過去拍手Novels
□しるし
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「…………起きた?」
ベットの上で本を読むあたしの膝に頭を預けて寝ていたルフィが寝返りをうった。
朝早く目が覚めてしまい手に読みかけの本をとってみたが、寝相の悪いルフィがこれみよがしにからまってきたのでなかなかそのページがめくられることはなかった。
それがくすぐったくて身をよじらせたあたしの腹に手を回してホールドした後、またピタリと動かなくなってしまった。
まだサンジくん以外のクルーたちは寝静まっているであろう明け方。
ロビンが不寝番だった昨日の夜からこうやって二人で過ごしている時はいつも通りの彼だったのに、何かおかしい…
「……どうしたの?ルフィ………ねぇ、」
「……………」
呼んでも返事をしない代わりにまたギュッと腕に力を込めてくる。
最近こんなことがよくある。
どうしたのと聞いても、詳しくは教えてくれない。
淋しそうな、すがるようなその黒髪にさらりと触れてみる。
瞳の色と同じそれは手触りがよくてついつい触ってしまうのがあたしの癖。
甘えているのとは少し、違う気がする……
そして何故だかあたしは、そんなルフィを見るのはたまらなく胸が締め付けられるのだ。
「……ねぇ、ルフィ……」
「………………
……エース」
最後までいい終わる前にやっと開いたルフィの口から出た言葉はとても聞き慣れたものだった。
だってそれは、ルフィのこの海での道標であった人。
ルフィの大切な大切な人。
そして、今はもういない人。
「…………エースのこと思い出してたの?」
返事の代わりにまたギュッと、今度はさっきより強く抱いてきた。
少し体制がキツくなって脚をどけようとしたがそれを許してもらえず、なにも言わないルフィの吐息の音だけが聞こえる。
「………ルフィ…」
…あんたらしくない
そう言おうとして唇を噛んだ。
ルフィらしいってなんなのか、彼の苦しみを分かってあげれるはずないのに、
そんな軽はずみな言葉を言うわけにはいかなかった。
「………夢をみた……エースの」
熱い腕がなにかを探すように太腿を撫でる。
消え入りそうな声がこのまま白いシーツに吸い込まれて、なくなりそうな気がした。
「……………どんな夢だったの?」
「……………エースが、いなくなる夢だ」
「…………」
「………でも…夢じゃなかったんだな」
独り言のようにこぼすルフィの声が少しだけ震えていた。
あれから二年といくらかの時が過ぎたが、まだ夢にうなされているルフィに言ってあげる言葉が出てこない。
自分の無力さを感じて痛いくらい彼の手を握った。
そのうち熱く痺れた目頭から涙が流れ、目の前のルフィがぼやけた。
二年間あんたのためだけに、必死で強くなろうとしたあたしのことをルフィは今は見向きもしない。
いくらあたしが呼びかけても、いつもみたいに屈託のない笑顔は見えない。
……それでも…
ねぇ、ルフィ……あたしがあんたの……
「……………バカね」
「………」
「………あたしがいるじゃない」
その言葉にやっと頭を上げたルフィの顔はいつもの太陽のような笑顔なんかじゃなく、
いまにも泣きそうな顔で眉を下げていた。
「あんたを守ってくれたエースには感謝してる。だって…………あたし…っ、ルフィがいない世界なんて考えられない…」
ルフィの手をぎゅっと握ると硬くて大きくて男らしいのに、今はあたしよりも小さく思える。
「…………俺は……っ、弱い」
「…………あたしもよ、」
「……っ、」
「…………ルフィがいなくなったらって考えただけで、胸が張り裂けそうなの…っ、」
ほら、あたしはあんたのことになるととことん弱い。
「………でも、戻ってきた」
「………」
「……二年かかったけど、あんたもあたしも……戻ってきたじゃない………っ、ここに」
「…………」
「………皆でまた集まることができたじゃない…」
「……………」
「………あんたは一人じゃないでしょ」
じっとしていたルフィがゆっくりと顔を上げた。
ふっと優しく笑ったルフィをかき抱いて存在を確かめるようにルフィの体温を感じた。
大丈夫。
あんたが迷った時はあたしが導いてあげる。
あんたの進む方角に針を向けてあげる。
その逞しい背中に幾度となく胸が騒いだ。
あたしがあんたのコンパスになってあげる。
道標はなくならない。
「………あんたのことが…っ、大好きよ、ルフィ」
そう、あんたを海賊王にするのはこのあたし。
END