ヒナガラスの排球部

□新しい世界
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眩しい光が身体に当たって本能的にパチっと目覚めた。

きょろきょろと辺りを見回すと見慣れない景色に、身体が凍りついて頭がパニックになった。
昨日までは、毎日うとうととお昼寝したり誰かがご飯を持ってきてくれたり、それが自分の世界の全てで、ふかふかの暖かい温もりの中が自分の全てだった。




でもここには、ふかふかの温もりもご飯もない。
冷たい風が身体を掠めて、ぶるっと身震いが出た。
ここは、どこ?
もう一度まわりを見ても、嗅いだ事のない匂い、硬い足元に落ち着かず何度も足踏みをする。
あれ?あれ?
歩く度にザザザっと聞いたことない音がして、身体に知らない感触が当たる。ふかふかじゃない。ちくちくする。がさがさする。
どこ?どこ?
恐くて恐くて、走って走って、とにかく走った。
もうどれだけ走ったかわからない。
足元が急に軽くなって一瞬ふわっと飛び上がった、と思った次の瞬間、身体がころころと転がってしまった。
もう立ち上がることもできなかった。
絶望感に打ちひしがれて動けない身体に差していた光が、突然暗くなった。

「おい・・・、大丈夫・・・か?」

何か聞こえたけれど、そんな事ももうどうでもよかった。

「えっと、水?水・・・あった」

ごそごそと動く気配がして、ちょっと目を開けてみる。
そこには、大きな、とても大きなのが居た。
見た事のないその大きな何かがゆっくり近づいてきて、ああ、もうダメだと観念したその時。

「ほら・・・」

口元に冷たいものが流れ込んでびっくりして飛び起きた。
なに?いまのなに?
目の前の大きな何かがきらきらしたモノを持っていた。

「・・・飲む?」

この大きな何かは、恐くなかった。
それ以上に目の前のきらきらしたモノに興味があったから。
ちょっと舐めてみると、身体中に染み渡って元気になる感じがした。

「よかった〜。ちょっと元気になった・・・」
「あさひ〜?なにやってんだ?」

あさひと呼ばれた大きな何かの隣にまた、大きな何かがやってきた。

「おー、スガ!いや・・・あの・・・」
「お?え?小鳥・・・じゃないね。まだ雛じゃん!」
「うん。ここに落ちてて、もう死んじゃったかと思ったんだけど」
「上から落ちたのかなぁ・・・。でも元気そうじゃん」
「水あげたら生き返った」



あさひ?


あさひっていうのか。


そのあさひが、きらきらした何か・・・水?を撒き散らすとやっぱりきらきらしてキレイだった。
もうちょっと欲しかったんだけどな。
あさひじゃない方も恐くなかったから、やっと落ち着いてまたきょろきょろと周りを見る。
さっきよりもっと広くて、でも身体をちくちくがさがさするのがなくなってホッとした。
すると、また別の大きな何かがやってきた。

「おいヒゲ!何やってんだ、遅れるぞ」

あさひがビクっとするのと同時に自分もビクっとして、すごく慌てた。
この別の大きな何かは、ちょっと恐い。
えっと。えっと。
どうしよう。どうしよう。
どうしたらいいのかな。
とりあえず、どこかに逃げたくてうろうろ動く。

「ほら〜、大地が脅すからびっくりしちゃったじゃんかよ」
「なに?・・・え?鳥!?」
「巣から落ちたみたいなんだよね。ほら、恐くないよー。大丈夫大丈夫」

あれ?恐くなくなった。
なんでだろう。さっきちょっと恐かったのに。
瞬きを何回かして、大きな何か達を見上げてみる。
あさひ、と・・・、こっちはなんだろう?


「かっわいいなぁ。ふわふわしてる〜。なに食べるのかなぁ」
「雛だろ?小鳥とかは鳥のエサをお湯でふやかした柔らかいものとかだな」
「でも、雛にしてはちょっと大きいよね。まんまるしてて、太ってるのかな?育ち盛りって感じ!」
「はっはっはっ。大きくなれよ!」
「大地、おとうさんみたい!」
「じゃあスガはおかあさんか?」
「うちの子かわいいでしょ〜!」
「大地・・・、スガ・・・」

あさひがなんか困った感じ。
でも、優しい大きな何かはおかあさん。
ちょっと恐い大きな何かはおとうさん。
なんか、安心した。
あさひは、仲間、みたいな感じがした。
おっきいおっきい、同じ仲間。
だから、勇気を出しててくてく歩いてあさひを呼んだ。
水、ちょうだい。

「ん?なあに?」

あさひが水を乗せてたところを広げて差し出した。
もう水はなかったけれど、そこは大きくて、なんか、居心地が良さそう。

「えっ!うわ!」
「どうしたひげちょこ・・・、あ」
「あーあ。どうすんの、それ?」
「どうって・・・どうしよう・・・」

そこはとても暖かくて、昨日までのもふもふとはぜんぜん違うけど。
すごく、安心できて。
うとうと、してきた。


「あ、寝た」
「えっ!スガ!どうしよう!こんな手のひらで寝られても困るよぉ・・・」
「どうしようったってなぁ・・・。置いてくしかないだろ?体育館に連れてく訳にもいかんし」
「そうだね。雛っても野生でしょ?勝手にどうこうしちゃいけないんじゃなかったっけ」
「う・・・ん」
「でも、もう人間の匂いがついた雛は巣に戻してもダメって聞いたことがあるし」
「どっ、・・・どうしよう。こいつ目までつぶって丸くなっちゃったよぉ・・・」
「かっわいいなぁ。ねぇ大地、コイツが飛べるまで部室で飼わない?」
「はぁ!?スガ、本気で言ってる!?」
「本気だよ。だってもう巣にも返せないんだべ?ここに置いてったって猫とかに食べられちゃうよ」
「むぅ・・・。こうなったのも、旭が不用意に手なんか出すからだ!お前責任とれ!」
「ええええええ!俺?!」
「これ以上遅れるわけにもいかんし、とりあえずこのまま連れてって先生に相談してみよう」
「さっすが大地!頼りになる〜」
「いいから、急ぐぞ!おい、ひげちょこ!落とすなよ!」
「はっ・・・はいぃいいいっ!」





なんか大きくてあったかくて、ちょっとゆらゆら揺れてるのがすごく気持ちいい。

今まで過ごしてきた世界は、たぶんもう戻れないけれど。
新しいこの世界は、知らない事だらけで、恐いけど。

このあさひと、おとうさんとおかあさんは、とても優しいと思うから。

今は安心して、寝ていられる。
また目が覚めたら違う世界なのかな。

そしたら、またあさひを探してみよう。






「なあ大地、この子の名前どうする?」
「名前なんかつけたら情が移るだろ?なくていいよ」
「えー。だって不便じゃん。そうだ!旭に懐いてるからアサヒってどう?」
「えっ?俺ぇ!?」
「スガ。それはこの子が不憫だぞ」
「大地っ・・・ひどっ・・・」
「でも、ちょっとおっきいトコとかビビり方とかそっくりだったよ?」
「じゃあ、せめて敬意を表して『さん』付けするか」
「え?俺は呼び捨てで、雛は『さん』付けですか?!」
「アサヒさん。まるまるしててかわいいなぁ!」
「ほんとに、アサヒさんは大人しくてかわいいなぁ」
「お前ら、わざと言ってるだろぉ・・・」





こうして、アサヒさんは烏野排球部の部室に作られた、小さな巣に住む事となった。

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