saiyuki novel

□can not die yet(35)
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「…顔が蒼白いですよ、悟浄」

朝食を摂るために食堂を訪れた悟浄に、八戒は告げた。どちらかというと、彼は日に焼けた健康的な肌をしている。蒼白いという表現は、三蔵や八戒の方が似合うだろう。ぼんやりとした頭でそんな事を考えつつ、

「そお?」

適当な相槌を交わして席に着く。隣の席では黙々と悟空が目の前の皿を平らげている。コイツの胃袋は一体如何なってやがるんだと、朝から悟空の食欲に吐き気を催しながらも、悟浄は箸を手に取った。そんな悟浄の様子を、鋭い紫暗の瞳で射止める人物は、三蔵。そんな三蔵の鋭い視線を無視するように、朝の悟浄は三蔵に視線を合わせる事はなかった。



夢見が、悪かった。
ただ、それだけである。

幼い頃、暴力、罵倒、義母、義兄。
求めて求めて、それでも最後まで与えてもらう事ができなかった愛情。そして、

『アンタさえ、生まれてこなければ』

その言葉を思い出した時、身体の震えが止まった。
ああ、そうだった。すっかり、忘れていた。俺は、生まれてきた事すら罪な存在だったと―――…悟浄に思い出させるように、義母は夢に現れた。



「珈琲、飲みますか?」

悟浄が思考を巡らせていると、八戒が声を掛けた。一瞬、ぴくりと肩を震わせて辺りを伺う。いつの間にか悟空と三蔵は、自室に戻ったようで姿が見えない。悟浄は何事もなかったかのように、いつもの笑みを浮かべた。

「ああ、頼むわ」

悟浄の返答を聞いた八戒は、笑顔でコクリと頷くと、厨房の方へ歩いていった。聡い八戒の事だ。悟浄の様子に違和感を感じているだろうが、気付かない振りをしてくれている。その事が、悟浄にとって救いだった。

「どうぞ」

暫くして、コトンと、テーブルに置かれたマグカップ。そっと触れると、冷えた手が温まる。

「…さんきゅ」

それを一口飲み込むと、口の中に苦味が広がった。珈琲の独特な香りが悟浄を包む。悟浄を取り巻いていた刺々しい雰囲気が少し、柔らかくなるのを八戒は感じた。

「ああ、そうだ」
「あ?」

思い出したかのように声を上げる八戒に、悟浄は視線を向ける。

「いえね、僕、少し用事がありまして…もしよろしければ、悟浄に買い出しをお願いしたいのですが」

用事って何だよと問いかけようと悟浄は口を開きかけたが、思わず開きかけた口を噤んだ。この言葉を口に出していたならば、長い小言を喰らってしまう。悟浄は少し不貞腐れたような顔でこくんと頷いた。

「ありがとうございます。この紙に必要なものは全て記載してあるので、宜しくお願いします」
「〜〜〜…わあったよ」

悟浄はマグカップの中の珈琲を一気に飲み干し、渋々と席を立った。

「あ、夕飯時には戻ってきてくださいね〜」

八戒の言葉に振り返らず、ひらひらを左手を振った。右手にはゴールドカードと、買い出し用の紙を持ちながら。





+++





「だーッ!重い!」

両手一杯の買い物袋を抱えながら、悟浄は宿への道をとぼとぼと歩いていた。こんな沢山の荷物を持ちながらでは、ナンパや夜遊びも出来やしない。

「あーあ、何で俺がこんな事…」

昼間よりも幾分か冷え込んだ空気にぶるりと身を震わせながら、悪態を吐いた。

それでも、今は余り三人と顔を合わせたくなかった。必要とされたくて、愛されたくて、がむしゃらに求めて縋った幼少時代と、今は違う。解ってはいても、悟空ほど強くなく、八戒のように傷を癒せない自分は、この旅に必要なのだろうかと。

「…阿呆らし」

ぐるぐると巡る思考に囚われていると、何時の間にか宿に着いていた。ドアを開けると、温かい空気が身体を包む。思ったより身体が冷えていた事を実感するが、気にせず階段を上る。しんと静まり返ったドアの前でふうと深呼吸を一つ。

ドアを開けた瞬間、パァンと騒がしい音と共に赤、緑、オレンジ、金色と、カラフルな紙吹雪が宙を舞う。何が起きたのか分からず、悟浄はぽかんとした表情を浮かべていた。

「誕生日おめでとう!」

元気いっぱいの悟空の声でハッと我に返る。目の前では、にこにこと笑顔の悟空と八戒、そして不機嫌そうな三蔵。テーブルの上には大きなホールケーキ。真ん中のチョコ板には、ご丁寧に『悟浄誕生日おめでとう』とペイントされていた。

