頭がガンガン痛む。
絶え間なく流れる汗は眉間を伝い、うなじを流れ落ちじっとりと下着を濡らす。
ザックスは今、ウータイ南部戦線に駆り出され、緑濃い森を這いずり回っている。
ソルジャー隊は先遣部隊として絡んだ蔓や丈高い下草をかき分けながら森の奥へと進んでいる。

無性にイライラするのは暑さとこの鬱陶しい湿度のせいだけじゃない、あいつのせいだ。
(クラウド……)
つい先日、この辛いミッションの少し前、クラウドと別れた。
理由は自分でもよくわからない。
多分クラウドのことが信じられなかったからだろう。
大事に大事にいつも彼を目の前に置きたかった自分の執着を理解してもらえなかった。
クラウドはザックスの束縛が強くなればなるほど諦めたように微笑み、自分の話をしなくなった。
ーーーそうだ、きっと心が離れてきたからだ。
「無理するな!なんでも俺に合わせなくていい!」
クラウドは怒鳴るザックスを透き通った目で見つめた。
「俺のこと、信じられないんだね。疲れてるんじゃない?」
その言葉がまた癪に障った。上から目線で言われた気がして。
最近ミッション続きで苛ついていたのもあるが、クラウドがコツコツと努力して周りに認められていくのに嫉妬していたんだろう。
「偉そうに俺に説教するな!」
そして言ってはいけないことを言った。
「一般兵のくせに」
クラウドは凍り付いたように黙り込み、そのままザックスの部屋を出て行った、なんの言い訳も別れの言葉もなしに。
そしてそれきりだ。

暑い、戦闘服なんか脱ぎ捨てたい。
後ろからカンセルが何か言っている。
「ザ〜ックス!ぼんやりするな!森をぬけたら地雷原だぞ!」
「了解っす」
もうすぐこの暑苦しくじっとりした薄暗い森は終わるようだ。
顔を上げると、目の前で森が途切れて広々した草地が開けている。

鬱蒼とした木々が途切れ、明るい陽光のもとに出た。
「気持ちいいな」
斑に草の生えた広い砂地の原っぱを風が吹き抜ける。
「森の中よりはな。おい、ザックス!気をつけろ!ここには地雷が……」
後ろでカンセルが叫んでいるが、ザックスの耳には入らなかった。
昼なお暗い森を抜けると、青い空の下風が吹いている。やっと見ることのできた空はあの瞳を思い出させた。
(風が気持ちいい)
空を眺めながら草地に足を踏み入れた。
カチっと足の下で金属のスイッチの入った音がした。
「踏んだ……」
ザックスはそのまま首だけ振り返ると後ろから続くカンセルにつぶやいた。
「ザックス、そのままでいろ!減圧式の地雷だ。足を持ち上げると即爆発する」

地雷は……、爆発力が半端だ。
多分足を離すと下半身が消える。
うまくいっても両足をもっていかれる。

「ヤバいな……」
ぼんやりした頭にも状況が呑み込めてきた。
「爆発物処理班を呼ぶから待て!動くな!」
カンセルをはじめとしてソルジャーたちはあっという間にザックスから離れた。
なんなんだよ〜、ザックスの野郎がヘマしやがった、と遠巻きで騒いでいるのが聞こえる。
(マジでヤバいか)


「処理班、どれくらい時間かかる?」
「わからん。一番近くにいるヤツ呼ぶから待て」
暑い、情け容赦ない太陽が頭の上からガンガンと光を注いでくる。
足の力を抜くわけにもいかないので、片足にかけた体重はそのままにただ立っている。
さっきまで気持ち良いと感じた風が熱風になってきたような気がする。
(俺が悪い)
足にぐっと重心をかけながら己の足元を見つめた。
白い砂地を微かに押し上げている地雷の縁がほんのわずか見える。
ただ立っているのは辛い。
泥沼をかきわけて前進したり、敵と切り結びながら血まみれになっていた方が遥かにマシだ。
足元の蟻を眺め、地雷周りに転がってる石ころの数を数えたりしていたが、いよいよ気持ちが滅入ってきた。
「お〜い、ザックス、歌でも歌うか?」
心配してるのか面白がっているのか、ソルジャー仲間は安全なところにしゃがみこんで、ザックスに時折声をかける。
「うるせえ!俺の骨でも拾いやがれ!」
ぎゃははと品のない笑い声が聞こえる。
連中、どうでもよいのだ。
軍の計画進行が遅くなったぜと思ってるだけ。それもたぶん数時間。
森の端で座り込んでいる連中の数人はタバコを吸いだしている。
「タバコ吸うか?」
哀れむように声をかけてきた。
「いや、いい。水飲みたい」
誰がザックスに水筒届けるか。ひょっとして水飲んだ途端ザックスの足が緩んで爆発に巻き込まれるかもしれない。
ひそひそ数人が話しているのがわかりうんざりした。

