saiyuki novel

□曼珠沙華
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遠くで悟空が騒ぐ声が聞こえる。

すぐに三蔵の怒声とハリセンが風を切り、バシィと軽快な音を立てた。大方、腹が減ったと騒ぎ立てていたからだろう。

立ち上がり輪の中に入ろうとも考えたが、今は目前でそよそよと風に揺られ咲いている紅い花から目が逸らせなかった。


枝も葉も節もない。
それでも、地面に力強く根付いている。


生きる事に執着がなくただ流れるままに堕落生活をしてきたお前と一緒にするなと、言われているようだ。


「…ワリいな」
「何がですか?」
「おわっ、気配消すなよ、オマエ」


返ってくるはずもない返事に驚き振り返ると、そこには八戒がいた。少し動揺してしまった事が恥ずかしく、ポリポリと頭を掻く。八戒は眉を少し下げて困ったように笑うと、隣に腰かけた。


「綺麗ですね」
「…そうね」


少し間を開けて同意の言葉を告げると、八戒は少し驚いたような表情を浮かべて悟浄を見た。だがそれもすぐにいつもの微笑みにかわり、目前の紅い花を見つめる。




少し訪れる沈黙。
出会ってから長年の年月が過ぎるにつれて、二人はこの沈黙の時間を居心地が良いものに変えていた。何かを喋らなくてはと焦らなくても良い、穏やかな時間が二人を包む。


「ねぇ、悟浄」
「んー?」


大体いつもこういった沈黙を破るのは八戒だ。普段饒舌である悟浄は、八戒と二人でいる時間は少しだけ気を抜いてしまうようで、口数が少なくなる。それほど心を許している、唯一人の親友だ。


「彼岸花の花言葉、知ってます?」


唐突な質問も、こういう時間にはよくある。
その時はいつも首を傾げながら小さく唸り、少し考える素振りを見せたあと、自分なりの回答を出す。


「んー…三途の川、とか?」
「あはは、悟浄らしい回答ですね」


単純な回答を遠回しに貶され、不貞腐れる。くすくすと隣で笑い続ける八戒は、笑いすぎて目尻に滲んだ涙を拭うと花を見つめた。悟浄も、つられて目前の紅い花を見つめる。


「花言葉は、情熱、独立、再会、あきらめ、また会う日を楽しみに、悲しい思い出」


『悲しい思い出』を持つ悟浄は、期待する事を『あきらめ』る事で『独立』して生きていた。けれど、仮面を被った心の中はどこまでも他人に優しく、内に秘めた『情熱』を持っている。義兄と敵同士という形で『再会』するが、『また会う日を楽しみに』できる強さも持っている。

…そして。


「想うはあなた一人」


悟浄が想う人は、ただ一人。
神々しいまでの金糸の髪、そして鋭い紫暗の瞳を持つ男。


「…悟浄みたいな、綺麗で力強い花ですね」


そう告げた八戒の表情はとても穏やかで、優しい。愛しい人を想い、そして何よりもその人には幸せになって欲しいと願う気持ちが、八戒の表情を穏やかにさせていた。


「…さーんきゅ」


二人は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
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