アゲラタム
□第一巻
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ところ変わって、桃源郷の仙桃農園にて。
「あぁ、天職が見つかるって素晴らしいなぁ……俺、今まで何であんなに愚かだったんだろう」
一人、遠い空を見つめながら、桃太郎が仙桃を収穫していた。
「わざわざ無駄な喧嘩ふっかけて、イタい奴だったよなぁ俺。心なしか、あの頃よりイケメンになった気がする」
カゴいっぱいまで仙桃を収穫すると、桃太郎は店へと戻っていった。
「白澤様〜、仙桃の収穫終わりまs「ホォァチョオオォォッ!」
"ブンッ、ゴチンッ"
店の引き戸を開けた瞬間、白澤が飛んできて桃太郎に衝突した。
怒っているらしき女性が店を出ていく。
「……イヤ、ホント、怖いよね、女の子って」
「えーと……とりあえず、シャチホコみたいになってますよ? 白澤様」
「ははは……」
軽く苦笑いしてから、白澤はくるりと身を起こした。
「あ、仙桃穫ってきてくれた? 謝謝、ありがとね」
「はい……そういえば、俺がここへ来てから実に8人目の女性を見た気が……」
「違うよ。厳密に言うと9人だよ。薺ちゃんのこと計算に入れてないでしょ」
「あぁ、そうでした……。ところで、その薺さんは?」
「兎ちゃんたち連れて畑に行ってるよ。近いうちに、研修を兼ねて君にも一緒に行ってもらうからね」
「は、はぁ……」
「ところで、さっきはゴメンね。怪我は?」
「いえ、大丈夫です。すみません」
白澤は桃太郎の服のホコリを払ってやる。
そこで、三角巾についている葉っぱに目が留まり、手に取った。
「この葉っぱ、何だか分かる?」
「え、何だろ……あ、ホオズキ?」
「そう。覚えてきたね。鬼の灯りと書いて鬼灯。鬼は中国語で幽霊だから、亡者が持つ赤い提灯ってこと。根っこは生薬で、主に鎮咳剤や利尿剤として用いられる。それに、わずかだけど毒もある。昔、遊女が堕胎薬として服用していたこともあって、妊婦さんは食べちゃダメ」
「その通り。アルカロイド及びヒストニンを含みますので、流産の恐れがあります」
「そうそう」
……ってアレ? この声は……
「もっとも貴方は、たらふく食って内臓出るくらい腹下せばよいのです」
白澤は確信を持って青ざめ、振り向きざまに指をさした。
「伏せろ! コイツは猛毒だ!」
対して桃太郎はキョトンとする。
「あ、鬼灯さん。椿さんも」
「どうも」
「お〜っす」
「あれ、椿ちゃん? 久しぶりだねぇ! 相変わらず美人だぁ、あははっ」
"ゴスッ"
「そのヤらしい手つきやめろ白澤。殴るぞ」
「……ぅん、言う前に既に殴ってるその気の短さも、相変わらずみたいだね……」
「桃太郎、遊びに来たよ! ワンワン!」
「おーっ、シロっ、柿助っ、ルリオ!」
「元気? 桃太郎」
「元気元気〜。何だお前ら、少しデブったんじゃねぇのか?」
「お仕事順調?」
「順調順調! ……それに俺、薬についても学んでるんだ。今の時代、手に職かなって。不況にも強き資格と専門技能!」
「大人になったね、桃太郎」
「この漢方の権威、中国神獣の白澤様に教わってるんだ」
「##RUBY#你好#こんにちは。##RUBY#清多关照#よろしくね##」
白澤は、椿に殴られた頬をさすりながらも、笑顔で手を振った。
「白澤様は凄いんだぜ? 知らない薬はないんじゃないかな」
「へぇ〜」
そうして、桃太郎たちが再会の喜びに浸る中、椿はキョロキョロと辺りを見渡す。
「なぁ白澤」
「ん? なぁに?」
「薺はどこにいんだ?」
「あぁ、薺ちゃんは兎ちゃんたちを連れて畑に行ってるんだ。すぐ近くだから、呼んでくるよ」
そう言って、白澤はどこかへ歩いてった。
「んーと、たぶんこの辺りに……あ、いたいた」
畑の真ん中辺りで、白い兎たちがせっせと採集している。
その中に一羽だけ、ひと回り大きな黄色い兎がいた。
「薺ちゃ〜ん」
白澤が呼ぶと、本人を含め、すべての兎がそちらを向く。
「白澤さま?」
薺は兎の姿のまま、白澤の足元へ走り寄った。
「どうかなさいました?」
「ふふっ、薺ちゃんにお客さんだよ」
「わたしに?」
「800年ぶりくらいかな〜」
「!」
思い当たる節があるらしい。
薺の頬が紅潮し、瞳はキラキラと日の光に輝いた。
「少々お待ちください!」
薺は急いで兎たちの元へ戻り、何やら話をすると、くるりと宙返りして人に戻った。
そして白澤の元へ帰ってくる。
「お待たせしました! みなさんには、指定の薬草をあつめたらお店にもどるよう言ってきました!」
「そっか、ありがとね〜。それじゃ、行こうか」
「はい!」
しばらくして。
「お待たせ〜」
遠方から白澤の声が聞こえて、椿はそちらを向いた。
白澤が手を振っている。
そして、何か小さいものが走ってきた。
「椿さま!」
バフっと、それは椿に抱きつく。
「っと、薺か。ちっとだけデカくなったか? はははっ」
「えへへっ、椿さまはお変わりないようで」
椿は、満面の笑みを浮かべる薺を見下ろし、頭を撫でた。
「随分と笑うようになったじゃねぇの」
「もちろんです! せっきゃくの基本は笑顔だと、白澤さまに言われておりますから!」
「ははっ、そうか」
椿がチラリと見れば、白澤はこちらを見ながら、糸目で微笑んでいる。
安心したかい、と訊かれている気がした。
答えは一目瞭然だ。
ふと、桃太郎が首をかしげた。
「あの、皆さんはお知り合いなんですか?」
鬼灯が腕を組んで答える。
「まぁ一応。色々ありましてね」
「というか、鬼灯さんと白澤様は親戚か何かで……?」
桃太郎が恐る恐る訊くと、椿が吹き出した。
「ぶっくくくっ、そうだよなぁっ、似てるよなぁ、あははははっ!」
「ひわわっ、椿さまっ、しーっ」
"ヒュッ、ガキンッ!"
一振りされた金棒を、椿は笑いながらもハンマーで受ける。
椿に抱きついていた薺は、目の前で火花を散らした金棒とハンマーに縮み上がった。
「違いますよ桃太郎さん、ただの知人です」
鬼灯と白澤は鏡合わせのように睨み合った。