アゲラタム
□第一巻
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2、シロ、日々勉強
椿が、閻魔大王の第二補佐官として研修を始めてから、数日後。
『非常警報! 非常警報! 等活地獄より亡者一名が逃亡! 直ちに全獄門を封鎖して下さい! 繰り返します! 等活地獄より―――』
地獄中に響き渡ったアナウンス。
椿が呆れ顔で口角を上げた。
「あららぁ、獄卒としてあるまじきことを。鬼神様が怒るぞ〜?」
独り言のようにそう言って、視線を横に向ければ、常闇の鬼神様が、人を射殺せそうな目をしていた。
そこに……
「鬼灯様ぁぁぁぁっ!」
茄子を連れた獄卒が走ってきた。
「この新人がうっかりワンセグ持ち込んで、悪霊サダコが逃げました!」
"ガンッ!"
一言の声掛けもなく、まずは金棒で茄子の顔を殴る鬼灯。
それからガミガミと説教を始めた。
「新人研修でちゃんと注意したはずですよ! そうでなくても何かするときは、報告・連絡・相談!」
「もっ、申し訳ございません……っ」
話を聞いていた椿が、首をかしげる。
「つーか、わんせぐって何だ?」
「え、知らないんですか!?」
「そいつの言うことは無視して下さい。阿鼻に引きこもりすぎて、最近の文化を全く知らないだけです。……それより、ワンセグから逃げるなんてガッツありますね」
「いやもう、すっごい頑張ったみたいで……」
茄子を金棒でグリグリつついていた鬼灯は、小さくため息をついて、顎に手を当てた。
「サダコですか……あの亡者はテレビさえあれば逃げるんですよね」
椿はきょとんとする。
「そんな奴いんのか」
「えぇ。ここ最近出てきた悪霊の一人です」
「つーことは何、そいつは今テレビってやつの中にいんのか?」
「そうなりますね」
鬼灯はしばらく考えたのち、獄卒たちに目を向けた。
「今すぐ、この近隣のテレビ画面を、全て御札で封印しなさい。そしてブルーレイ内蔵52型テレビを、ここに設置するのです」
「「えっ!?」」
「ぶ、ぶるぅれいって何だ……? 青い霊のことか? ってそりゃブルーゴーストか……」
というわけで、鬼灯の言う通り、周囲のテレビを全て封印して、52型テレビの前で待ち構えていると……
"ズオオォォォ…"
「うおぉぉ……何コレ凄い画素数……アレ?」
どろどろっと出てきたサダコは、自分が取り囲まれていることに気づき、肩を揺らした。
「ほらご覧なさい。甘いエサにつられて、ノコノコ出てきました」
冷静にそう言う鬼灯の隣で、椿は腰に手を当て、サダコを見下ろす。
「テレビって確か、電気で自動的に動く絵巻物みたいなヤツだよな。そんなもんにとり憑くなんざ、最近の悪霊はハイテクだねぇ」
「年寄り臭いですよ」
サダコは辺りを見渡し、奥歯を噛み締めた。
「く、くそっ、おのれ、謀ったな! かくなる上は、貴様ら鬼の角を全部折ってやる!」
取り囲んでいた鬼の一人が、呆れ顔をする。
「日本中を震撼させた割に、やることがせこいぞ……」
「うっ、うるさい! 女の祟りは蛇の千倍と知れ! 覚悟ォォ!」
叫びつつ、サダコは鬼灯に飛びかかる。
「あっ、危ない鬼灯様!」
周囲の獄卒たちが慌てふためく中、鬼灯本人も、その隣の椿も、眉一つ動かさない。
二人にとっては悪霊ごときの祟など、毛ほども脅威にならないのだ。
と、そこに……
「ワン!」
"ガブッ"
どこからかシロが飛んできて、噛み付いた。
「ギャアアァァッ!! 何この白犬!」
「よし、今だ!」
「かかれ!」
「サダコを捕まえろ!」
シロの活躍により、サダコは無事捕らえられた。
その後、鬼灯は足元に寄ってきたシロの頭を撫でる。