「…ナニ、これ」
「何って、悟浄の誕生日じゃんか!」
「ほら、やっぱり忘れていましたね」
「あれ…そ、だっけ」

毎年、メンバーの中の誰かが誕生日を迎えた時は、こうして祝う事が恒例化していた。もちろん、悟浄の誕生日も例外ではなく。それでも、祝われる事に慣れていない悟浄は、視線を彷徨わせながら頬を少し赤らめていた。

「早くケーキ食べようぜっ」
「今日は上質なお酒も用意してありますよ」

ぐいぐいと袖を引っ張る悟空に何だか、今朝からのモヤモヤが晴れていくような気がした。

「ハハッ、飯の前にデザートかよ。しゃーねぇな」

偽りではない、悟浄の笑顔を見た八戒は、ほっとした優しい表情を浮かべていた。あとは頼みますよと、三蔵に目配せしながら。





+++





祝うと言っても、特別何かをする訳ではない。いつもより少し豪華な料理と、いつもより少し豪華な酒を飲む口実のようなイベント。それでも、生まれてきた事を疎まれるよりかは幾分マシなのは事実。

「もお寝ちまったのかよ猿〜」

あまり酒には強くない、寧ろ弱い悟空は早々に潰れてしまった。八戒はやれやれと立ち上がると、鼾をかきながら眠っている悟空を抱き起す。

「さあ、悟空。部屋に戻りますよ」
「俺も手伝うわ〜、八戒」

気分が良いのか、普段よりも酔いが回っている悟浄。こんな様子では手助けにもならないだろうと八戒は制した。

「大丈夫です。あなたは三蔵の面倒でも見ててください」
「なぁんでこんな生臭坊主の面倒なんか…」
「何か言ったか?」
「いえナニも」

じゃあ、おやすみなさい。
八戒は悟空を抱えながら部屋のドアを閉めた。

急に静かになる空間。
悟浄はポケットの中からハイライトを一本取り出し咥えると、それに火をつけた。二人分の違う煙草の香りが混ざり合う。それが何とも居心地が良く、擽ったい。

「おい」
「なあに、三ちゃん」

悟浄は少しおぼつかない足取りのまま、ベッドに腰かけている三蔵の隣に腰かけた。ギシリ、二人分の体重にベッドが軽く軋む。

「こっち向け」

三蔵に言われるがまま、悟浄は煙草を口に咥えたまま顔を向けた。すると、吸い始めたばかりの煙草を取られる。三蔵は取り上げた煙草を灰皿に押し付け、もう片方の手で悟浄の顎を掴み、自分のソレを悟浄の唇に押しあてた。

「ん…んぅ」

段々と口付けは深くなり、三蔵の舌が悟浄の口内を弄る。ゆっくり甘く、啄むように。悟浄は身を任せるように、三蔵の背中に手を回した。

「ん…ふっ」

チュッと音を立てると、三蔵は惜しむように唇を離した。飲み込めなかった唾液が口の端から溢れ、顎を伝う。真紅の瞳は酔いと快楽によって潤み、情欲的だ。二本の古傷が目立つ頬は、熱を帯びて少し紅い。三蔵はそっと耳元に顔を寄せた。

「誕生日、おめでとう」

告げると、悟浄はぴくりと身体を揺らした。

生まれてきた事を何度も悔やんで、考える事も億劫で、生きる事も面倒だった日々。とにかく頭の中を、カラッポにする事だけを考えて、生きているのか、死んでいるのかも分からなかった。それなのに。

それなのに、今では、死ぬ事が怖い。

「…さーんきゅ」


義母さん、悪い。
まだ、アンタの為に死んでやれない。


悟浄は、三蔵の肩に頬を摺り寄せ、目一杯の幸せを感じた。




fin


誕生日おめでとう!悟浄!
本当に愛してる!だいすきだ!

三浄が好きなのに、三浄らしくて幸せな文が全然ない事に気付きました。悟浄が幸せだったらそれだけでいいよ!と言いながらこのサイトの仕打ちと言ったら…むしろ、管理人の仕打ちと言ったら…(苦笑)。最後まで見て頂きありがとうございます。こちらはフリーとなります。こんな駄文でもよければ、持ち帰ってやってくださいませ。

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