自由館

□風見の話
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昔から可笑しな噂は聞いていた。



その国には守護神がいる、と。


噂となっている国は強国とは言い難く、位置も戦を行うに辺り、可もなく不可もないような場所にあるためはっきり言って気にもならないような小国だった。

そんな国の変な噂が耳に入った。

およそ勝てる見込みもないような攻めにあった小国がそれなりに名の知れた国に仕掛けられ退けさせたというではないか。

小国は民が多いわけでもなく
財に恵まれているわけでもなく
ましてや強力な武器を要するわけでもない。

それならば何故、そんな国が敵を退けられたのか。調べる為に人をやれば国主の息子の仕業だと言うではないか。

なんでも優秀な軍師だとか。

僕と同じ軍師であり僕でも苦戦するだろう戦局を覆した挙げ句退けさせるとは、どんな策を講じたのか興味がある。

是非、この目で見てみたい。
そして、その策をねる頭脳が偶然でないなら豊臣軍に引き抜きたい。

そんなおもいから僕は小国に軍を向けることを決めた。







(これは、予想外だ)

今、眼前で行われている戦に思わず竹中半兵衛は瞠目する。

数で圧倒的に勝っている豊臣軍ではあるがとある一点を中心に徐々に押し負けているのだ。

少しずつ少しずつ劣勢に追い込まれていく。

そしてついに陣の近くまで圧されてしまっていた。

「(くっ…!仕方ない)撤退だ…、今回は引くよ」

その掛け声と共に陣を組み直し撤退する。

「今回は、僕の負けか、フフッ面白い」
半兵衛は焦りの表情を浮かべてはいるがどこか楽しそうに笑った。

引き連れる軍勢は小国に対しては多すぎるほど割いたがどうやら決定打を与えることは叶わなかったらしい。


それにしても兵力の差を押し返すとは一体
何者なのか引く前に顔を拝むくらい構わないだろう。






押し返されている一点にたどり着いた。
軍勢を圧しているのは可憐に動き敵を打ち倒す美しい人だった。

こちらにはまだ気づいていないようで変わらず敵を倒し続けている。
いや、目元に包帯を巻いているから見えないのかもしれない。

盲目ならば回りの人間など見えてはいないだろうに敵だけを確実に仕留めていくその力は見事としか言いようがない。

不意にその人の顔がこちらに向いた。
包帯で見えていない目が合ったような気がした。

その瞬間その人物はニヤリと口角をあげたかと思うと一陣の風が彼の周りと僕を吹き抜けた。

その人物の周りにいた人間は皆吹き飛ばされ彼(彼女?)を中心に円を描くように空間が空き、僕とその人の間にも人はなかった。

軽く着物を叩き姿勢を正したその人はこちらにしっかりと身体を向け声を発した。

『こんにちは、竹中半兵衛殿とお見受けする。此度の戦、双方に得はないはず。何故、我が国を攻めたのかお聞きしても?』

はっきりとした声は脳にしっかりと染み込み、威圧をも含むような声は秀吉に匹敵するほど人を引き付けるなにかがあった。

「…先に君が何者か、教えてもらえるかい?」
気を抜かないように、いつでも対応できるようにと刀の柄にそっと手をかけた。


彼は可笑しそうに口の端を挙げていた。





それからが大変だった。
その戦は一旦こちらの負けとし一度退いた。あの会話をした後、彼の人と一戦交えたが豊臣軍を圧していただけありやはり強く。退かざるを得なかった。

完全な敗北だった。


押し戻す一点にいた、女のように長い髪で棒を扱う一人の兵、一体何者なのか。見た目は中性的で声からも性別は読み取れず、戦う様は演舞のように精錬された美しい型であるらしい。

戦場に似合わない普通の着物を着て風を扱う恐らく婆娑羅者。

小国に軍勢を押し戻せる婆娑羅者がいるという話は聞いたことがない。

そんな者を従う一度も姿を現さなかった小国の息子は軍師とは一体者なのか気になって仕方がない。

本当に興味ばかり引く国だ。



それから何度も何度もその国へ戦を仕掛けた。
しかし、いつだって小国の軍師は華麗な策で押し返す。
そのなかで彼を知ることも出来た。
国主の息子であり守護神であり軍師であったのは風見という名の男だった。
さらには一番始めの戦に現れた長髪の人物だったことがわかった。

戦略だけでなく武まで強い彼の力は間違いなく本物だった。

戦をするなかで二人で刀を交えることだって何度もあった。
拮抗する戦いに頭脳戦。
何に対しても決して僕に劣らない彼を僕はいつしか認めていた。

彼こそが僕の好敵手だと。












そして、風見の国へ仕掛けた何度目かの戦。

僕ら豊臣軍は圧倒的に勝利した。

その日の戦は今までの風見の策に比べてあまりにも脆く弱かった。
そのあんまりな違和感に戦の大将、国主である男に刀を向けた。
「答えてもらおうか。風見はどうした?」
「ヒィ!」
刃の切っ先を恐れる様は戦場で出会った風見と本当に血が繋がっているのかと疑いたくなるほど醜かった。
「僕はあまり気が長いほうじゃないんだ。ぐずぐずしないで早く答えた方が身のためだよ」
僕の視線は今、酷く冷たくなっていることだろう。
ガタガタと今にも情けない悲鳴をあげてしまいそうなほど怯えている男は詰まりながらも答えた。
「…なんだって?」
男の言葉に顔が歪むのがわかった。
風見は、誘拐されたらしい。
行方すらわからず此度の戦がおこった。
どこの誰が拐ったのか何者の仕業なのか何にも分かってはいないが一刻も早く取り返さなければと思えた。
国主の始末を部下に任せ僕は早々に陣に戻る。
「秀吉、」
「半兵衛か」
陣のなかにいた一際背の高い男、
彼が僕の敬愛し天下の夢を支えたいと願う人間だ。
彼は僕に気付くと短く答えた。
風見の件をどう伝えようか。
彼は役に立つ。
どうにか見つけ出し豊臣軍に引きいれたい。だが、正確な現在地などわからない。
そんな曖昧な情報で秀吉の兵を使うのも少し気が引ける。
「どうした」
思わず思考の海に沈みかけた僕は秀吉の声に顔を上げた。
「あぁ、秀吉。実は…」
僕は一通りの説明をし風見を引き入れたいのだといえば秀吉は理解してくれたように頷いた。
「じゃあ、」
「あぁ、好きにするといい」


