アゲラタム

□第一巻
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今から約千年前。

和漢親善競技大会の休憩時間。

「……」

「……」

鬼灯と白澤は、互いに微妙な間を開けて、ベンチに座っていた。

すぐ傍には厠がある。


やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、白澤が口を開いた。

「賭けようか」

「何をです?」

「次、そこから出てくる婦人の乳周りが二尺八寸以上か以下か。勝った方が夕餉を奢る」

「くだらないこと考えますね。……まぁいいですよ」

「僕は"以上"に賭ける」

「では私は"以下"で」

そうして始められた賭けは、ただの暇つぶしのはずだったのだが……

「お、出てきた」

「いや、まず女人かどうか……」

二人が食い入るように見つめる中、出てきたのは、スタッフ腕章をつけた日本の鬼。

しかし、性別がどっちか分からない……

「おば……いえ、おじさんでしょうか……」

「と、とりあえずアレは"以上"だろっ、僕の勝ち!」

「いえ、待って下さい。今出てきたお嬢さんはおそらく"以下"ですよ? 先ほどの方が男性なら、私の勝ちです」

「いいや認めないね! 女人の可能性がある限りダメ!」

「あやふやな可能性は除外して、明らかな方を基準とするのも大事です。あなたも審判でしょう?」

「な、何だよ腹立つ言い方だな! ぐちゃぐちゃ言い訳しやがってっ、この倭人!」

「ゴリ押しする人ですね、この漢人!」

と、そこに通りかかった閻魔。

「ちょ、ちょっとちょっと、親善大会で喧嘩しないでよ。ホラ、二人とも似てるんだし、いい顔して? は〜い笑って〜?」

途端、二人は頬に青筋を浮かべて、鏡合わせのように腕を振り抜いた。


"ズダダダダダダダッ!"


「あべしっ」








「そのとき受けた傷がこれってわけ……」

閻魔の胸元に残る、七つの傷跡。

「いい塩梅に……」

「元々 合わなくてピリピリしてたから、あの賭けで爆発しちゃったみたい」

「あははははっ、くっだらねぇよな! 大会の後で大王に聞いて大爆笑だったぜ!」

「あの時は私もどうかしていたのです。あんな賭け……。でも譲りません。アレは私の勝ちです」

「白澤さまも、ときどきそのお話をされますが、毎回鬼灯さまとおなじことをおっしゃいます……」

「あの、思い切って確かめてみたらいいんじゃないですか? その鬼ってスタッフ腕章つけた日本の鬼だったわけですよね。頑張れば特定できなくもないかと……」

「そっか、そうだよね! あの時の名簿くらいあるよ! その人には失礼だけど、この際ハッキリさせて仲直りしたら?」






というわけで。

千年前の記録を漁り、見つけた獄卒の元を訪ねてみた。

「え、あたし? ニューハーフだけど…どこもいじってないわよ?」

それを聞いた瞬間、鬼灯は驚異的な速さで電話を掛けた。

相手はもちろん決まっている。

「体が男性なら、胸囲は男性とみなします!」

『いーや! 心が女性なら、僕は女性だと思うね!』


それを皮切りに始まった論争。

桃太郎はため息をつきながら、薺を見た。

「……帰りましょうか」

「そうですね。つぎのお仕事もはいってますし」

二人は閻魔と椿に向き直る。

「では、お先に失礼します」

「うん、気をつけてね」

「また来いよ」

「はい!」

手を振りながら、二人は桃源郷へ帰って行った。


残された閻魔と椿は、マシンガントークで論争を繰り広げる鬼灯に、ため息を一つ。

「やっぱり、相容れない星の元に生まれたのかなぁ」

「そーなんじゃねぇの? 触らぬ神に祟りなしっつーし。アイツらはできるだけ近づけねぇ方がいんだよきっと。……それより大王、そろそろ時間じゃね? このあと会食だろ?」

「え? あっ、しまった!」

「鬼灯はアタシが引っ張ってくから、先に戻ってろよ」

「うんっ、あとよろしく!」

閻魔は途中で朧車タクシーを拾いつつ、閻魔殿へと戻っていった。

椿は鬼灯の方へ振り返り、呆れ顔で歩み寄る。

「……はぁ」

そして、携帯を奪い取った。

「いい加減にしろ馬鹿」

「ちょ、椿さん何を「あーもしもし白澤? つーわけで話は終わりだ。んじゃな」

『えっ!? ちょ、椿ちゃ……


"ブッ"


喧嘩強制終了。


「……」

「おい、何むくれてんだよ」

「……いいえ別に」

鬼灯は椿の手から携帯を取り返し、懐に仕舞って歩き始めた。

ため息混じりに、椿もその後を追う。

「あーそうだ、鬼灯」

「……何ですか」

嫌そうに振り向いた鬼灯は、いつの間にか椿に右手を取られていた。

「やっぱ腫れてきたな……。ったく、素手で柱なんか殴りやがって。ちゃんと冷やしとけよ? ……って、血ぃ出てるし」

そう言って、手の甲に口付ける。

予想外すぎる行動に、鬼灯は目を見開いた。

「お前に何かあったら、あたしの仕事が増えんだぞ。少しは気ィ遣え」

傷口をペロっと舐めてから、椿は手を放し、行ってしまった。

気だるげに歩く背中を見つめ、鬼灯はフッと短いため息をつく。

(……心配、してくれたんですかね)


もうすぐ昼時だ。

二人は閻魔殿へ戻っていった。

 
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