烏野高校排球部

□緊急会議・2年生
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「皆に集まってもらったのは他でもない」


田中がいつになく真剣な表情で切り出した。

合宿所の皆が集まって寝る大部屋にはもう人数分の布団が敷かれており、あとは寝るだけになっていた。

3年生はロビーで何か話し合っていて、1年生は風呂の時間だ。故に、今は2年しかこの部屋にはいないことになる。


「なんだよ田中、改まって気持ち悪い」

縁下が、タオルで頭を拭きながら面倒臭そうに答えた。

「あれ、西谷がいないじゃん」

「おれ、呼んでくる」

木下がそう言って腰をあげると、田中が慌てて止めに入った。

「ノヤはいい!ノヤ以外のお前らに用があるんだ!」

「はぁ?なんだよそれ」

「いいから座れって」


田中に促され、木下も成田と不思議そうに首をかしげる。

縁下だけは胡散臭そうな目をしている。こういう時の田中はろくでもない事しか言い出さないのを知っているからだ。

田中はコホンと小さく咳払いをして、さも深刻そうな顔ををして見せた。





「我が烏野バレー部にとって由々しき事態が発生した」

「・・・」

「・・・」

「田中、由々しきとかって言葉知ってたんだな」

縁下だけが冷静に突っ込む。

「うるせぇ」

「で、なんなんだよ。早くしないと皆戻ってくるぞ」

「お、おう。そうだな」


田中がきょろきょろと辺りを見回しながらひそひそとつぶやいた。

誰も聞いてねぇし、と縁下は心の中で突っ込んだが声には出さなかった。


「実は、見ちまったんだよ・・・今日の朝、ノヤが、その、あ・・・」

「・・・あ?」

つい、田中につられて3人揃ってゴクリと唾を飲み込んでしまった。

「あっ・・・あさひさんのほっぺにちゅーしてる所を!!!」

「・・・」

「・・・」

「・・・田中?」

「どう思う?!ヤバくね?!ちゅーだぜ?!ちゅー!!!」

「とりあえず落ち着け、田中」


縁下はいたって普通にあしらう。

成田が緊張を解すように布団に仰向けに倒れた。

木下も大きなため息を漏らす。


「なんだよ、そんな事かよ」

「由々しき事態とか言うから誰か辞めるのかと思ったー」

「お前ら!!そんな事とかってなんだよ!ノヤの一大事だぜ?!もっとこう・・・」

「もっとこう、どうするんだよ」


縁下が今度は声に出して突っ込んだ。


「どうするって・・・、男同士だぞ?!他の部とか女子とかに知られたら噂になるだろ!旭さんのガラスのハートが粉々になるだろ?!」

「まあそれは確かに・・・」

「否定はできないなぁ」

「だからって俺達がどうこういう問題でもないだろ?」

「だから、ノヤの友人として!こう、二人の関係を応援してだな・・・」

「田中、そういうの余計なお世話っていうんだよ?」


こんな時、論理的に現状を分析できるのは縁下だけだ。もう木下と成田は、縁下の後ろでうんうんとうなずくのが常だった。


「っていうか、なんでお前らそんなに冷静なんだよ?」

「だって・・・なあ」

木下が頭をぽりぽり掻いている。

「うん・・・」

成田もなんか微妙な顔をしている。

「西谷が東峰さん大好きっ子なのは前から分かってたことだろ?」

「そりゃぁそうだけどよー」

「もう一年にも浸透してるしなぁ」

「なんていうか、今更って感じ?」

「えっ!お前らも見た事あんの?ちゅーしてるトコ!?」

「いや、ないけど。なんていうか、二人並んでるとほのぼのするっていうか」

「そうそう、なんかこう『ほわぁ〜』っていう空気みたいなのあるよな」

「ときどき東峰さんのうしろに花とか見えそうな時あるしな!」

「なーーー!」




田中が唖然としている。

「ちょ・・・、え?それって旭さんも満更でもないってこと?」

「満更かどうかは知らないけど、嫌そうには見えなかったな」

「・・・マジかよ」

どうやら二人の空気に気づいていないのは田中だけだったようだ。

少し考えて思い立ったように田中が膝をぱちんと叩いた。

「よし!じゃあ俺達は全力で二人を風評被害から守るぞ!!」

