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□休息の一時
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大魔闘演舞から数日。
妖精の尻尾台頭による2位陥落やマスターの代替わり、ギルドの体制見直しなど慌ただしい日々が続いていた剣咬の虎であったが、ようやく落ち着いた日常が戻ってきた。
最強を追わなくなったギルドに対して憤慨し辞めていくメンバーを見詰めながら、スティングは息を吐く。
別に最強の称号が要らないわけではないが、他の物を切り捨ててまで最強に拘る必要はない。そうギルドメンバー全員に告げてから人数は確実に減っただろう。
それと同じように剣咬の虎に依頼されるクエストも減ってしまった。
とは言え今居る人数であるなら十分な数であることも確かだ。
そんな状況でもスティングは満足そうな表情を浮かべていた。
「スティング様、レクター様」
「ユキノ」
「ユキノさん」
「ご機嫌なご様子ですが、いかがされましたか」
問いながらスティングと、レクター用の小さなカップにお茶を注いだユキノはゆっくりとデスクにカップを置いていく。
「ありがとうございます、ユキノさんは気が利きますねぇ」
「恐れ入ります、それで…スティング様?」
「あぁ、悪い」
猫の舌でも火傷しない程度の温かさを保つお茶にレクターは満更でもない顔で飲み干していく。
逆にスティングはちびりと飲みながらユキノに眼を合わせた。
「大魔闘演舞の事を思い出してたんだ」
「大魔闘演舞ですか?」
「そうそう、ユキノは見てたか?オレとローグのタッグバトル」
「はい、魔水晶による映像でしたが」
「そっか…酷かったよな、ナツさん俺一人で十分だからってガジルさんのことトロッコに乗せちまうの」
「ガジル様って確か戦車で…」
「仲間大切にするって言っておきながらひでぇ事するもんだ」
ま、そんなナツさん一人にオレ達は勝てなかったんだけど。
そうやってスティングが締めるとユキノもレクターも眼を伏せて俯いてしまった。気が付いたスティングは苦笑しながらユキノの頭を、薔薇の髪飾りを引っ掛けないように撫で、レクターを抱えあげる。
「そんな顔すんなよ」
「しかし……スティング様がマスタージエンマからされた仕打ちを思うと……」
「レクターには悪いけど、あの時負けて良かったって思ってるんだ」
「え?」
潤んだ眼で見上げてくるレクターを撫でて、穏やかに呟いた。
「強さは欲しかったけど、なにより大事なのはレクターだって気付けたし、仲間の為に戦える強さも知れた」
結果的にはレクターも帰ってきて、ドラゴンも退けた。だからこれで良かったのだとスティングは眼を閉じる。
くすぐったそうにレクターは擦り寄り、一人と一匹は顔を合わせてわらった。
「あ、でも誤解すんなよユキノ。強くなりたいから仲間を大切にしたいわけじゃないんだからな」
「それは大丈夫です。スティング様は変わられましたから」
雪原のなか一つだけ咲いた花のような美しい微笑みを浮かべる。ユキノは自分が笑っているという自覚がないのだろう。
笑うたびスティングが固まる事を不思議そうに見ていた。
今も。
「スティング様?」
「いや、なんでもない」
「ユキノさんは鈍感なんですねぇ、スティング君大変ですよ」
今まで何も言わずにいたレクターが口を挟む。
恨みがましい眼を向けてくるスティングと、きょとんとした顔で見詰めてくるユキノの間で、どこかの青い猫のようにくふくふと笑い声を漏らすのだった。