Novels 短編

□あなたに
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時間が戻せるなら、はなからそうしている。




後悔したってもう遅い。



……だから、





どうか、お願いです。






この手を取ってくれますか?



















聞こえるのは波の音、海の匂い、そして……



彼の声。



そんな当たり前の毎日が来なくなったあの日からもう二年も経った。


どうしたって遅いのに気付いてしまったのだから仕方ないけれど、


彼への気持ちを知ってしまったあたしにとって、この二年は胸を締め付けられるものだった。

仲間が心配で、ルフィが心配で、その気持ちと同じくらい彼のことも心配だった。

生きているかさえ分からない、だけど信じるしか他なかった。



信じて……


また会える日を待つしかなかった。






そうして暖めたこの想いは再開を同時に溢れてしまって、


二年ぶりに会った彼を目の前にして、そのまま想いの丈をぶつけてしまったのは今思い出しても恥ずかしい。


泣きながら話すあたしに最初は驚いていた彼も、すぐに優しいいつもの顔になって、


そのまま手を引かれて腕の中に引き寄せられた時は、心臓がキリキリ痛かった。


真っ赤になるあたしに負けないくらい真っ赤になって話す彼の口から聞いた言葉は

今でも昨日のことのように耳に残って離れない。


おそるおそる顔を上げたあたしを覗き込むようにして近づいてきた彼にそのままキスされた。

あの日からあたしは彼の特別になった。






ーーーーーーーーー





「………ちぃ…」


潮風にあたっているあたしに声をかけた人物に振り返らずに返事をした。

そのままの体勢でいると、その人も同じように船縁に身体を預けて遠くを見つめていた。


少しの沈黙を破ったその声は震えていた。





「………ごめんね、サンジくんのこと」


「…………なんでナミが謝るの?」



まっすぐ。ただまっすぐ前を見て、今にも溢れしまいそうな涙を落とさないように必死に前を見た。


つい先ほど再会したナミの口からきいたサンジくんのこと。

ようやく会えると思っていた彼はここにはいなくて、

告げられたことに動揺を隠しきれなくて、一人ここにやってきたのだった。



「…あたしにもっと力があったら……サンジくんはあたし達を守って…っ、」


ギュッと肩を抱いて悔しさで唇を噛むナミは、仲間を助けれなかったことに自分を責めているようだった。


「………サンジくんはそういう人だよ」



優しいから。



そう笑うあたしに、ナミはまたぐしゃりと顔を歪ませた。

わかってるよ、一番近くにいて止められなかったナミたちが一番辛いんだ。


落ち込む彼女の気を紛らわそうと、口をついたのは今までのサンジくんとの思い出だった。

いつも誰かのために動くせいか、あたしの中の彼の記憶は黒スーツの後ろ姿だった。



「サンジくんはいっつも誰かの為に敵に向かっていく…自分のことなんか後回しだってルフィが言ってた」


そう話すあたしにナミも思い当たることがあるみたいで頷いていた。


「バラティエの時もそうだったって……そういえば冬島の時もあたしとルフィをかばって…」


あの時受けた傷のこと、サンジくんはなにも話してくれなかった。

ちょっとヘマしちゃって、なんてヘラヘラ笑うサンジくんにルフィはすごく怒っていたっけ。


今までの彼の行動から、自分の命を顧みないことは薄々気付いていた。



「空島のときだって、あたしたちを逃がすために雷に撃たれて……身体を張って守ってくれたわ」



「自己犠牲な行動に出るんだ、あいつはってゾロも言ってた、自分の命なんか惜しくないんだって……」




サンジくん。


聞きたいことや言いたいことが山ほどあるのに、


会えたら一番に抱きつこうとか、


ドレスローザでのことも話したいし、


なにより生きてるって実感が欲しかった。


なのに……どこにいるの…


なにしてるの?

だれといるの?


……サンジくん、あなたは何者なの?



そんな想いが頭の中をぐるぐる回って、さっきからなにもせずにこうやって海と空を見つめるばかりだ。


その綺麗な青が、まるでサンジくんのようだった。






「………サンジくんね、笑ったの…」

「……」


「絶対に戻るからって……あいつらに伝えてくれって、笑ってたの」


「……っ、」








そのとき、彼がどんな想いでいたか…


戻れないかもしれないのに、戻るって


笑って、心配かけないようにしたんだね。



そんなサンジくんの気持ちを考えただけで、張り裂けそうなこの胸は、あの日のようにまたキリキリ痛んだ。


そばにいたかった。


彼を守りたかった。



そんな想いを巡らせながら、頭を船縁にもたれるように前かがみになるあたしの背中にそっと手が触れた。


「………ナミ…」

「………」

「………会いたいよ…サンジくんに…っ、会いたい…」

「…っ、ちぃ」



そこまで言ったところで、我慢していたものは全部流れ出して子供のように泣いた。


頭の中は彼でいっぱいだった。




笑った顔や怒った顔や、


あたしより高い背に、大きな手…


綺麗な金色の髪に、少し苦いタバコの匂い


触れるときの優しさや、

抱きしめるときの強さ


いつもいつもあたしを守ってくれた。



『ちぃちゃん』


その声が……大好きだった。





「………サンジくん言ってた…あたしたちに隠し事していたわけじゃないって…おれの前に現れないはずの過去だったって…」


唇を噛み締めて必死に言葉を繋げるナミに抱きしめられながら、その話に耳を傾けた。


「……これ、預かったの…サンジくんから」


「…………」

「…あんたに」



目の前に出された彼女の拳から受け取ったのは小さな紙切れで、

カサリと音を立て、手のひらに落ちたそれには黒い文字がうっすらと透けていた。

四つ折りになった紙をゆっくり開くと、そこには見慣れた字が書かれていて、


その内容にまた熱いものが流れて頬を濡らした。


途切れ途切れの言葉で話すあたしに、ナミは何度も頷いてくれた。



「……サンジくんは…いつも自分のことなんか二の次で……もし、あたしたちを交換条件で出されたりしたら……っ、帰りたくても帰れないこともあると思う……自分なんかよりあたしたちを助けようとする…だから……」


「………戻らない……かもね」




それでも、あたしたちにできること。




ひとつしかないよ。





彼の言葉を信じて、


必ず……助けに行く。




だから、だからお願いです。




差し出されたその手を





掴んでください。











「じゃあ、先に行くわ……ちぃもはやく来てね」





落ち着いたあたしはその後、もう少しここにいると告げ、不安そうに何度も振り返るナミを手を振って見送った。


カチャリ、聞き慣れたキッチンへの扉を開いてカウンターに座った。

いつもサンジくんがいた場所で、もう一度その手紙を開いてみた。










「……やっぱり、自分のことは二の次なんだから…」





項垂れるようにカウンターに突っ伏して、また泣いた。



真白な紙に書かれた、たった四文字の言葉。


少し震えているその字にポタリと雫が落ちた。







『信じて』







あなたのその言葉に、あたしは賭けるよ。









だから、早く帰ってきてね。







END
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