Novels 短編

□この高鳴りをなんと呼ぶ
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手を動かせば誰かのため。



脚を動かせばまた誰かのため。




いつもクルクル動きまわって、



自分のことは後回し。




そんな彼も今日ぐらいは休めばいいのに…



少しはあたしもあなたの役に立ちたいの。




変だなァ




この高鳴る気持ちって…




そうそう、あれよ………













「だーーーめーーー!サンジは座っててよ!」

「い、いや…でもなちぃちゃん…おれはこの船のコックなわけで」



今朝からこのやり取りは何回目だろう。


慣れないキッチンに立って、腕まくりをし包丁を持つあたしをみて顔を青くして歩み寄る彼。



「いーいーかーら!座ってて!」


「…………はい」



いつもいつも皆のために働きっぱなしのサンジのために、


今日ぐらいはあたしが……と、引き受けてからずっと後ろを付きまとっていた彼がようやく椅子に座ったのを確認して、


夜に迎える盛大な宴のために準備にとりかかった。





でも、この宴のことはまだ彼には秘密。






「……わっ、」

「…………」


「………きゃっ!」

「…………」


ガチャンっ!


「………っ、〜〜〜!!」




慣れないことをしてるせいか、お鍋は蒸すし、料理は焦がす、そんなあたしを見兼ねたサンジはまた、



「……やっぱり俺がやろうか?」



なんて言ってはキッチンを覗きにくる姿にあたしもムキになる。



「大丈夫だから、座ってて! 」



そりゃあ、料理は確かに得意ではないよ?


サンジとのなんて比べものにならないもの。



でも、でも、今日ぐらいは休んで欲しいよ…



だって、今日は…




「いやいや、ちぃちゃんさっきからそればっかだけど………なに企んでんの?」

カウンターに手をついてこちらに首を傾げるサンジがなんだか新鮮でドキッとする。


「な!……だって今日は……」

「ん?今日は……なに?」








そう、今日は彼にとって特別な日。



サンジの誕生日なのだ。




自分の誕生日を忘れてるサンジになにかいつものお礼をしたくて、必死に考えた結果こうして家事全般を引き受けてるんだけど、



「…な、内緒っ!!」


「ナイショ…って、可愛なァ〜♩」



なにが嬉しいのかデレデレするサンジに、気づかれなくてよかったと冷や汗をかきながら


またキッチンに向かって作業にとりかかる。


他のクルーは島に降りて、プレゼントやら宴のお酒などを調達しに出かけてて、


船にはあたしとサンジの二人だけだ。




……あ、見張りにゾロもいたっけ。





「それにしてもちぃちゃんの手料理が食べれるなんてな〜俺ァしあわせだーーー!!」



アホなコックさんが後ろでクルクルメロリンしている間に軽い下準備は済ませたあたしは次の家事にとりかかる。



「さァ、次はなにするんだい?」


「んー、お天気がいいから洗濯物干そうかな!」


日がでてる今のうちに女部屋と男部屋から持ってきたタオルを船尾まで運び、



ひとつひとつパンパン叩いて干していく…



「あ、ちぃちゃんありがとう。そこに置いといてくれ」


「あ、うん…」


「重かっただろう?紅茶淹れたから、座って休んでてよ」


「あ、ありがとう〜」






………って、



「ちがーーーーーう!!」


「ちぃちゃん、……心臓に悪いっす」



いつの間にかあたしを椅子に誘導して紅茶なんか淹れて、家事をしようとするサンジ。


さすが騎士道名乗ってるだけあるわ……でも今日は譲れないんだから!



