Novels 短編
□この高鳴りをなんと呼ぶ
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「サンジおそいなぁー、」
「……うん」
ダイニングのテーブルに顔を突っ伏してたチョッパーが泣きそうな声で言うから余計胸がきゅってなるのを感じた。
もう20時を廻るのに、昼前にでていったきりサンジは船に帰ってこない。
「チッ、あのクソコックなにしてやがんだ」
「サンジくんなにかあったのかしら……」
さっきからイライラを隠しきれてないゾロを背に、飾り付けに使った折り紙を片付けているナミが心配そうに眉を寄せた。
今までサンジが無断で船を後にすることなんてなかったからこそ、
クルー達の心配は増すばかりだ。
「なァー、ナミ〜!ハラ減ったぞ〜」
今回に限ってはルフィだけでなく他のクルーも同意見で、
気の抜けるような声で強請るルフィに誰も反論なんてせず、ただただキッチンの開くことない扉を黙って見つめているしかなかった。
「なんだよ〜、せっかく誕生日会の準備したってのにさァ」
「「…………」」
ウソップの言葉にまた静まった一同は、気まずい空気に痺れを切らしたナミの言葉で調子を取り戻した。
「いくらなんでもこんなに遅いなんておかしいわよ」
「確かに……こんなこと今まで一度もなかったわ」
探しに行こう、なんて立ち上がった皆にあたしは一人キッチンを出て行こうした。
「………どこいくんだ」
そんなあたしを呼び止めた声に動きが止まる。
振り返らなくてもわかる…
こういう時、あたしの変化に気づくのはいつもこの人だったから。
「見張り台……今日の不寝番あたしだから…」
扉の前であたしを引き止めるゾロに不思議に思ったクルーたちがこちらをみている。
「皆ごめん、あたし…はりきりすぎたんだァ」
たまらず心に抱えていた想いが溢れ出す。
よくよく考えてみたら、今日一日あたしが張り切っていただけなんじゃないか…
サンジは、迷惑だったかな…
「勝手に舞い上がって誕生日会なんていったけど、サンジだって誕生日に過ごす人なんてたくさんいるじゃん?」
少しだけ揺れる瞳から溢れそうな涙をぐっと堪えるあたしの肩にゾロの手が触れた。
「女好きだしさァ、軽いし…あれでも結構モテるし……多分今日は帰ってこないんじゃないかな」
「ちぃ…」
そんなことないぞと駆け寄ってきたチョッパーがあたしのスカートを引っ張った。
唇を噛んで目を閉じると、浮かんでくるのは昼間のサンジの笑った顔ばかり。
…なんで、こんなにあたし…悲しいんだろう
「………っ、ごめ……今日はもう、お開きだね。ルフィ、全部食べていいよッ」
「おいっ、」
そのままキッチンを飛び出して見張り台まで走ったあたしに、後ろから呼び止めるゾロの声や嬉しそうなルフィの声はもう遠くに聞こえていた。
「………ちぃ、」
「………っ、」
毛布にくるまってしゃくり泣くあたしは後ろからゾロの大きな身体に包まれた。
「泣くなら独りになるんじゃねェ…」
「……ふ…っ、ぞろ〜」
抱きしめられてるのに恥ずかしさよりも今はこの悲しみを誰かに受け止めて欲しくて、
誰よりもそばに居て欲しい彼がいないことも、
実はあたしがサンジと一緒にいるときのゾロはいつもこうして邪魔してくることとか、
今まで気づいていながら知らないふりしてたゾロの気持ちが痛いくらいに感じたから
余計涙も止まらなくなった。
「おれがいるだろうが」
そうやって力強く囁く言葉が最後に、もうゾロはそれ以上聞いてこなかった。
初めて感じるゾロの身体は熱くて硬くて……
苦しいくらいの優しさなのに、あたしの頭の中はやっぱりサンジのことばかりで、
居心地の悪さを感じながらも、宥めるように背中を叩くその手があまりにも優しいから、
拒む理由を見つけることもできないままゾロの腕の中で眠りに落ちていった。
「ちぃ、……起きろ、おい」
「……ん、…ぞろォ…」
「…起きろ、もうすっかり夜中だ」
目が覚めて最初に見えたのは太くて見慣れた首筋で、
それに一度は驚いたものの昨日の夜にゾロに慰めてもらったこととか、思い出すと顔が熱くなってまともに眼を見ることができなかった。
「………ッ!…サンジは?」
ぼーっとする頭で一番にでてきた言葉に若干ゾロの額が歪んだが、返ってきた応えに肩がガックリ下がった。
「………まだ帰ってねェよ」
「………」
「おい…っ、まて……」
ゾロの制止を振り切りながら、梯子を降りたあたしは上陸してサンジを探しにいくために船縁に手をかけたとき、
見慣れたスーツ姿が暗闇の中月に照らされていて、夜風が吹いたせいで彼の揺れる金髪越しにパチリと眼があった。
「………ぁ」
こちらに気づいたサンジは慌てて船に上がってきて、あたしをみて複雑そうに顔を歪めた。
「………よォ、こんな時間に帰ってくるとはいい身分だな」
後ろから追いかけてきたゾロが挑発するように声を投げかけたが、応えないサンジにイラついたゾロが舌を鳴らす。
「サンジ!心配したんだよ?」
駆け寄ったあたしに優しく微笑んだサンジの顔に違和感を感じる。
どこかさみしそうで…
目も合わせてくれない。
「どこにいってたの?」
こっちをみて、と言わんばかりに整ったシワのないスーツをくしゃりと掴んだ。
「…すまない、ちぃちゃん…その前にこれ、受け取ってくれ」
照れ臭そうに髪をかきながら、彼の手から受け取ったものはとても小さくて四角い箱。
「………これ、」
「あァ、……誕生日おめでとう」