過去拍手Novels

□流れゆく世界の中で
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眼を閉じればいつも、思い出すのはあの光景だ。



あの匂い、あの温度、あの音、




あの人の……笑った顔。



すべてが過去へと俺を引き戻す。












「流れゆく世界の中で」













「……………」


「………なにしてやがる」


俺の腹の上で。そう言おうとした口を綿菓子よりも甘い香りに塞がれた。


何度も重ねたそれはいつ味わっても柔らかで温かい。


そんなことを考えて閉じた瞳を薄く開けると、目の前で揺れるオレンジ色の髪に手を伸ばした。


手触りのいい感触にさっきまでウトウトしていた俺はすぐまた引き寄せられるように夢に傾く。



珍しく長く求めてくるこいつが胸の上に乗っかったのをみて、猫のようだななんて呑気なことを考えていた。


そしてまた、あの匂い、あの温度、あの音……


忘れたい光景が嫌でも蘇る。




「………ん、…ロー」

「……ナミ」


男ってのはミジンコ以下の理性しか持ってねェんだ、


そんな奴の上に跨って、唇を濡らしてわざと音を立てるように絡めてくるなんて誘ってるとしか思えねェんだよ。

そんなこと思いながら本当のところ見たくもない過去の記憶から逃げるのに精一杯なのはどこのどいつだ。


そしてナミの腰に手を回して逃げれないようにぐっと力を入れて、今度は自らキスをしようとしたのに

ふいっと顔をそらしたナミはぽすっと枕に顔を埋めた。



「……てめェ、なに考えてやがる」


いちいちベタベタ寄ってくるくせに、こっちが手を伸ばすと離れていく

猫みたいにこっちを見ない冷たい背中を無理やり肩をつかんで振り向かせた。

身体を組み敷いてそのまま顔を近づけても一向にこっちをみないそいつにイライラして舌打ちがでた。



「……おい、おまえいい加減に…」

「……コラさんってだれ?」

「……は?」

「コラさんって………だれ?」


復唱した女の言葉がまたあの頃に俺を引き戻す。


聴き逃すわけがねェだろ、だってその人は俺の………



「だから誰なのよコラさんって」

固まっている俺にため息をつきながら身体を押しのけたナミの眼は少し赤くなっていた。



………泣いていたのか。



「…なんなんだ、いきなり」

「……ふーん、あたしに言えない人なんだ」


女ってのは相手を問い詰めるのが上手い。

そして心底惚れてる女からの事情聴取はとことんめんどくせェ。


めんどくさくて、そしてなぜか愛おしい。


「寝言で呼んでたわ……コラさんって」


その言葉にピクリと反応した俺をこいつは見逃さない。

どんどんうつむいていくそいつに伸ばしかけた手は荒々しく払いのけられた。

これか……こいつの泣いていた理由。



「………おい、」

「……もしかして、昔の彼女とか?」

「は?……アホかおまえは」

「……っ、…答えてよ」


キッと睨んできたこいつに軽く舌打ちをしてふてぶてしく答える。

ほんのすこし、悪戯心が疼いてしまう。


「………まぁ、似たようなもんだ」

「……っ、なにそれ」

「おれに……愛をくれた人って言ったほうがいいかもな」


実際に、それは本当のことだ。


家族でもなかったあの人は、俺のために泣いてくれたんだ。

そして俺を生かしてくれた人。


死の淵に立たされた俺を救ってくれた、

死んだって構わないと思っていたのに、ただあの人が、そばにいてくれた……


ただそれだけが、あんなにも強く優しいなんて初めて知った。



今でもそこにいるような気がして、

いつだって……探してしまう。




「……好きだったのね、」

「………」

「大好きだったのね……その人のこと」

息を自然と吐くように、ポツリと何気なく出た言葉はなんとも辛そうで、


悔しそうに顔を歪ませた目の前の女は俺の服を強く握った。


そんなにしたら皺ができるだろ…


そんな言葉でさえ出てこない。


なんて言ってやればいいか分からねェ。


傷つけたくもないし、泣かせたくもないのにいつも真逆のことをしてしまう。



「だってロー…その人の話してるとき優しい顔になる」

「……おい」

「…悔しい……」


涙を浮かべた瞳が、キラキラ光って綺麗だ。


悪趣味、お前はそう言うだろうな。


「………あたしのほうが好きなんだから……」

「………」

「……好きって言葉じゃ足りない………」

「……ナミ、こっち向け」


未だに腹の上で猫のように俯く女を、ぐっと片手で上に引き寄せた。


俺を想って嫉妬に駆られるその顔がもっと近くで見えるように。

泣き顔を見せないように必死なナミも、俺の視線に耐えれなくなったのかおずおずと顔を上げる。

真っ赤になってるこいつを今後誰にも見せないことを心に決めたとき、頭をガツンと殴られたような衝撃が走る。


「………あいしてる、ロー」

「……っ!」


まさに、ふいをつかれた。


俺の胸の上に両手を丸めてついてたナミは、あろうことかそのまま前のめりになってちゅっと可愛くキスをした。


驚いて眼を見開いている間もなく、またしてもそれは叩きつけられる。


「……愛してるわ」

「………おまえは、面白いやつだな」

「…なッ!人が真面目に話してるのになによ!」

「くくっ………おれを飽きさせないってことだ」


絹のような髪を滑らせて、その小さな頭をかき寄せた。

合わせたら止まらなくなることを承知でその柔らかな赤に這うように食らいつく。


「…んん、……苦しい」

「…やめていいのか?」

「………やだ、やめないで」


あぁ、やめないさ。


放してやるもんか。


おれにはどうやら、この弱くて小さい温かなものが必要らしい。



ひとしきり絡めて息が荒くなった頃、少しの隙間もないように強く強く彼女を抱きしめた。


「………コラさんって人があなたに愛を教えてくれた人なら……あたしが…」


そっと、耳元に近づくとナミは優しくこういった。








最後まであんたから愛をもらってあげる。




そのまま、流れゆく意識の中で眠かったことを思い出してゆっくりと瞳を閉じた。



あの頃、なにがどう正しかったのか、


どうしていたらあの人を助けれていたのか、分からないけれど、



ただそばにいて愛することを、忘れずに生きていくから……



流れゆく世界の中で



悲しくても、その想い出もいつかは




笑顔で佇むあの人が見えるはず。









「……ロー、」
「…なんだ?」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
「………今日はやけに素直なんだな」
「で、コラさんて誰なのよ」
「………お前は本当に面白いな」





Happy Birthday Law♪

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