端末で連絡していたカンセルが水筒を片手に近づいてきた。
「がんばれ、ザックス。あと1時間もすれば近くにいる第三連隊から爆弾処理係が来る」
カンセルからひったくるように水筒を奪うと水を飲んだ。
水は甘露のように喉を伝う。
「ありがとな、カンセル」
カンセルはうなずくと、空の水筒を受け取り普通の速さで安全圏まで歩いて戻った。
(いいヤツ)
あと一時間。
とはいえ、爆発処理係が地雷の処理に成功するとは限らない。
ウータイの地雷は型が多様で複雑なのだ。
処理班が来ても、地雷の処理がうまくいかなければそいつも吹っ飛ぶ。

(暑い)
さっきの水は全部飲み干さないで一部頭を濡らしておけばよかったと思いついた。
どれくらい時間が経ったのだろう?
見上げるとすでに太陽は中天に上っているから、多分あれから2時間くらいだろう。
地雷を踏んだままで精神がもつだろうか。
もうどうでもよくなってきた。
どうせ爆発で死んでも戦闘で死んでも同じ身の上だ。
いつか死ぬのはわかってる。
でも……、足だけ無くなるのは勘弁。
(両足なくなったら何して生きていこう)
自分には何も残らない気がした。
虚しい任務。虚しい自分。虚しい人生。
なにもかもが虚しい。

頭が上せて暑い。
そうだ、タオルをもらってかぶってればよかった。そんなことくらいしか思いつかない。
カンセルを呼ぼう。
カンセルならもってきてくれるに違いない。

ぽたぽたと汗が砂地に吸い込まれる。
体はぐっしょりなのに中身はもうカラカラだ。
足は感覚がなくなり、腫れあがって切り株にでもなったような気分だ。

「カンセ……」
掠れた喉から声が漏れ、顔をもたげたとき、森の中から一人の兵士がカンセルに付き添われてやってきた。
用心しながら工具箱を抱えてゆっくりザックスに近づいてくる。
髪が日を浴びて白っぽく燃え上がるように光った。

「クラウド……」
クラウドはいつもの無表情のまま、ザックスの傍らに立つと自分の巻いていたバンダナをザックスの頭にひょいと被せた。
ほんの少しだが、日が翳って楽になった。
「これから処理します。動かないでください」
カンセルは軽く手を上げると「一番近くにいた爆弾処理係は彼だった」と一言いうとすたすた立ち去った。
(これは偶然なのか?)
言葉がでない、クラウドという名前さえ。
クラウドはザックスの足元に蹲ると、地雷の周りを慎重に掘り出した。
「解体も解除もできなかったら、薄い鉄板を差し入れて地雷を万力で締め上げます」
いやいやいや、解体中爆発してしまったらどうするんだ?
クラウドも吹っ飛ぶ。
「や、やめろ……」
かろうじて掠れ声がでた。
「もういい。危ない。やめろ」
クラウドが爆発に巻き込まれる。
相変わらずの無表情のまま、クラウドは工具箱からだしたスパナで露出した地雷の脇にあるネジを緩めている。
聞こえていないのかもしれない。
「やめろ」
クラウドは白い顔を持ち上げて、じっとザックスを見つめた。
「爆弾処理を命じた上官以外からの命令はききません」
「危ない」
「任務ですから」
取り付く島もなく、クラウドはそれきり黙ると作業を進めた。
蹲ったまま、黙々と小型のシャベルで地雷の脇を掘っていく。
ザックスからはクラウドの後頭部しか見えない。
金色の髪が時折風に吹かれてふわふわとなびく。
細いうなじには汗が流れ、襟足の後れ毛を濡らした。
(あのうなじ。人生最後に見るのがクラウドのうなじなんてな)
クラウドはうなじを噛まれるのが好きだ。
あの華奢なうなじを何度噛んだことだろう。
今思い出すのはクラウドの薄闇に浮かんだ顔。

足の下に踏みつけている地雷は周囲を掘られ、側面をあらわにした。
クラウドが小さく舌打ちをした。
「窓が小さくて中の回路が見えません。やり方を変えます」
ーーーもういい、もういいんだ、クラウド。
離れてくれ。

クラウドはうつむいたままゴソゴソ工具箱をかき回しだした。
「やっぱりこれか」
独り言を言うと、手のひらに余るサイズの薄い鉄の板を取り出した。
「地雷を挟んで万力で締め上げます。踏み続けたまま力を抜かないでください。少し時間がかかります」
地雷の脇はかなり掘り下げられており、今や30センチ近くに達しようとしている。
薄い鉄板を万力のようなものに取り付け、穴の底に置く。
「下の板をセットするのは簡単だから……」
地雷の底に薄い鉄板を差し入れると、じわじわ土の中に押し込む。
「これで下板は地雷の底にセット完了。問題は上の板」
ザックスに語っているのか独り言なのか、クラウドは操作一つごとに説明をする。

