saiyuki novel
□曼珠沙華
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心地よい風が頬を伝う。
川辺の隅、大地を踏みしめてそよそよと遠慮がちに咲く紅い花を見つけた。地上に突出した枝も葉も節もない花茎の先には、大きく反り返った花弁。その花は、なんとも力強く、そして儚い。まるで、炎のような紅を纏った男のようだと、悟空は思った。
「食うなよ、それ」
不意に背後から声をかけられビクリと肩を震わせる。振り返ると、シニカルな笑みを浮かべていた。風に靡かれた真紅の髪は存在を強く主張しているようだが、その紅を纏う男は一見強引そうだが、意外と遠慮がちだ。
「違うよ、見てるだけ」
「ふうん…猿に花を愛でる心があるとはねえ」
ふいと視線を逸らし、もう一度花を眺める。すると一呼吸置いて、悟浄はゆっくりと隣に腰かけた。風に揺れ、時たま視界に入る紅い毛先と目前の花が映し出す光景がなんとも綺麗で。触れてみたいという衝動を抑えきれず、ゆっくり手を伸ばす。すると、制するように力強く腕を掴まれた。
「毒がある、触るとケガするぜ」
驚いたように悟浄に目をやる。宝石のような真紅の瞳は申し訳程度に揺れていて、困ったように笑った。
「食ったらあの世行き。…死人花って、呼ばれてる」
そう言って、空を仰いだ悟浄は儚く見えた。
迷惑をかけない場所に咲いていても目を引く程紅い花は『災い』を起こす花だと比喩され、蔑まされる。生きているだけで、存在自体が災いを起こすと言われている禁忌の子と被る部分もある。だが、以前三蔵から聞いた目前の花の意味は、そんな悲しい話ではなかった。
「違うよ」
悟空はかぶりを振ると、目先の花から視線を逸らし、悟浄に向き直った。空を仰いでいた悟浄も、悟空の視線に気付き、目を合わせる。
「いい事が起こる前に、空から降ってくるんだって…なんか、あんまり覚えてねえけどそんなような事を三蔵が言ってた」
何か言いかけようとする悟浄よりも先に、言葉を紡ぐ。
「人に迷惑かけないところに咲いてるだろ?ほんとはいい花なのに…」
悟浄は一瞬だけ目を見開くと、すぐにシニカルな笑みを作った。
その真紅の瞳は揺れる事なく悟空を捉えている。それが何だか嬉しくて、心臓の奥がギュっと鷲掴みにされるような感覚に耐えきれず、悟空はその場を立ち上がった。
「だから、悟浄みたいだなって、思った」
一言残し、ジープの元へ駆ける。
――どんな口説き文句だよ。
その場に取り残された悟浄は、目先の花を見つめながら、苦笑した。