それから2週間、あらゆる情報を集め、漸く風見の居場所を突き止めた。

忍を差し向け、確実な情報だと確かめた上で風見を捕らえた国を容赦なしに攻めいった。

その国は風見の国よりも大きな国であったが呆気ないほど容易く城を落とすことに成功した。












「風見くん!」
「……おや、その声は半兵衛殿かい?」
風見の声は戦場で聞いた声よりも小さく掠れていた。
彼を繋ぎ止めている鎖は鈍く蝋燭の灯りを照り返していた。
薄暗い地下牢で蝋燭だけという僅な明かりの中でも彼が酷く憔悴し痛めつけられているのがわかった。
急いで牢の鍵を開けて彼の両手首に繋がれている手枷を取る。
下ろした時の僅かな動作にも彼は痛そうに低く唸った。
「…っ、すまない、ね。助かった、よ」
そういってすぐ、彼は気を失った。
力なく寄り掛かられる体重に少し焦ったが微かに呼吸音が聞こえ安堵する。
しっかり脈打ち鼓動も聞こえる。






この腕に抱く体温は本物だと
偽物ではないのだと心底安心した。
漏れた震える声は言葉にはならなかったが
彼が無事でよかった。



「風見くん。君を豊臣軍に迎えたいと思う」大阪城のとある一角。
僕は真剣な面持ちで彼にそう切り出した。

『あぁ、勿論だよ。半兵衛殿は私の命の恩人だからね』そういって緩く微笑んだが本心はどう思っているかわからない。

彼の住む国を奪い。
親代わりだろう国主は殺した。
恨まれていても可笑しくはない。

「…君の働きに期待しているよ」
確認するようにそう言うことしかできなかった。
僕の言葉を聞いた風見は小さく吹き出しいった。
『…ふっ、心配しなくても私は半兵衛殿を裏切ることはしないよ、恨んでもいない』
「!」
『むしろ感謝しているんだ』
その言葉には嘘は言っていないように思った。












大阪城に来てから数日目。
療養中でまだまだ自由に歩き回れない私は部屋の襖を開けて庭を見ていた。

すると、綺麗な銀色が視界を掠めて、おもわず部屋から乗りだし小さなその背中に声をかけた。
『おや、君は初めて見る顔だね』
すると少年は振り返り怪訝そうに顔を歪めたがこちらのことも立場もわからないのだろう少し間をおいて億劫そうに答えた。
「…はぁ、何か御用でしょうか」
見た限りでは恐らく誰かの小姓だろう。
『いや何。丁度暇していてね良かったら話し相手になってくれないだろうか』
優しい声を意識して微笑みながら言ったがどうやら逆効果だったらしい。
不機嫌そうな顔により眉を寄せてしまった。
「…申し訳ありませんがまだ業務中ですので」
それでも一応、敬意を見せてくれるのは恐らく私の身分がわからないからだろう。
半兵衛殿の好敵手と知ったらどうなることやら。
『ま、いいからいいから。ちょっとの間、ね?君の上司には私から言っておくから急ぎのようが無いなら話し相手になっておくれ』
少年は動揺して迷っているようだが少し強引に部屋へと招き入れた。
『甘いものは好きかい?』
いそいそとお茶の準備をしながら問う。
まだ少年は動揺しているようだが小さく頷いた。
『そうか丁度良かった美味しい和菓子を分けてもらったんだ一緒に食べようか』
私は半兵衛殿から貰った茶菓子を取り出し渡す。
勿論、自分の分も用意し早速パクりと一口。途端に餡の甘い味が口一杯に広がる。
うん。美味しいと頬を緩ませていると、それを見た少年はおそるおそるといった様子で目の前の菓子にてを伸ばし口に含んだ。
そして、私と同じように頬を緩ませ美味しそうにしていた。

小さな口で一生懸命、咀嚼する様子は小動物を彷彿とさせとても愛らしかった。
『さて、少年。君の名前は?』
ゆったりと茶を啜りながら聞くと、口に含んでいた菓子を飲み込みいった。
「佐吉と申します。あなた様は?」
『佐吉くんか。あ、敬語はいらないよ。私は風見。先日から半兵衛殿の好意でここで療養中ってところさ』


それから二人で他愛ない話をしているとふと誰かの足音が聞こえた。

どうやら佐吉くんは話に夢中できこえていないらしい。
「おや、佐吉くんこんなところにいたのかい?さっき慶松くんが探していたよ」
「は、半兵衛様!」
足音の正体は半兵衛殿だった。
突然の来訪者に佐吉くんは驚いたようだ。
『いや、すまないね私が彼を引き留めていたんだこんなかわいいこと話せる機会はなかなかないからね』
冗談交じりにカラカラ笑いながら言うと佐吉くんは頬を紅くしていた。
「そう。佐吉くん風見くんの話し相手になってくれてたんだねありがとう」
ふわりと笑って半兵衛は佐吉くんの頭を撫でた。
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