アゲラタム
□第一巻
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「お互い東洋医学の研究をしてまして……」
「そ。まぁ色々と付き合いがね……」
「でも極力会いませんね」
「え、何でですか……?」
「それ訊いちまうのか桃太郎……ぶふっ」
「いつまで笑ってるんですか椿さん。……まぁ一言で言うと、コイツが大嫌いなんです」
鬼灯は白澤を指さした。
「僕もお前なんか大っ嫌いだよ! ……大体、僕は吉兆の印だよ? こんな常闇の鬼神と親戚だったら信用ガタ落ちだよ」
「は、はぁ……そういうモンなんすか?」
「いいですか桃太郎さん。コイツの脳味噌は信用してもいいですが、口は信用してはなりませんよ」
そう言う鬼灯の手は、もの凄い力で白澤の頬をつねっている。
対して白澤の手には、いかにも怪しげな毒の瓶が握られていた。
「よぉ兄ちゃん、何も言わずにコレ飲んでくれん? なぁ」
「それより、注文していた金丹は?」
「あぁハイハイ、それはきっちり本物を…」
「偽物があるのが前提ですか」
鬼灯がため息をつくと、薺が苦笑いしながら言った。
「ざんねんながら、さいきんはトラベル中国語会話にすら『##RUBY#这是真的吗#これは ほんもの ですか##?』という例文がのっているのですよ……」
「大事な文章なんでしょうね……」
「あはは……」
桃太郎が首をかしげて訊く。
「ところで、金丹って何ですか?」
「中国の妙薬ですよ」
白澤がポケットから金丹を取り出した。
「コレだよ」
「うわぁ……宝石みたいっすねぇ」
「すっごく貴重なんだよ? 医療研究の一環じゃなきゃ、こんなヤローに渡したくないんだけどさ。一応コイツも閻魔大王の補佐官だし、仕方なく」
……と、話す白澤に、鬼灯がツカツカと近づいていった。
「な、何だよ……」
"ポン"
突然、金丹が乗った白澤の手に、自分の手を重ねる。
「え、何、気持ちわ「バルス!」
"メキメキメキッ"
「ぎゃああああっ!! 手が、手があぁぁっ!!」
「は、白澤さまっ!?」
オロオロと、薺が駆け寄る。
「テメっそれは何か!? 滅びよってことかオイ! お前ジブリマニアか! 痛ってぇなくそっ、これだからコイツ嫌なんだよ! 人でなし!」
「人じゃないですよ」
「この手は男の硬い手じゃなくて! 女の子の柔らかい手を握るためにあるんだ!」
白澤はわざとらしく泣き真似をして、薺に後ろから抱き付き、その頭に顎を乗せる。
「薺ちゃ〜ん、おまじないやって〜?」
「は、はいっ。痛いの痛いの、とんでけ〜! ……とんでいきました?」
「うん、ありがと」
神獣ゆえに治癒力が高く、ベッキベキだった白澤の手は治っていた。
……薺におまじないをさせる必要はなかっただろう。
白澤はお礼の印とでも言うように、薺の額に軽くキスを落とした。
それを見た椿は、ハンマーを握りしめる。
「薺〜、嫌なら嫌っつっていーんだぞ? この世にはセクハラっつー言葉があんだ。あたしが今すぐ潰してやるよ」
椿の頬には、青筋がくっきり。
対して薺は、白澤の腕の中に収まったまま、嘘偽りない笑みを浮かべていた。
「セクハラだなんてそんな。これで痛みが癒えるのでしたら、何度でもいたします!」
薺があまりにも純粋な目をしているため、椿は不服そうな顔で、構えていたハンマーを降ろす。
「あぁも〜っ、かぁわいいなぁ薺ちゃん」
「く、くすぐったいですよ」
白澤に頬ずりされて、困ったような、でも嬉しそうな薺。
白澤は薺を抱きしめたまま、鬼灯に悪い笑みを向けた。
「ところで、金丹の代金5000元。くふふっ、10万円でいいよ〜」
「金額盛ってんじゃねぇぞ白豚…」
桃太郎は唖然としながら椿に訊く。
「5000元って何円なんすか?」
