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□幸せになる呪文
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 完遂したクエストの報告の為にギルドマスターの部屋へ訪れたルーファスは目の前の光景に首をかしげた。

 書類が山積みになったデスクと放り出されたペン。その中に埋もれるように突伏するマスター…基スティング。スティングを労る様に撫でているレクター。フロッシュはマイペースにスティングの頭にお菓子を乗せており、ローグは(スティングに対して)呆れたような顔をするだけで、特には手出しをするつもりは無いようだ。



「どうかしたのかな」

「ルーファスか。いや、ユキノを誘うつもりが……出来なかったようだ」



 今日はバレンタインだろう?と日付を確認するローグに納得したと同時にルーファスはまたもや首をかしげる。
 スティングがバレンタインにユキノを誘うという話をしていたのは1週間も前だった。ルーファスはその後からクエストに出ていたが、その1週間の間に誘う事ができなかったのだろうか。



「散々ヘタレて先延ばしにしていたら、妖精の尻尾のミラジェーンと約束をしてしまったらしくてな」

「なるほど」



 今朝ギルドに顔を出してからそれっきりだとローグは言った。
 確かにユキノはミラジェーンの事を相当慕っている。そんな彼女との約束ならば、嬉しい、楽しみ、という感情を隠しもしなかったのだろう。ギルドに入りたての頃よりも余程良い傾向だと思われるが、今回ばかりはルーファスも苦笑を禁じ得なかった。



「(恋人になってしまえば、優先順位は変わるのではないかな?)」



 まぁ簡単に恋人になれていればスティングも苦労はしてないだろうが。
 ユキノはギルドの以前の体制もあってか、人から好意を寄せられることに慣れてない。ましてスティングに関してはギルドが変わったから態度が変わったという捉え方をしている為、スティングの感情が変化した事に気付けないでいる。



「なんというか……くっつくまで長くなりそうだな」

「フローもそーもう」

「おや奇遇だね。私も同意見だ」

「うるせぇよ…」

「べ、べ別にボクはそんな事思ってませんよ!?」



 傷心中らしいマスターは、レクターを一撫でしてから書類と向き合う事に決めたようだ。頭の上のお菓子は摘まみ上げてフロッシュに返却。

 仕方がない、哀れなマスターの手伝いくらいはしようかな。
 ルーファスは報告書を紙束の上に置き、一部書類を引き取った。



***



 どのくらい経った頃か、スティングとローグの目が同時に部屋の扉に向いた。どうかしたのかとルーファスも同じように視線を移すと、扉を開けたのはクエストを終えたらしいオルガで、手には小さな紙袋を持っていた。



「よぉ、おかえり」

「おかえりなさいオルガくん」

「おかしのにおいがするー」



 愛らしく駆け寄るフロッシュに、オルガはその厳つい相好を崩してフロッシュを抱き上げる。



「チョコらしい、さっきそこでユキノに貰ったんだよ」

「はっ、帰ってんの!?」

「広い部屋で他の奴等にも配ってたし、そろそろ此処にも来るんじゃねぇか?」

「……なるほど、東洋のバレンタインだね」



 東洋の一部地域でのバレンタインは女性から男性へチョコレートをプレゼントするそうだ。昔は気になる異性に、今ではお世話になった人にも渡すイベント事になっており1ヶ月後に贈られた人はお返しをする。



「鳳仙花村の元になった地域がそうだった、と記憶しているよ」

「お返しすんのか」

「ユキノはそこまで考えてはいないと思うけれど」

「なんでチョコレートなんですかね?」

「さぁ、そこまでの記述はなかったからね」



 スティングの集中力を著しく削いだらしい話は、扉がノックされる音で終了した。



「失礼します」



 扉越しに声を掛けてきたのは予想通りユキノで、彼女はスティングからの許可を律儀に待ってから扉を開く。
 ユキノの手にはオルガが持っている紙袋と同じ物が2つ、色の違う物が2つ、色は同じだがリボンが付いている物が1つ、計5つの紙袋を下げていた。



「ミラジェーン様から誘われて、東洋風バレンタインにしてみました」



 頬をほんのりと赤く染めて、オルガと同じ物はローグとルーファスに、色が違う物はレクターとフロッシュに(ユキノ曰く「猫様にチョコレートはいけませんから」だそうだ)
 そしてリボンが付いている物はスティングに渡された。

 奥手なユキノにしてはあからさまな特別扱いにルーファスはおや、と目を瞬かせた。そういえばスティング側からの視点でしか考察していなかったが、ユキノからみればスティングはどのように思われているのだろうか。
 スティングに紙袋を渡した後、ユキノの顔の赤みがぐっと増す。しばらく目線を忙しなく移動させていたが、何かの覚悟を決めたのかスティングの眼をまっすぐに見つめた。



「す、スティング様。あの……」

「うん?」

「そちらの、その…えっと……」

「…おう」

「ほ、ん…命なんです」



 可哀想になるほど首まで真っ赤に染まったユキノにスティングは小さく息を飲む、それから一拍置いてゆっくりと口を開いた。



「ユキノ」

「っはい……」


「ほんめいって、なんだ」



 ルーファスは思わず半眼になった。

 確かにスティングには先程東洋のバレンタインについて説明したばかりだし、本命についての話はしなかった。だがユキノの表情や雰囲気で察する事は出来なかっただろうか。
 まさかユキノから、しかも人目のある所で告白をするだなんて考えてもいなかったが、これはあんまりだ。

 さぞ落ち込んでいる事だろうとユキノを見ると、どこかほっとしたように微笑んでいた。



「特にお世話になった方に、より美味しく食べて頂くお呪いです」

「へぇ…サンキューな」

「いえ、それでは失礼しますね」



 スティングが東洋のバレンタインについて詳しくない事を理解した上での告白だったのか、そそくさと退室するユキノの背を見送りスティングに向き直る。
 案外策士な彼女はひっそりと想いを告げて昇華するつもりだったようだが、わざわざきっかけを見逃してやるほどルーファスは甘くはない。

 どうしてこうも互いの想いばかりが見えていないのか不思議なものだ。



「そういえばスティング、東洋のバレンタインでは好きな異性には本命を渡すのだそうだよ」



 ルーファスが言い終わる前に直ぐ傍を駆ける風と、破らんばかりに開かれたままの扉。廊下からユキノの悲鳴が聞こえたような気がしたが、おそらく気のせいだ。
 さて、今日はもうこの部屋の主は戻ってこないに違いないから、解散してしまおう。ただし少し時間を置いてから。



 いっそのこと彼女と幸せになるお呪いでも掛けてしまえば良いのに。




Be my valentine !
(さて、彼は薔薇を渡せたのかな?)






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