ライバル高校排球部
□憧れの人(兎赤)
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俺が梟谷に入ったのは、木兎さんがいたからだ。
どこの高校に行こうかと進路に迷っていた時に、I H予選を見に行った。そこであの人を見たんだ。
木兎さんは、1年だったにも関わらずレギュラーに入って得点を量産していた。その試合は相手が格下だった事もあって梟谷高校は圧勝した。
俺はその時、取った点の多さよりも木兎さんのプレースタイルに見惚れていた。
入部してまだ数ヶ月であろうその人は、早くもエースの予兆を感じさせていて、なによりも木兎さんを中心にチーム全体が盛り上がっているのが分かった。
このチームに入りたい。
入って木兎さんにトスを上げてみたい。
あの人のスパイクを間近で見てみたい。
一緒にやってみたい。
木兎さんは、俺の憧れの人だった。
そう、「だった」のだ。
そりゃあ、理想と現実が違う事くらい分かってはいたけれど。まさかここまでとは思いもしなかった。
梟谷高校、一年生の春。
柄にも無く、期待に胸を踊らせて入部したバレー部で俺がまず見たものは「しょぼくれモード」の木兎さんだった。
今でこそ「しょぼくれモード」なんてかわいい名前が付いてるが、当時の俺にはそんな事すら分かるはずもなく、ただヤル気なくフラフラしている様にしか見えなくて、俺の中の憧れの人はガラガラと音を立ててあっという間に崩れていった。
「木兎!なにボケっとしてんだよ!」
「さっさと動けよ!」
3年生から叱咤されても、同学年らしき人達からも励まされても木兎さんの調子が上がる気配は全くなかった。
「木葉!お前なんとかしろよ」
「無理に決まってんだろ!」
正直、面倒事は御免だ。
それが憧れ「だった」人でも。
本当にあの時の人だったのかさえ疑わしい。
俺はなるべく関わらない様に、黙々とサーブ練習のこぼれ玉を集めていた。
強豪校の1年生なんてもんは、部活中はもっぱら球拾いとかドリンクの準備とか雑用をやらされる事が多い。
だから、俺には関係ないと思っていた。
「おい!そこの1年!」
一応、自分も1年なので手を止めて回りを伺うが、俺以外の奴は違う場所に居て、呼ばれたのが自分なのだという事が分かった。
主将が俺を呼んでいた。
「お前、えっと、赤・・・」
「赤葦です」
「よし赤葦!お前、木兎の相手してこい」
辛うじて声には出なかったが、まったく予想外だった。
もちろん俺に拒否権はない。
「あの・・・相手っていっても、なにを・・・」
もはや体育館の壁に向かっていじけているようにしか見えない木兎さんに、俺が、一体、何をしろと?
主将も俺と同じく困った顔で頭を掻いた。
「あんな奴でもうちのエースだからな。お前、セッター志望だろ?だったら今のうちからあの気分屋に慣れといた方がいいだろ」
物は言い様だな、と思う。
早い話が、自分達では相手をするのが面倒臭いが、エースという手前放って置くのも良くないので断れない立場の俺に押し付けたって事だ。
俺は主将に気付かれない様に小さく溜息を洩らした。
「わかりました」
そういうと、周りの視線を一身に浴びながら体育館の隅でタオルを被ってる木兎さんらしき人の所へ近づく。
自分の方に向く足音に気付いたのか、木兎さんは顔をあげて面白くなさそうに俺を一瞥した。
先輩の、もっと言えば梟谷のエースを上から見下ろすのもどうかと思ったので、木兎さんの目線に合わせて正面にしゃがんでみた。
木兎さんは、俺を吟味するかの様にジイッと見つめている。
「木兎先輩、ですね」
木兎さんは返事もせず、ちょっと眉を寄せただけ。
それだけなのに、物凄い威圧感。
俺に向けられたその視線は、ヤル気のないしょぼくれた人のそれではなかった。むしろ、虎視眈々と獲物を狙う猛禽類の類いに近かった。
無意識にゴクリと喉を鳴らす。
この人は、木兎さんだ。
俺が憧れた、その人だ。
俺は、漸く憧れの人に出逢えた。
「一年の赤葦です。あなたに会いたくて梟谷に来ました」
「・・・俺に?」
木兎さんがやっと口を聞いてくれた。
「去年、梟谷の試合を見た時に木兎先輩の活躍を見たんです」
「俺の、活躍・・・」
「はい。木兎先輩のスパイクを間近でみたいんです」
「俺の、スパイクを見たい?」
木兎さんの視線が少し和らいだ。
口元が少し緩んで嬉しそうだ。
「見たい?俺のスパイク」
「はい」
「お前さぁ」
木兎さんは勿体ぶる様に、緩慢に口を動かす。
そこから発せられる言葉は、俺にしか聞こえないほど低く小さなものだった。
「俺について来れんの?」
木兎さんの真意は分からない。
でも、嘘は吐きたくなかったので正直に答えた。
「ついて行ける訳ないじゃないですか。でも、努力はします」
木兎さんの顔がキョトンとしてすごくアホっぽい表情になった。
暫くして、俺の言葉を理解すると本当にアホになったんじゃないかって位、笑い転げた。
「そこはさ、フツーは『出来ます!』とか言うんじゃねぇの?」
俺はこういうテンションの人は面倒臭いので、黙って聞いていた。
案の定、木兎さんは俺に構わず転がりながら喋り続けている。
「お前、おもしれーな。ポジションどこだ?待て、当ててやる。ん〜、そうだな、セッターか!セッターだろ!」
「はい、そうです」
「・・・。!?!」
「って!自分で当てといてなんで驚いてるんですか」
「え!?あ、いや!!そうだったらいいなあ〜と思ったもんで」
頭に被っていたタオルを肩に引っ掛け木兎さんが立ち上がると、想像以上に大きい人だった。
それは身長とか身体つきとかだけじゃなく、オーラの様な何かが木兎さんを一回りも二回りも大きく見せている。
梟谷のエース。
紛れもない、エースの風格。
つられて立ち上がった俺の肩を掴んで、俺の目を捉えて、木兎さんは俺に暗示を掛けた。
「お前、俺のセッターになれ。俺の為にトスを上げろ。そうすれば、俺は全国に行ける」
「全国・・・ですか」
「そうだ。俺について来い」
ついて来れるか、ではなく、ついて来い。
そんな事を言われてしまったら、行かざるを得ないじゃないですか。
俺は主将には隠した溜息を、木兎さんにはこれっぽっちも隠さずに吐いた。
木兎さんはまた眉を顰めたが、それも一瞬だけだった。
新しいオモチャを見つけた子供みたいに、楽しそうに笑った。
「わかりました」
「よっし!じゃあ早速俺の練習に付き合え!」
「それは主将に聞いてみないとわかりません」
「なんで!?お前今分かったって言ったじゃん!」
「それはそれ。これはこれです」
初対面に近い人に、しかも先輩で、エースで。
こんな口をきいてもいいものかと自分で突っ込みをいれてみるが、まあ本人が気付いていない様なので良しとするか。
俺がコートに木兎さんを連れて帰ると、先輩達・・・主に二年生から感嘆の声があがった。
あーあ。
面倒事はごめんだ。
きっと梟谷一面倒臭いこの人は、他の誰よりも俺を面倒事に巻き込むつもりだ。
去年見た俺の中の憧れの人はガラガラと音を立てて崩れていったけど。
崩れた中には、獰猛な梟が住んでいて。
この人と過ごす二年間は。
思った以上に、退屈せずにすみそうだ。