「あたしがやるから、サンジは座って……もー、こっち来て」



シーツの皺をのばすサンジの大きな手をとって簡易ベンチに座るように促したが、



その手のゴツゴツした男らしさや、熱さに慌てて手を離した。



「…………」


「と、とにかく!おとなしくしててねッ!」



顔が熱くなるのを感じて隠すようにシーツを壁にして彼の前に立った。


恥ずかしさを消すように目の前の白を叩くのだけど、



全く消えない熱と収まらない心臓の音がすぐそこの彼に聞こえそうで、


シーツを叩く音を大きくする。



「……ちぃちゃん、さっきから同じとこばっか叩いてるよ」


「へっ?……ぁ、そ、そうだね!」


指摘されて余計熱くなる頬を抑えながらどんどん干していくけれど、


あっという間にからになった洗濯カゴをみて



もういっそこれを被って隠してしまおうかなんて考えも浮かんだ。



「お、終わり〜、次は掃除でもしようかな〜」


「なァ、ちぃちゃん………なんでそんな必死におれのためにしてくれるんだ?」


「…え……」


思いもよらない質問に間の抜けた声がでてしまい慌てて口元に手をやる。


ちらりとシーツの間からサンジの見透かすような瞳と目が合う。


「俺のためだろ?……家事全部ひきうけるなんてさ」


「………そ、それは」


シーツ越しに聞こえるサンジの低くて甘い声に心臓の高鳴りがどんどん大きくなっていく。



ど、どうしよう…なんて答えれば………



元はと言えばあたしがサンジの誕生日会をしようと言い出し、


勝手に家事を引き受けて、皆にもそれぞれの分担を言い渡し……



そういえばなんであたしはこんなにも、サンジのことばっかり考えているんだろうか。


「……ねェ、なんで?」




声のする方を見上げるとさっきまでシーツで隔てていた彼が目の前立っていて、


その高い身長から隠れるあたしを簡単に覗き込んでいて、



その優しい瞳と目があったとき思わずいってしまいそうな言葉が見つかった。


「………あの、…」







「おい、クソコック」



声がした方を振り返ると、無愛想な顔で頭をガシガシかくゾロが立っていた。


「酒がたりねェ」


そういって何本か酒瓶をもっているが、中身は全部殻なのかもっとよこせとつめよってきた。



「てめェは昼間っから酒なんか呑むんじゃねェよ、このマリモ!」


「うっせーなァ、さっさと酒よこせ………ぁ?」


「あ?なんだマリモマン」


またいつもの喧嘩が始まったと、軽い感じに眺めていたあたしに、


ゾロがぐっと近づいて不思議そうに目を丸くした。



「ちぃ、お前顔赤いぞ?」


思わぬツッコミにしどろもどろになりながらなんとかやり過ごそうとしたが、


ゾロの大きな手がおでこに伸びてきて、そのまま包み込んで優しく声をかけられた。


「そ、そうかな?気のせいじゃない?」

「熱……はねェな、朝から慣れねェことするから疲れたんじゃねェのか?」


「ち、違うわよ!失礼ね!あたしだって家事ぐらいできます〜」


「ははっ、どーだかな!……それより、計画は上手くいってんのかよ」


「わ!バカ……」


誕生日の計画を誕生日の主役の前でバラそうとする、このバカな剣士さんの口を慌てて手で塞いだ。


「シーっ!サンジにバレたらどうするのよ!」


「あ?別にいいだ…っ〜〜!」


相変わらず空気を読まないゾロを黙らせようと必死でしがみついていたあたしの腕が後ろから強く引っ張られたと同時に、


後ろでやり取りをみていたサンジの胸にひきよせられた。


「………っ、サンジ?」


どうしたんだろうと、振り返って見上げたあたしを複雑そうな顔でみる彼と目があった。


「あー、……悪ィ、……気にしないでくれ」


それでもすぐにいつもの笑顔でその場を離れていったサンジの顔は、悲しそうに見えた。



「……どうしたんだろ、変なサンジ」

「いつも変だろうが」


心配するあたしの隣で興味なさそうなゾロのせいでかすぐに気は逸れた。


ほどなくして、皆が船に戻ってきてもサンジの姿が見当たらなかった。
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