「田中、風評被害って意味分かって言ってるか?」

縁下はひとりで勝手に盛り上がってる田中に向かって諭すように言った。

「確かに男同士ってのはまあ普通じゃないけど、」

「?」

「運動部じゃ、男カップル珍しくないぞ」

「ええええええ!!!」

「暗黙の了解みたいのがあってな、そういう奴らの噂が立つと運動部が総出で守ることになってんだよ」

田中の口がぽかあんと空いたまま塞がらなかった。縁下の情報網は侮れない。敵に回したくない男だと田中は思った。

「女子部にも、なんていうか、男同士ってシチュエーションに萌え的なものを感じるらしく、協力者がいっぱいいるらしいよ」

田中にとってもはや未知の領域だった。

縁下が畳み掛けるように続けた。

「だから、俺達は今までどおり西谷を暖かく見守るのが一番なの。わかった?」

「・・・でもよ。俺、ノヤっさんに今までと同じようにできるか自信ねぇよー」


田中はそんなに器用な男ではないから、西谷を前にして動揺は隠せないだろう。

現にいまもこうして頭を抱えている。

さて、どうしたもんかと縁下が考えあぐねているところへ、バーンと勢いよく扉が開いた。

「おう!龍!お前らちょうど良かった!!」





当の西谷がいつもの勢いで飛び込んできた。

流石の縁下もこれには対処できず、4人揃って固まってしまった。

当然、西谷はお構いなしだった。

「お前らに話があったんだ!」

「な・・・なに?西谷」

ようやく縁下が口を開いた。



「俺!旭さんと恋人同士になったから!」



そういう事だからよろしく!とご機嫌にピースまで作ってみせた。




衝撃的な内容をあっけらかんと「飯食ったから!」みたいな当たり前のニュアンスで告白されても、みんなどうしていいかわからない。



「・・・お、おう」

「・・・う、うん」

「・・・あー・・・」

木下と成田は、適当に相槌を打つ他はない。

縁下がちらりと横目で田中を伺う。

小さな瞳孔がことさら小さくなって、きょとんとしている。






「の・・・」

「どうした、龍?」

「ノヤっさん!そういう事はもっと隠さないとだめっすよ!!!!」

「えー、なんで!だって知ってた方がお前ら気ぃ使わなくていいだろ」

「そういう問題じゃねぇって!!」

いつものようにやいのやいのと騒ぎ立てる2人を見て、なんていうかみんな急に馬鹿らしい気分になってきた。


「逃げも隠れもするつもりはねぇ!俺は胸を張って旭さんが好きだって言える!!!」


縁下はこれからの東峰の前途に少し同情を覚えた。

周りがどう頑張ったって、本人に隠すつもりがなければすべて無駄なのだ。

「ノヤっさああん!あんた!男の中の漢だぜえええ!」




何に感動したのか、田中の目は潤んで顔も紅潮していた。こうなると、もうこの2人は面倒臭い事この上なかった。

さっきまで自信ねぇとか言ってた男は、すっかり通常運転に戻っていた。




木下と成田はもう自分の布団に戻って、何事もなかったように過ごしている。










縁下の脳裏にふと素朴な疑問が浮かんだ。

「西谷」

「なんだよ、力」

「お前、清水先輩はどうするんだよ」

西谷だけじゃなく、田中までくるっとこっちを向いた。


「それはそれ、これはこれだ!潔子さんは別次元の人だ!」

「そうだぞ、縁下!俺達にとって潔子さんはもはや神・・・そう女神!烏野の女神なのだ!」

「龍!いいこと言うな!」

「だろ!」

「あー・・・、はいはい」

「チカラぁ!テメェ、人に聞いといてその返事はなんだぁ!」






これ以上面倒な事にならないように、縁下は魔法の言葉を使うことにした。



「あんまり騒ぐと、主将が飛んでくるよ」



案の定、うっっと2人が固まって静かになった。







まだごにょごにょとなんか言ってる奴らは放って置くとして、縁下はふぅと小さくため息を漏らす。


どうやら、今年は色んな意味で嵐が巻き起こりそうな予感がした。



とりあえず、自分の身に災難が降りかからないように祈るばかりだった。

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