子、けっこう爆睡型だから、なかなか起きないかも……」

ルリオはシロを見た。

「お前、ちょっと行って起こしてこいよ」

「えーっ、なんで俺?」

「お前、鬼灯様のこと大好きだろ? なんかこう、アメリカンホームドラマのおバカな犬みたいに、顔でも舐めてこいよ」

「そんなアットホームな展開、鬼灯様に期待できるかな……。それに俺、アメリカのバカ犬みたいにトイレの水とか飲まねぇもん! 一緒にしないで!」

「でも、蛇口から垂れる水はよく舐めてるだろ?」

「なんか気になるんだもんアレは!」

柿助が青ざめた顔で、二匹を止めようとする。

「なぁ、やめとこうぜ? "触らぬ鬼神にタタリなし"って言うだろ?」

「"鬼神"じゃなくて"神"だろ」

「ちょっとした出来心が身を滅ぼすこともあるんだから……」

「出来心でカニに青い柿をぶつけた600年前のお前の精神状態って何?」

「う〜〜……栗と蜂はいいとして、何なの臼って、どんな交友関係!?」

「ま、まぁとりあえず、行ってみたら? もしかしたら鬼灯君も起きてるかもしれないし」

「あ、じゃあ閻魔様も!」

「わしは行かない! 孫のためにも、まだ逝けない!」





というわけで、三匹は鬼灯の部屋へと向かった。

扉には分かりやすい鬼灯のマーク。

そして立ち入り禁止の札……

「なんか、まだ部屋の前なのに、既に威圧感があるな……」

ゲームのボス部屋を前にした気分だと、三匹は思った。


"キィ……"


ちょっと扉を開けて中に入ってみる。

真正面のベッドで、鬼灯が規則正しく寝息を立てていた。

「爆睡型ってホントなんだね。ちょっとの音じゃ起きないみたい」

「何となくああいうタイプって、敏感にすぐ起きそうだけどな……」

「……にしても凄いな、この本の数」

「いろんな薬の匂いがする」

三匹はコソコソと、部屋の中を物色し始めた。

「わぁ、生薬だ」

「あっ、クリスタルなヒトシ君!」

「あれ、それ鬼灯様のデスクにもあったような……え、もしかして2個!? すげぇ!」

「何だろこの金魚、変なの〜」

「そりゃ蘭鋳って金魚だよ」

「アハハ、これもランチュー?」

「この辺は貰い物っぽいな……」

「あ、コレ、地獄製菓の限定品じゃない?」

「食玩がちょこちょこある……」

「けっこう収集癖があるタイプなんだな」

と、そのとき……


"もそ…"


「「「 ! 」」」


鬼灯が動いた。

三匹は、起こしてしまったのかと冷や汗をかいたが、どうやら寝返りを打っただけらしい。

「なんだ寝返りか……」

「あ、見て見て!」

シロがベッドによじ登り、鬼灯の頬をモフモフと触る。

「ほっぺに跡ついてる」

「そうか、うつ伏せになれないもんな」

「え、なんで?」

「いや、だって構造的に……」

「「はっ、角が刺さる!」」

「そういうこと」

「じゃぁ覗き穴からスパイとかできないね」

「どんな着眼点だよ……」

「あ、でも、もう一つ穴開ければ頭が固定されて、むしろラクじゃない?」

「……うん、もう一つ開けてる時点でターゲットにバレバレだろ」


「………すー…すー…」


「「「……」」」


三匹は鬼灯の寝顔を見下ろした。

「ほっぺ触っても起きないなんて、相当お疲れなんだね」

「やっぱり起こすのよそう」

「そうだな」

シロが器用に鬼灯に布団を掛け直す。

「鬼灯様、ゆっくり寝ててね」

「あぁ、全ての社会人がぐっすり眠れる世が来ないかな……」

と、そこに……


「何やってんだお前ら」


「「「ひぁぁぁっ!」」」


いきなり声が聞こえて、三匹は揃って肩を揺らした。

戸口を振り返ると、椿がキョトンとした目でこちらを見ている。

「なぁんだ椿様か……」

「鬼灯様が起きたのかと思ってびっくりしましたよ……」

「おはよう! 椿様!」

シロがしっぽを振りつつ寄れば、椿はしゃがんでその頭を撫でた。

「何してんだ? 鬼灯の部屋なんかで」

「あのね、非番だからお話しようと思って。椿様はどこにいるか分からないから、鬼灯様を起こしに来たの」

「ふ〜ん。だったらさっさと起こせばいいだろ?」

椿は立ち上がり、ハンマー片手に鬼灯に歩み寄る。

「ぅえっ!? 蹴られちゃうよ!?」

「だぁいじょうぶ」

椿はニヤリと笑みを浮かべ、鬼灯の耳を掴んだ。

「おーい起きろ〜、ねぼすけ〜」

声を掛けながらグイグイ引っ張る。

すると案の定……


"ヒュッ"


回し蹴りでもするように、鬼灯の脚が出てきた。

「おっと」


"ガンッ"


椿はハンマーの柄でその脚を受け止める。

「……」

鬼灯は無言のまま、のっそり起き上がった。

いくら丈夫な鬼灯といえど、椿の鋼鉄ハンマーを蹴れば痛い。

「……何してるんですか、人の部屋で」

人ひとりくらい呪い殺せそうな声が響く。

しかし椿は動じない。

「何って、三匹がお前に用があるっつーから起こしただけだ」

「……それだけじゃないでしょう?」

「ははっ、バレたか? もちろんお前の不機嫌なツラ見るためn"ゴスッ"

