読処
□夢の終わり
1ページ/2ページ
こんな筈じゃなかったんだ。
もう何度目か分からない言葉をやはり俺は胸の奥で呟く。
こんな筈じゃなかった。
俺は父親の敵を討つために今ここにいるはずだった。生きているはずだった。それしかなくて。
なのに俺の今は何だ。
何もしなくて日々駄目人間を貫いている。
周りには五月蠅い奴らに囲まれて、暖かい布団においしい飯。父親の敵も失ってしまったあの時さえも忘れてしまいそうになる。
それでは駄目なのに……。
何を間違ってしまったのか。
それはたった一つしかなかった。
あの時、あの瞬間、差し伸べられたあの女の手を掴んでしまったこと。そして、今もその手を離せないでること。
こんな処にいる場合ではないのに……。
あの女が父親に連れ戻されようとしたとき、何故引き留めあまつさえついて来てしまったのだろう。
考えても分からない。
分かるのはあの女の手を離せなかったことだけ。
言っていることは意味不明。やることなすこと無茶苦茶で。我が儘で。自意識過剰で。探してもいい処などなさそうな女なのに、何故かその女に惹かれている……。
自分がこんな感情を持つとは思わなかった。
自分にこんな感情があるとは思わなかった。
ただ己のことも何も分からず、父親の敵だけを捜して死んだように生きていくのだとずっと思っていた。
それがなんだ今の様は。
名前を呼ぶ声に顔を上げ、くだらない戯れ言に付き合う。気付けば笑っている俺に、お前はそんな物ではなかったと誰かが囁く。
俺はこんなのではなかった。
笑うなんてもう何年もしてこなかったはずだった。それがどうして……。
日々の日常に、こんな筈ではなかったと思うと同時に、これは夢なのだと強く思う。
これは夢。
いつか冷めてしまう。
いつか消えてしまう。
だから俺はこの日常を甘受する中、何処か冷めた目で見る。いつか消えてしまうと知っているから。
いつか俺は昔のように一人の旅に戻る時が来る。周りの五月蠅い奴らも、あの女も消えていく。
夢から覚めて日常を歩み出す。
だから、夢の中で生まれた感情など言葉に出しはしない。
それはとても無意味なことだから。
だけど、もし、この夢が終わった後も、お前がいるならば、
その時は……。
『アルゼイド』
名を呼んで手を差し伸べてくるお前に、全てを伝えても良いと思う。
夢の終わりにお前がいたのならば