「ん〜? 今んとこ1元12円だったか? 6万円ってとこだろ」
「あ、なるほど……そりゃ確かにボッタクリになっちゃいますね……。っていうか、さすがよく知ってますし計算速いっすね……」
「そうか?」
出来るヤツは往々にして、その才能に無自覚のなのだ。
「あぁ、あとついでに高麗人参もください。そろそろ切らしそうなので」
「好的、採ってくる〜。……薺ちゃん、寂しいだろうけどちょっと待っててねっ」
白澤は名残惜しそうに薺から離れ、畑の方へ歩いていった。
寂しいのは薺じゃなくてお前だろ、と、椿は白澤を白い目で見送る。
薺は慣れているのか、甘えん坊な子供を見送る母のように手を振った。
「いってらっしゃいですよ〜」
その横で、桃太郎はハッとする。
「あ、雑用は俺がやりま「良いのです。アレに採りに行かせなさい」
鬼灯が桃太郎を制しつつ、声を張り上げた。
「白澤さん、一つ言います。由緒ある神獣でもバチは当たりますよ」
「当たらないも〜ん。むしろお前に当たれ」
"ベキッ"
「?」
普段聞きなれない音と沈むような感覚に、白澤は自分の足元を見た。
"メキメキッ……ズボッ"
「うわっ!」
「「白澤さま!?」」
薺と桃太郎が慌てて駆け寄るも、白澤は突然地面に空いた穴から、下界へと落ちていった。
現世を突き抜け、地獄まで真っ逆さま。
それを、鬼灯は無表情で見下ろす。
「これが本当の奈落の底。…フッ、人がゴミのようだ!」
『うるせぇっジブリマニア!』
それから約1分後…
「イタタタ……昨日までこんな穴なかったのに……何コレ怖っ」
白澤は自力で這い上がってきた。
そのスペックに、桃太郎は唖然とする。
(さすが神獣……どうやって上がってきたんだ……?)
「大丈夫ですか? 白澤さま……」
「うん……ありがとね、薺ちゃん」
甲斐甲斐しく世話を焼く薺。
椿はそっと、鬼灯に訊いた。
「……おい、あれは素なのか?」
「……薺さんですか? ……まぁ、一種の刷り込みみたいなものだと思いますけど」
「……出会い頭はガキだったもんな」
「……えぇ。おそらく、アイツを親のようなものと認識しているのでしょう。それに、一応は東洋医学の師匠でもありますし……」
「……白澤の女癖の悪さは知ってんのかよ」
「……それはもちろん。女癖の悪さも、それがどうしようもないことも知った上で、薺さんはあの白豚のことを慕っているようです」
「……うわ〜、もったいねぇ」
「……本当ですね」
鬼灯は金丹を懐に仕舞いつつ歩き出した。
「さて、そろそろ帰りますかね。……あぁ、高麗ニンジンはいいですよ? あなたを落とし穴にハメたかっただけなので」
「やっぱテメェの仕業かコレは!」
「えぇ。私自ら不眠で約6時間かけて掘りました。落ちたことを誇りに思え」
「ロンドンハーツのスタッフか!」
「あなたが人間なら、とっくに大量受苦悩処地獄へ堕ちているでしょう。……いやぁ、徹夜した甲斐がありました」
「薬代払ってとっとと地獄へ帰れ!」
「はわわっ、あまり叫ばないでください白澤さまっ、血が止まりません!」
「だってよ白澤。薺の言うこと聞いて大人しくしてろ。んじゃ、またな薺」
「はい、椿さま! また来てくださいね?」
「おう。これからは閻魔庁勤めだからな。頻繁に会うことになるさ」
「そうなのですか!?」
「あぁ。お前も遊びに来いよ?」
「はい、絶対に伺います!」
あの頃とは違って満面の笑みを浮かべる薺。
女タラシでどうしようもない白澤に預けるのは正直不安だったけれど、案外よかったのかもしれない。
そう思って、椿は口角を上げた。
……その後、鬼灯と椿は不喜処トリオを連れて地獄へ戻っていった。
シロはきちんと、仙桃をプレゼントできたそうである。
→ 5,いかにして彼らの確執は生まれたか