「よくやりましたね、シロさん。B級ホラー映画の狼男みたいに、素敵な登場でした」
「はいっ、鬼灯様!」
「久しぶりだなぁシロ公。不喜処地獄には慣れたのか?」
「あっ、椿様! はいっ、夜叉一先輩にいろいろ教わってます!」
立ち話も何なので、傍の自販機で飲み物を買い、近場のベンチに腰掛ける。
そして、シロに不喜処での生活を聞いていると……
「シロ! アンタ報告書早く出しなさいよ!」
「あっ、はい、すみません…」
茶色のトイプードルがやってきた。
「"申し訳ございません"でしょ!? 早く覚えなさいまったく!」
「は、はい……」
「おう、お疲れー」
「あっ、部長〜、お疲れ様で〜す!」
向こうからガタイのいいドーベルマンがやってくると、トイプードルは声高に走り寄っていく。
鬼灯は、あらかた想像はついているものの、シロに尋ねた。
「彼女は?」
「う……不喜処のお局様です…」
シロ曰く、先輩に教わったことの中に、最重要の三箇条というものがあるそうだ。
一、お局様をキレさせない
二、お局様がキレても正論で対処しない
三、お土産は従業員:お局様=1:2
「……その先輩、いったい何があったんですか」
「お局様は先輩には妙に厳しいんだけど、部長と喋る時は声がワントーン高くて……」
「これはアレか? 泥沼オフィストライアングルってやつか? 初めて聞いたぞ」
「まぁ、阿鼻地獄のようなところでは起こり得ないでしょうね」
阿鼻に就くような獄卒は、虫や珍獣が主で、鬼は比較的ドライな性格の持ち主が多い。
メンタルが異常なほど強くなくては、阿鼻になど就けないからだ。
「いいなぁ……俺も阿鼻地獄行きたいかも……。あのお局様、暇があったらゼクシィとか眺めちゃってんですよ? へっ、無理だよ」
可愛いはずのシロの顔が歪む。
「おやおや、いけませんよ。それはあなたの主観でしょう? そもそも、彼女は本当にその部長が好きなんですかね」
「鬼灯様、オスは辛いよ……。俺もメスなら良かったのかなぁ、ねぇ椿様」
「ん、メス? なるか? キ●タマ落とせばお前も今からメスだぞ? 潰すのと切り落とすのどっちか選びな」
「ひいぃぃっ」
「椿さん、あまりそういう言葉を口にしない方がいいですよ」
「るっせー」
「……まぁ、シロさんの場合、今は耐えるしかないでしょう。上司というものは、何かと色々あるものなのです」
と、そこに通りかかった"上司"。
「あっ、鬼灯君に椿ちゃん、君らも休憩?」
「おっす、大王〜」
「あ、ジュースなんか飲んじゃって〜。なになに? 誰の噂話?」
歩み寄ってきた閻魔は、ベンチに座るもう一匹に目を留めた。
「あ、キミもしかして、新入社員のシロちゃん?」
「ワン!」
「可愛い〜! 真っ白だねぇ!」
鬼灯が、思い出したように立ち上がる。
「そういえば、お二方は初対面でしたね。紹介しま…」
「おいでおいで! お手! おかわり!」
「ワン!」
閻魔は鬼灯を無視するように、シロと戯れる。
「閻魔大王、きちんと挨拶を……」
「お〜い大王、鬼灯が呼んでっぞ〜?」
「伏せ!」
「ワフン!」
「おぉっ、さすが! 桃太郎の元お供なだけあるね!」
「閻魔大王…」
「大王〜?」
「じゃあ少し高度なヤツ行こう! イノキのモノマn"ゴッ、バキッ"
金棒とハンマーが、同時に閻魔にめり込んだ。
「人の話聞こうぜ? 大王」
「シロさん、この方が天下の閻魔大王です」
「ぐふっ……よろしく、わしが閻魔じゃ。そしてあの二人はわしの腹心……のはずです」
「げ、元気ですかっ」
「……今あんまり……」
椿はシロの眼前にしゃがみ、気さくな笑みを浮かべて頭を撫でた。
「いいかぁシロ公。たとえポンコツでも、一応コレが大王だからな?」
鬼灯も当然のように頷く。
