saiyuki novel

□Chateau HAUT BRION(35)
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フと目を覚ました悟浄は、違和感を感じて辺りを警戒するように伺った。割れた食器や花瓶、ビリビリに破れた紙、散らばる無数の血痕の跡。―――嫌という程見慣れたこの光景は、幼い頃暮らしていた家だ。


「タチ悪ぃ…」


ぽろり、悪態を零す。
誰よりも美しく、愛しかった義母の泣き顔や、困ったように微笑む義兄の表情が脳裏を駆け巡る。


「クソッ」


思考を遮断させるため、ふるふると思い切り頭を左右に振る。再び視界を開いた目先には、幼い頃の自分と、そして、涙を流しながら斧を持つ義母の姿。


『…アンタなんか、生まれてこなければよかった』


ぽつりと零された義母の譫言に、自然を身体が震える。

―――この世で紅いモノが血だけだとは思っていない。この紅い髪や瞳を見て、蔑まないヤツが居る事だって知っている。義兄だって、過去を清算して今を生きているのだ。そして、自分も…。

だが、災いの象徴である禁忌の子と共に暮らした女性が、狂い泣き、光の見えない人生で命を落とした。消える事のない憎しみを抱えながら。

それでも、笑ってほしかった。


『おかあさんが教えてくれなかった愛を、僕が教えたいんだよ…』


フと、何度も手を伸ばしそうになった男の言葉を思い出す。義母が教えてくれなかったモノを、教えたいという言葉に不覚にも反応してしまった。男がどれだけ微笑みを向けようが、優しい言葉をかけようが、その男に求めていないモノを貰ったところで嬉しい筈もないのに。


「ククッ…ダセぇ…」


自分の馬鹿さ加減に、自嘲が零れた。

欠陥した感情は、知らないままでも生きていける。
決して消える事はない過去も、なにもかも、蓋をしてしまえばいい。そうやって、生きてきた。

目前で起きている過去の光景が、ジリジリと音を立てて薄れていく。辺り一面に光が差し込み、悟浄は堪らず両目を瞑った。
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