アゲラタム

□第一巻
4ページ/15ページ



その頃。

桃太郎は特に迷うこともなく、天国へと上り、桃源郷へやってきた。

「すげぇ、兎と桃だらけだ……」

桃農園の合間の細い道を進む。

しばらくすると、『うさぎ漢方 極楽満月』の看板が見えてきた。

「お、ここか〜。薬局って聞いたけど何するんだろ……薬とか俺分かんないからなぁ……」

とりあえず、店の戸に手をかける。

開けた瞬間、様々な薬の匂いが押し寄せた。

「こ、こんにちは〜……」

恐る恐る挨拶してみるも、店の中は薄暗く、人の気配がない。

「……あれ? 誰もいないのかな……」

それでも、店の奥にはいるかもしれないと、もう一度声をかけてみる。

「こんにちは〜!」

すると……

「は〜い! 今いきま…ぁぎゃっ」


"ゴスッ、バタタタタタタン!"


「ひぎゃああぁぁっ! せっかく整理した本がぁぁっ!」

店の奥の方でとんでもない音と、女の子の絶叫と思しき声が聞こえた。

(だ、大丈夫なのか……?)

しばらくすると、パタパタと走ってくる足音がした。

「はっ、はぁっ……おまたせしまひ、したっ」

(出会い頭にいきなり噛んじゃったよ、この子……)

現れたのは身長140cmほどの少女。

肌は白く、肩ほどまでの金髪の癖毛を後頭部でチョコンと結び、三角巾を巻いている。

白衣はちょうどいいサイズが無いのか、ちょっと大きめだ。

少女は呼吸を整えてから話し始めた。

「お薬ですか? おのぞみのものがあれば、なんでも調剤いたしますよ!」

舌足らずな物言いで、パァっと癒しの笑顔を向けてくる少女に、桃太郎はとりあえず戸惑っていた。

「あー……えっと、薬を買いに来たわけではないんですけど……」

「そうなんですか?」

「あ、はい……何かすみません。……えーと、あなたが白澤さんですか?」

「いいえ、そんな滅相もございません。わたしは薺といいます。白澤さまの指導のもと、ここで薬剤師をつとめております」

そう言って、少女は丁寧に頭を下げた。

日本人ゆえか、桃太郎も反射で頭を下げる。

「白澤さまにご用ですか?」

「あぁ、はい。鬼灯さんの紹介で、こちらに就職するよう言われて来たのですが……」

「鬼灯さま……あ、地獄にお願いした人材貸出しの件ですね! それでは、直接白澤さまにお会いしていただいた方がいいでしょう!」

薺は、ピョンピョンと跳ぶような動きで、店の出口へ歩いていく。

「さぁどうぞこちらへ! ご案内します!」

「あ、はい、どうも……」

常に満面の笑みを浮かべる薺のテンションについていけず、桃太郎はぎこちなく歩き出した。

どこへ行くのかと思っていると、薺はまっすぐ店の外へ出ていく。

「あの、どこへ行くんですか?」

「白澤さまのところですよ?」

「いや、あの、どこにいるのかなと……」

「え〜とですねぇ、すんすん……たぶんあっちです。甘草(かんぞう)を採りにいってるんじゃないですかね」

薺は数回鼻を動かして、一方向を指さす。

「え、今、何で判断したんです?」

「はい? ……あ、もしかして、獄卒の方ではなく、人間の方ですか?」

「あ、はい。桃太郎といいます」

「ほっ、あの有名な! 桃から生まれた桃太郎さんですか!?」

「えぇまぁ……。そこまでちゃんとリアクションしてくれたのは、あなたが初めてですけど」

「あとでサインいただいてもいいですか?」

「あぁはい、構いませんけど……」

「えへへへっ、ありがとうございますっ」

「い、いえ……」

とろけるような顔をする薺に、桃太郎は戸惑うしかなかった。

天然、のように見えるが……

地獄で会った鬼たちとは対極の雰囲気で、逆にどうすればいいか分からない。

「あの、ところで、さっきはどうやって白澤さんの居場所を?」

「あぁ、そういえば話のとちゅうでしたね」

薺はヘラっと笑ってから桃太郎の前で足を止める。

「実はわたし……」


"ボンッ"


突然宙返りしたかと思うと、薺の姿は煙と共に獣へと変わった。

黄色の兎で、額には人間時と変わらず、黒く丸いものがある。

「わたし、俗称はアルミラージといいます。インドではちょっと名のしれた神獣なのですよ」

「そ、そうなんですか……」

さっきまでニコニコしていたはずが、兎になった途端に表情がなくなった。

それでも声はハイテンション。

桃太郎は引きつった笑みを浮かべていた。


"ボンッ"


薺はもう一度宙返りして、人の姿に戻り、歩き出す。

桃太郎は慌ててその後を追った。

「あ、みえてきましたよ? あちらにいらっしゃるのが、漢方の権威、中国神獣の白澤さまです!」

薺が指す先には、畑らしき地面が広がっており、その真ん中で、白衣を着た人影が作業している。

(あの人も神獣!? ……桃源郷ってよく分からないな。あの人も獣に化けるってことか? ……なんか思ってたよりも普通の人っぽいっていうか……)

漢方の権威だと聞いて、仙人のような老人を想像していた。

「白澤さまぁ〜!」

薺が呼ぶと、人影は立ち上がりこちらを向いた。

「あれ、薺ちゃん? どうしたの〜?」

糸のように細められた目。

薺とはまた違ったユルさに、桃太郎は再び戸惑う。

「こちら、人材貸出しの要請で来てくださった、桃太郎さんです!」

「へぇ、君があの有名な? てっきり獄卒の誰かが来ると思ってたからびっくりだよ」

「は、初めまして、桃太郎です…」

初次見面(はじめまして)。僕は極楽満月店主の白澤だよ。一応神獣だけど、女の子と遊びたいから基本的にこの姿でいます」

(初対面から凄い自己紹介だな……)

「ウチでは基本的に、芝刈りや畑の手入れ、仙桃の収穫なんかをやってもらうよ? まぁ、言わば雑用だね。もし興味があるなら、薬に関わる仕事も手伝ってくれたらありがたい。そのためには少し勉強が必要だけど……。どうかな?」

「あ、はい! 喜んでやらせてもらいます!」

「あははっ、そんなにかしこまらなくていいよ〜。気楽に行こ?」

「は、はぁ……」

気楽すぎる気もするけれど、ツッコめない。

「さて、あんまり店を留守にしておけないし、そろそろ戻ろうか。薺ちゃんのことだから、カギ開けっ放しでしょ?」

「はっ」

天国では空き巣など無いに等しいため、防犯意識が薄い。

「すみません!」

「いいよ、どうせ盗みに来る奴なんかいないから。それより、お店で美人のおねえちゃんとか待ってないかな〜」

(……そっちかよ)

薺が記憶を探り、予約表を思い返した。

「美人かどうかはわかりませんが、2時に女性から予約がはいってますよ? 冷え性のお薬3パックだそうです」

「お、やったね〜」

白澤はスキップで歩き出した。

その後ろを、薺が軽やかな足取りでついていく。

途中、後ろをついてこない桃太郎の方へ、振り返った。

「どうしたのですか? 桃太郎さん、いきますよ?」

「あ、はい!」

唖然としていた桃太郎は、慌てて二人の後を追った。


このあと、桃太郎が白澤の女癖の悪さにドン引きするまで、あと一時間……






2,シロ、日々勉強
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