「そうです。不本意な時もあるでしょうが、しっかり尽くすのですよ?」
「キミたち、わしのこといつもそうやって言ってるの? ねぇ」
「しっかり尽くせばきちんと成果が……」
「ねぇ、鬼灯君ってば」
「うるさい」
「え、わし今うるさいって言われた?」
シロは鬼灯と椿と、閻魔大王とをキョロキョロと見比べた。
そして鬼灯と椿の間でぴしっと背筋を伸ばして座る。
「はいっ、しっかり尽くします! 鬼灯様、椿様! よろしくお願いします、閻魔さん!」
「あれ!?」
犬は力関係をガッチリ見定めてボスを決め、それをあからさまに態度に出すそうだが、あろうことか王と補佐官の位置関係が逆転してしまった。
「あっ、ねぇねぇそういえばさ、地獄ってもの凄く広いね。俺びっくりしちゃった。今まで桃太郎と天国にいたから」
椿が、ハンマーで肩をポンポン叩きながら答える。
「そりゃまぁ、天国よか地獄の方が断然広いからな。縦にも横にも」
阿吽の呼吸で、鬼灯が付け加えた。
「元々、日本はこの世とあの世の二世界でした。しかしあるとき、当時"黄泉"と呼ばれていたあの世が亡者で混乱しすぎて、八百万の神々が大会議を行った結果、現在のように現世・天国・地獄と実質三世界へ分けられたのです。地獄の構造はインドや中国などの様々な国を参考に構築されたので、世界的に見ても複雑な構造なのです。池袋駅のように」
「何だ? イケブクロエキって」
「椿様知らないの? FFのダンジョンより訳わかんないくらい出口いっぱいあるんだよ!」
「エフエフ?」
「椿さんはまず、補佐官業務より、ここ2千年の世界の動きを知るべきですね」
「人間進化すんの早すぎだろ」
「貴女がぐうたらしすぎなんです」
「ねぇねぇ、なんで天国より地獄の方が広いの?」
「あぁ、そうでしたね」
「簡単に言うとな? 地獄は死後の裁判が長いから広いんだよ。裁判待ちの亡者の留置場も要るし、刑を執行する場所も要る。どうしたって広大な場所が必要なのさ」
「へぇ〜」
「さて、そろそろ仕事に戻りましょう。シロさんも忙しいでしょう?」
「うん!」
「わしもそろそろ戻るかな」
「というか、あなたが油売ってちゃダメでしょう」
「だぁって疲れるんだもん。勤続云千年だしさ?」
「そりゃこっちだって同じだぞ?」
「椿さんは違うでしょう。阿鼻でぐうたらしながら拷問してただけなんですから」
「あーひっでぇの」
と、そこに……
「シロッ!」
先ほどのお局様の声が聞こえてきた。
シロはあからさまに怯える。
「アンタ、報告書はどうしたってさっきも訊いたでしょ!?」
「あっ、ごめんなさい……」
「あとアンタね、字がヘタなのよ! 報告書はきれいに書く! 基本でしょ!」
怒声を聞きつけてか、夜叉一が走ってくる。
「おいおい、何も閻魔大王の御前で……」
「言うべきことは、どこでも言う主義なの!」
「そうじゃなくて、言い方がマズイって言ってんだよ。シロ、怯えちゃってんだろ?」
「えっ……まぁ、それは……ゴメン」
そうして話す二匹の様子に、シロは首をかしげた。
「あれ? あの、お二方って仲悪いんじゃ」
「ん? あぁ……」
「……どうしよ、言っちゃう?」
「そうだな……予定より早いけど報告するか」
二匹はぴとっと肩を寄せ合う。
「俺たち結婚します」
「あたしは寿退社しまぁす」
「マジでっ!?」
シロはこの世の終わりと言いたげな顔をした。
「シロ、お前もまだまだ青いな。女心くらい分かるようになれよ?」
青ざめて固まるシロをよそに、閻魔や補佐官の二人は拍手を送る。
「わぁ、子犬が楽しみ」
「不喜処って昔から多いよな、職場結婚」
「また従業員不足が……」
後日、夜叉一とクッキーの結婚パーティーの知らせが不喜処を巡ったそうな。
→ 3,地獄不思議発見