「……なぁおい、乙女の顔面にグーパンはねぇんじゃねぇの? なぁ」

椿はこめかみに青筋を浮かべて、鬼灯の拳を受け止めている。

「誰が乙女ですか。自分の言動見直してから言って下さい」

鬼灯は諦めたように拳を下げた。

「……徹夜明けの爆睡を無理に起こされると、結構キツイんですよ……勘弁してください」

「ははっ、そりゃ悪かったな」

椿は鬼灯の頭をポンポン叩いてから、乱れた髪を梳くように撫でる。

「……?」

撫で方が妙に優しくて、鬼灯はチラリと椿の顔を見上げた。

いつものようにユルい笑顔の中で、眉根が少しだけ下がっている。

「仕事で徹夜か?」

……あぁ、そういうことか。

「いいえ。薬の研究の続きを始めたら、止まらなくなりまして」

そう言ってやると、下がっていた眉根が上がった。

「そっか」

安堵したような、笑顔。

やれやれ、と短いため息をついて、鬼灯は目を閉じた。

「今何時ですか?」

「ちょうど昼休みだ。徹夜明けならそろそろ起きる頃だったろ? お前もともと睡眠時間短いし」

「……まぁ、そうですけど」

「ついでだ、メシ食いに行かね?」

「いいですよ」

「ねぇねぇ、俺たちも一緒に行っていい?」

「あぁ、いいぞ」

「やった! 鬼灯様と椿様とご飯だ!」

はしゃぐシロをよそに、鬼灯はのっそりと布団から出て、身支度を始めた。

洗面所で顔を洗って、歯を磨いて……

「あのさぁ椿様」

「ん〜?」

シロの声に、鬼灯の部屋を物色していた椿が振り向いた。

「人の身支度ってなんか見ちゃうよね」

「そうか〜?」

投げやりな返事をしながら、椿は部屋の物色に戻る。

「……うん、椿様に訊いた俺が間違いだったかも」

フォローするように柿助が言う。

「分かる。なんか見ちゃうよな。桃太郎のときも何でか毎朝見てたし」

「そういえば桃太郎の寝起きって凄かったよね」

「ヒーローとは思えない夜明けだった」

口を漱いだ鬼灯が振り返った。

「別にその情報はいらなかったです」

歯ブラシを置くと、今度はカミソリを手にする。

「鬼灯様って髭剃る意味あるの?」

「まぁ確かに男性の中では薄い方ですけど、身だしなみは細かいところまでちゃんとしないと。……椿さんにもそうしてほしいんですけどね……って、椿さんはどこですか?」

ルリオが部屋の方を羽で指した。

「さっきから鬼灯様の部屋を物色してます。……ていうかそのカミソリ床屋さん用じゃないっすか! 素人が持ってていいんすか!」

「あ、そうだ。シロさんもプードルみたいに剃ってあげましょうか」

「いやだぁぁぁぁっ!」

「なぁ鬼灯、机の上にあった金魚草パイ、食っていいか?」

「えぇ、別にいいですけど」

「そっか」

ぱくり、ごっくん。

「……せめて2〜3回くらい噛みなさい」

「ん、あー大丈夫大丈夫」

「見てるこっちが胸焼けするんですよ」

鬼灯は再び鏡に向き合い、髪を整える。

シロが思いついたように声を上げた。

「そういえば鬼灯様、今日は一日お休み?」

「えぇ」

「じゃあお昼食べたら遊ぼ!」

「オイオイ、鬼灯様の貴重なお休みに……」

「別にいいですよ。……さて、そろそろ行きましょうか」

鬼灯は三匹を連れて洗面所を出る。

すると、大量の食玩を抱えた椿がいた。

幾つかは既に食べた後らしい。

「……椿さん、私は金魚草パイについてはOKしましたが、他の食玩に触れていいとは言ってませんよ?」

「ケチくせぇこと言うなよ。どうせオマケ収集したいだけで、食いモンそのものに興味はねぇだろ? ちゃーんとオマケはそこの机に綺麗に並べてあっから、安心しろ」

まるで商品棚のように、オマケの玩具が一つ一つ等間隔に並べられていた。

収集家としては嬉しい。

「それはどうも。……しかし、一言くらい断ってから食べて下さい」

「ほーい」

「昼食、行きますよ」

「よっしゃ!」

「食玩は置いて行きなさい」

「えーっ」

「帰りに取りに来ればいいでしょう。そんなの持ったまま食べに行くつもりですか」

「道すがら食えばいいかと思って……」

「食べ切れる云々は心配してませんが、大量のゴミはどうするつもりですか。ゴミ箱は常駐されてませんよ?」

「んじゃあ今食う!」


"ペロリ、ゴックン"


そんな擬音語が当てはまるほど、一瞬にして食玩は消えた。

ため息をつく鬼灯の横で、三匹が青ざめる。

「椿様、マジでブラックホール……」

「それで昼食入るんですか……」

「あの程度で椿さんのお腹は膨れませんよ」

「「「えー……」」」

それから、鬼灯の部屋を後にし、二人と三匹は閻魔殿の長い廊下を進んだ。

「そういえば、お三方、よく私の部屋が分かりましたね」

「あぁ、閻魔様に教えて貰ったんです」

「入る許可も貰いました」

途端、鬼灯の周囲だけ空気が暗転する。

「そういえばシロさん、遊びたいんでしたよねぇ」

「ん? うん、そうだよ!」

「ボール投げなんていかがです?」

「やったぁ! 俺ボール大好き!」

早く投げてと言わんばかりに、鬼灯に飛びつくシロ。

その横で、これから起きることを予想した柿助とルリオは、青ざめた。

「では、シロさん」

「はい! いつでもバッチ来いです!」

(タマ)取って来い!」


"ヒュンッ、ギュルルルッ!"


「おフッ!?」


鬼灯が投げたボールは、一直線に閻魔の頬を目掛けて飛んでいったとさ。





9,龍虎の二重奏
 
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