今度は薄い鉄板をザックスのコンバットブーツの隙間からそっと差し入れた。
「力抜かないで。ぐっと踏んだままでいてください。こっちで勝手に板差し入れますから」
「失敗したらお前、上半身吹っ飛ぶぞ」
ぽたぽたと汗が地面に落ちる。
「サー・ザックスは下半身吹っ飛びますね」
「ああ」
クラウドがふっと笑った。
「半分ずつです」


クラウドがじわじわと鉄板を靴の下に差し入れていく。
ここで力を抜いたらいけない。
まるでクラウドの作業を邪魔するようにぐいと踏み込む。
「いい感じです。そうやってぎゅっと地雷を踏みつけててください」
鉄板は半分くらいまではすんなり入っていった。
力を抜いたら地雷は爆発するし、あまり強く踏んでも鉄板を差し入れることができない。
息が合わないと作業は進まない。
クラウドが真剣にゆっくり鉄板を押し込む。
ザックスは力を緩めないようにしながらも鉄板が入りやすいようにほんのわずか重心をずらす。
ーーーぎゅっと、ぎゅっと、ぎゅっと!!踏むんだ!

二人の共同作業は初めてだ。
ザックスの影にクラウドがすっぽり入る、抱いているように。
日は中天にあり、焼けつくような陽射しが注ぐ。
作業は遅々として進まず、ザックスは疲れてきた。
クラウドは顔も上げずに作業をしている。
鉄板はあまりにゆっくり差し入れられているので、ザックスは眩暈に負けてふと考える。

(今足を緩めたら一緒に死ねる)
クラウドと死ぬ。
二人で。
頭は朦朧としてきてもう何が何だかわからない。

「ザックス!」
クラウドが顔を上げたので、ザックスはびくりとする。
金色の髪が汗で額に張り付き、砂埃にまみれた頬が紅潮している。
「もう少しだから。これから万力で締めていく」
板は設置できたらしい。
ごつい器械を砂の穴に置くと、クラウドがじわじわと取っ手を回す。
「ザックスの体重は80くらい?結構重いんよね」
「80はない」
「そうだね」
自分の重さをクラウドは知ってる。
(もちろんだ、いつもいつもクラウドに乗り上げてたんだから)
砂の穴の中に設置された万力をクラウドが渾身の力で回す。
白っぽい砂地にぽたりとクラウドの汗が垂れる。
クラウドはほとんど汗をかかない。
(初めてクラウドの汗を見た)

万力の取っ手は固いようで、なかなか回らない。
「80kg締めるのはきつい。70kgあれば大丈夫なんだけど」
「今どれくらい?」
クラウドは万力取っ手の根元にある刻み目を見た。
「40くらいかな。全然足りない」
手伝いたいがしゃがむと地雷を踏む力が抜けそうだ。
「誰かに手伝ってもらえよ」
少し投げやりに言うと、クラウドは顔を上げた。
頬は火照り、額から流れ落ちる汗が鼻梁を避けて顎へと伝う。
「無理。爆発に巻き込まれるから誰も来ない」
「そうか……」
じゃあなんでお前は、という言葉を呑み込む。
「あと少し。がんばるから」
クラウドの口調がいつものものになってることにやっと気づいた。

ーーー神様、このまま永遠にクラウドとここにいてもいいです。

ザックスが祈ろうと祈るまいと時間は過ぎる。
ぎちぎちと金属の擦れる音が高まった。
「60s。これ以上は俺には無理」
クラウドが顔をもたげた。
「マイナス20kgで爆発するかどうかわからないけど」

ザックスが手を差し伸べた。
「跳ぼう」

「爆発したら?」
クラウドはまだ不安そうだ。
「一緒に車椅子かな?」
地雷はザックスの足の下だが、万力で固く締めあげ押さえつけてある。
ザックスは震える手を差し伸べた。
クラウドはゆっくり立ち上がると尻の砂をはらった。
両手を広げ、クラウドを抱き込む。

「行くぞ」
クラウドも細かく震えながら腕の中でうなずく。
「3、2、1!」
足のばねを使ってその場から跳んだ。
クラウドがザックスを抱きしめ、庇うように腕を回したが、ザックスもクラウドを庇おうと体をひねったので、二人は固く抱き合ったまま砂の上を転がった。

地雷は爆発しなかった。

大きく深呼吸。

「ザックス、ザックス、ザックス!」
いきなり、わーっと泣き出したのはクラウドだった。
涙はとめどなく流れ、ザックスの胸を濡らした。
脳天を突き上げるような幸福感にザックスはクラウドを固く抱きしめた。



TM13(2020年2月16日 イベント配布)

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