英雄と呼ばれた男

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英雄の妻の

『ねぇ、あなた』
『どうしたんだい?』
優しい声であなたはいつだって応えてくれる。その声はいつだって、私を安心させてくれた。
『無理をしないで』
『無茶はしていないよ』
苦笑染みた表情であなたは言った。
それでもあなたは幸せだと笑うからあまり煩くは言わなかった。
『ねぇ、あなた』
『なんだい?』
あなたはいつだって笑っていた。
『愛しているわ』
『僕もだよ』
それは優しくて甘くて涙が溢れそうなくらい愛しかった。嘘も偽りもない言葉で不確かだけど確かに安心させてくれる愛しい愛しい声だった。

『ねぇ…、あなた』
私の声は震えていた。
『…どう、したんだい?』
あなたの声は掠れていたけれど優しい優しい声だった。
『あなた…』
涙を堪えても抑えられなくて涙は指の間から落ちていった。
家族を守ろうと戦うあなたは勇者と呼ばれたそれでもやっぱり私たち家族の父だった。
あなたは日に日に傷つき弱っていった。

『もう、頑張らなくていい、から…お願い、生きて…お願いよ…』
震えて言葉は詰まったけれど私の言いたいことはわかってくれたみたい。
『僕、は、君を、君たちを…守りたい、護れるなら…僕は、どんなこと…だって、できる』
弱々しけどいつもみたいにあなたは笑った。
そんなかおも何だか痛々しくて見ていられなかった。
家族のためだと戦うあなたをみていられなかった。
『あなた、あなた!もういいの。戦わなくていいから何処か遠くに逃げましょう安全に暮らせる遠い遠い場所へ!』
『…ダメ、だ。奴等は…どこに、逃げようとも、追いかけてくる、俺が生きている…限り、』
『それでも!安全な場所があるはずよ!逃げましょう!守ってくれる人はいくらでもいるわ!あなたはいつだって助けてきたでしょう!』
『***、僕には、わかる、世界は、人は、弱い皆守られてもらうばかりで戦うことを、忘れてしまった…、甘い世界に、慣れてしまった、僕のせいでもある。いや、僕のせいだ、だから、せめて、家族だけは救えるように…いや必ず家族だけは守ってみせる、例え命に変えても…』

どんなにやめて欲しいと願っても
戦わなくていい逃げようと言おうとあなたは強い瞳を称えて私に笑顔を見せた。

私の手を掴むあなたのては昔とは比べようもないほど別人のように細くなっていた。



世界はあまりに残酷で卑怯で私たち家族を襲った。

私たちの住む村に魔物が襲って来たのだ。
人々は皆、立ち上がれぬほど弱った。
勇者と呼ばれるあなたを頼った。
民衆は逃げ惑いすがるように助けを求めて来た。
私は村人にどれ程の無茶を言うのかと叫んだ訴えた。
人々が勇者だと言うあの人は起き上がれぬほど戦ったというのに。
これ以上を求めるのかと。
それでも人々は村人は民衆は助けを求め懇願し、願うばかりで戦おうとしなかった。
これが皆の命の恩人だと言えるこの人への態度なのかと、
倒れてなお戦わせようとするのかと
私は怒りを覚えた。
私はあなたを静かに寝かせてあげたかった。あなたと一緒ならば死んでも構わないと思えるほどに愛していた。

私は人々を追い払おうと現状を伝え帰って貰えるよう説得した。
それでも人々は途切れることなくあなたを尋ねた。

魔の手はすぐそこまで迫っていた。
あなたを守るために死ねるなら後悔はないと思った。
気がかりは家族を残していくくらいだった。

目の前に来る魔物の軍勢に覚悟を決めたときだった。

私と魔物を隔てる場所に影が踊りでた。

『アナタッ…!?』
『君に、家族に、永遠の幸せを』
そういって昔みたいに振り向き笑ったあなた。
寝たきりだったはずのあなたは力強く二本足で立ち、私達を守るように背にしている。

『…#*&¢@∽∝ΣΧΚΤΨαВστφжебиь]t刀c』

彼が何かを唱えた直後世界は光に眩んだ。

『娘を…頼んだよ…幸せになれ』

そんな声が最後に聴こえた。


再び人々が目を開いた時、
目の前に迫っていたはずの魔物は姿、形も見えず影すらも見えず暗く淀んでいたはずの空は青く晴れ渡っていた。

まるでそこには始めからなにもなかったかのように綺麗な青空が広がっていた。

あなたは力なくフラりと倒れた。
私は慌てて抱き止める。

その後、民衆は一瞬呆気にとられ瞬きをした次の瞬間には多いに沸いた。
足を前に踏み出し晴れ渡る世界に走り出した。あちらこちらで人々は民衆は喜びあるものは踊りあるものは歌った。
『『勇者様が悪を滅ぼしたぞ!』』
『『ついに平和がやって来たのだ!』』
『『勇者様!!』』
『『勇者様!バンザーイ!!』』
人々の喜びの声はその日止むことはなかった。

腕に抱いた勇者と呼ばれるどんどんと熱を失うこの人にまるで気がついていないかのように。

『どうして…あなたっ…』

返事を求めるように問いかけても
もう二度と戻ってこないだろう声に
ただただ強く抱き締めることしか出来なかった。守りきれなかった後悔。
護られることしかできなかった、自身の無力さが許せなかった。

『あなたが死んでしまったら幸せになれるはずもないでしょう!?』

涙は止まらなかった。

『まま、どうして泣いてるの?どこか痛いの?ぱぱ、また眠っているの?お寝坊さんね。ねぇ、まま。皆はどうしてあんなに喜んでいるの?』

側に歩み寄ってきた娘は私の服を少しだけつかんで質問してきた。幼さ故に父親の死がわからないのだろう。好奇心の強い娘は不思議そうに周りを見ていた。
私は何も言えずにただ娘を抱きしめた。


英雄の娘

私には片手で数えられるほど小さな時、
父親がいた。父は村の英雄で石像が建つほど有名人だった。

父の記憶はほとんど覚えてはいないけれど優しく笑う人だということだけは覚えていた。

父は私の誇りだ。
昔に魔物から世界を救った勇者で英雄で恥ずべきことなんて何一つない自慢の父だ。

父がいないことは寂しくないわけじゃないけれどそれでも誇りに思っていた。

母に父のことを聞くと寂しそうに笑うだけだった。

そんな母は再婚しなかった。
最初は私に遠慮しているのかと思ったけれど母は父を愛していた。
英雄と呼ばれる父はそれほどの人だったのかと分かるような気がした。

わかった気になっていた。
私は生涯気づかなかった。
母がどれだけ村人を人々を民衆を恨んでいたのか呪っていたのか。
私には知り得なかった。

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