読処

□後少しでも
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 夜、目が覚めてしまい部屋の外に出た。
 普段なら一度眠ったら起きないはずの私が起きたのは何か予感がしたからか、それてもただ単に隣にいるはずの人が居なくなっていたからか。
 部屋の外に出ると縁側の方で彼の人が座っていた。こちらに気付いたかの人が穏やかに笑う。

「薫、どうしたでござるか」
「ちょっと、目が覚めちゃったの……。剣心こそ、どうしたの?」
「少し、昔のことを思い出していたのでござるよ。薫もここに」
 誘われるままに隣に座る。昔のことを思い出していたという剣心の表情はとても辛い色をしていた。見ているこちらまでも苦しくなるようなそんな表情。

「昔の事って、幕末の頃の」

 聞いては行けないと思っていたのに、聞いてしまった私に対して剣心は意外な返事をした。

「いや、薫に出会ってからのことを少し……」
「え?」

 思わず漏れてしまった声。それが酷く怯えて震えていた。
 だって彼は今、とても辛そうな顔をしている。私は彼を支えて幸せにしていこうと今までやってきたのに。頑張ってきたのに。全て、独りよがりで意味のないことだったのだろうか。

 剣心は苦痛に感じていた?

 少しは、その痛みを拭うことが出来たと思っていたのに。それはうぬぼれだった?

 泣きそうになるのを何とか堪えて、そうとだけ口にした。潤んでしまう目を隠すために顔を伏せると剣心の腕が私の頭を包み込む。頬が剣心の肌に当たった。

「すまぬ。勘違いさせてしまったでござるな。
 拙者は薫殿と一緒になったことで苦痛を感じたことなどござらぬよ。辛いと思ったことなどない。逆にいつも幸せだと感じているのでござるよ。ただ、」

 彼の声が落ちた。苦しそうにその顔は歪められる。

「ただ、拙者は薫に何もしてあげることが出来なかったと思うと、心苦しいのでござるよ」
「そんな、そんな事はないわ! 剣心は私のこと、一杯支えてくれたし、それに、私は剣心が居てくれるそれだけで幸せだったもの」
「薫……」

 見つめる彼の瞳は揺れていた。剣心の手を取り私のこの気持ちが少しでも伝わるようにと、力を込めた。言葉だけでは届かない気がして……。

「薫」

 彼の呼び声に私はその目を見つめることで答えた。

「昼の話のことでござるが」
「ええ」
「拙者は行くでござるよ」
「分かってるわ」

 口にしながら胸の奥がぎゅうと握り絞られていく感覚がした。
 今日の昼、山縣卿が来て剣心に大陸に行くように言ってきていた。もうすでに刀も握れなくなっている剣心だけど、それでも行くことを決めた。それは彼が見付けた応えのために。私にはそれを信じて見送ることしかできない。
 今までにだって何度もあったことだけど、でも今回は期間も長くなり何時帰ってこれるのかさえ分からない。彼なら大丈夫だと思っても不安を捨てることは出来なかった

「薫。分かっていることだとは思うが、今回は今まで以上に長くなる。薫にはまたたくさんの心配をかけてしまうことになる。不安な気持ちももたくさんさせてしまうのでござろうな。だけど、必ず薫のもとに帰ってくるでござるよ」
「うん。信じてるわ」
「ありがとう」

 体を離した彼の手が私の頬をすべる。いつの間にか流れていた涙がぬぐい取られる。

「薫」
「何?」
「……拙者は薫を待たせてばかりだったと思う。告白の時もそうでござったし、結婚するのも大分待たせてしまった。その後も何度も家を空け薫を待たせていた。心配させて不安ばかり与える駄目な夫でござった。一緒にいる時しゃせめてもと君を幸せにできるよう心がけてきたが、それが出来たのか実のところ自信はない。
 償いのためと、出掛けるばかりで薫に与えるものなど少なく、寂しい思い祖をさせていた。だから」
 
 剣心は柔らかく微笑んだ。
 彼が言ったことに違うと言いたかったけど、それを許さぬ笑顔で微笑んだのだ。
 
 だから、ともう一度繰り返した。

 私の頬に置いた手で私の視線の先を捕らえた。見えた剣心の瞳はとても切なく真剣な色をしていた。

「この件から帰ってきたら、もうこれ以上は何処にも行かぬよ。答えを得て、償いのために生きてきたが、その時からは薫、君のために生きる」
「え……?」

 私は息をなくした。突然の話に戸惑うことしかできない。

「でも……」
「もう良いと思ったのでござるよ。もうそろそろと……。この身体ももう無理でござ労使、それに、目に見える人の言ってきたが、一番大事な人に寂しい思いをさせてばかりで、幸せに出来たと思えないから、だからこれが終われば薫のためにと。
 薫の傍で幸せにしていけたらと思ったのでござるよ。嫌で、ござるか」

 否定しようとした声は、あまりのことで音になることが出来なかった。喉の奥に何か熱いものがつかえて言葉にならない。
 代わりに、首を振った。

「いやじゃ、嫌じゃないわ」

 言葉の途中、耐えきれなくなり剣心に抱きついた。涙が溢れていく。

「嬉しい。……嬉しいの。でも、でも……本当にいいの?」

 信じられなくて問いかければ剣心は優しい目をして微笑んでくれる。

「言いに決まっているでござろう」

 抱きしめ返してくれる彼の力は強くて、とても暖かい。

「今まで寂しい思いをさせてすまなかった、最後に一度だけ待っていてくれ。必ず帰ってくるから。
 そしたら、ずっと一緒にいよう。もう長くはないかもしれぬが。それでもよければ。君の傍で君を幸せにしていく」
「剣心。ずっとずっと待ってるから、絶対に帰ってきてね」
「ああ……。ああ。必ず帰ってくる。帰ってくるでござるよ」
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